第5話 五日目
私の名前は中野一成。千葉県船橋市出身。東京律政大学卒業。元防衛省役人。47歳。衆議院千葉2区選出。当選回数は5回。所属政党は与党平和党。現時点での役職は衆議院安全保障委員会委員長だ。党内の派閥も党に5つある派閥のうち第4派閥に所属しているということもありまあ、同じよう党といいながらも政権の中枢部からは相当離れていると考えてもいいぐらいであった。
そんな私であるが、急に周りが騒がしくなってきたのであった。それは、昨日の総理の党本部での会見においての発言が大きかった。それが、以下の発言である。
「みなさん、私の第2次内閣は発足からちょうど500日経ちました。ですので、そろそろ内閣改造を行いたいと思います。各派閥の方からの推薦は今回はお断りです。国務大臣につきましては私が一本釣りをする予定ですが副大臣、ならびに大臣政務官につきましてはみなさん個人の意見を尊重したいと思いますので希望を書いた紙を幹事長にまで提出してもらいます。期限は明々後日とさせていただきます」
佐藤総理の内閣改造宣言は平穏であった党内に一個のあらしをもたらした。
私自身は大臣になるつもりはないのでどうでもいいような話であったが、周りにいる同僚議員たちはみな大臣になりたいという大臣病にかかったかのように総理に露骨にアピールをはじめたり、派閥の領軸に頼み込んだりしている。かくいう、私は派閥の会議に出ているが自分以外の人に大臣になってもらうように頼む予定だ。
大臣になんかになったらマスコミからいいように狙われるのが落ちだ。だったら、裏方で政策を練って操った方が私の分野である。それが、官僚出身の私なりの政治生命であると信じている。
◇◇◇
今日は派閥の会議の日だ。今日の議題は今後の内閣改造についての話であるが、それはひとまず中町忠光の政務調査会長就任を祝う会議と化していた。
まあ、私としてもそれが今日の一番の出来事であると最初から認識していたが。
そういうことで、現在派閥の持つ部屋には中村派の全議員が集まって中町さんを祝福していた。
「中町君。おめでとう」
派閥の領軸である中村外務大臣が代表してあいさつをする。
「いえいえ、これもすべて中村さんのおかげですよ」
中町さんもかなり謙遜しているが、その顔の表情はいつもの真面目くさったものではなく万年の笑みでありかなりうれしいということがこっちにも伝わってきた。
たった1人の執行部入りであるがされど1人。派閥というのは政策集団であると同時に自分たちの意見を通すために要職を手に入れるいわば選挙互助会の役目も持つ。選挙ではないが……。まあ、それはいいとして、ほかの人が役職に就くことによって自分たちにもきちんと還元される。これが平和党における派閥の役割だ。
近年は派閥というものはかなり評価が悪くなってきている。内閣の人事においても派閥の意見というものが通らなくなっているが、派閥にはマスコミの言うような悪い点だけではなく物事にはやはり負の面もあれば正すなわち良い面もあつということだ。よい面というのはこうやって自分たちの政策をどんどん実行していくことができるように政府入りができること。政権交代を同じ平和党内において擬似的に起こすことができるというものだ。
「中野さん。うれしいそうですね」
「そりゃあ、うれしいですよ。どうしたんですか、川本さん?」
私に声をかけてきた一人の女性がいた。彼の名前は川本南という。黒髪のロングヘアーであり、首にはネックレスをつけている。女性をまじまじ見るのは失礼であるが、彼女の胸は結構服の上から見ただけでも大きいことがわかる。おそらくはEは最低でもあるだろう。年は確か32歳。現在の国会議員の中で最も若いはずだ。そんな彼女はどこかうれしくなさそうに興味になさそうな表情をしていた。
「私は女性なので、おそらくそういう役職の縁は回ってこないはずですしね。それにまだ当選1回の若手ですから」
彼女は自虐的に言う。
そう川本さんは昨今行われた衆議院選挙で青森3区から出馬したが最大野党民友党の鴻池有希元民友党政策調査会長代理と激しい選挙戦の結果1207票差で負け比例東北ブロックから比例復活した経歴がある。
国会議員であるから別に問題がないじゃないかと言われるかもしれないが実は議員の中にも差別的に階級のようなものが陰ながら存在している。いわゆる○バッジというものだ。国会議員のバッジはみな同じはずなのだが、小選挙区で当選した議員を金バッジ。比例単独で当選した議員を銀バッジ。比例復活で当選した議員を銅バッジと隠語として存在している。
彼女は自身が銅バッジであることをかなり気にしているのだ。確かに政界においてこの隠語は要職をつけるのに重要になってくる。しかし、それは昔の話だ。最近はこういったものが完全になくなったとまではいかないものの昔よりはましな状況にはなっている。だから、彼女の心配もそのうちに無くなるだろう。
「まあ、そう焦る必要はないと思いますよ。当選回数をまずは増やしくいくこと。そうすれば比例から小選挙区当選の可能性も見えてきます。まずは地盤をきちんと作り始めることからやってみてください。それに中村会長に頼めばいろいろとアドバイスをもらえますよ。それが派閥ですから」
私はそうアドバイスを与える。
彼女はその言葉を聞いて少し元気が出たようだ。よかった。
「どうした、中野。新人をナンパしているのか」
「してないしてない。いい加減にしろよ泉」
そこにほかの議員が来た。彼の名前は泉弥二郎という。男性。私と同じく当選回数は5回で年の方は46歳。私より1つ下だと思いきや誕生日が2か月ほど遅いだけであり小学校や中学校などでは同級生に当たるというわけだ。
この泉という男。意外と他の人との関係がフランクである。軽いっていうのが初めて会った時の第一印象であった。しかし、国会の場に立つと一変して態度が変わる。もしも泉が野党議員であったら現職の大臣たちはかなり苦戦するのではないだろうか。そうもしものことを考えてしまうほど言葉の力強さとか、演出だと答弁能力がある。いわば、パフォーマンスがうまい政治家でもありきちんとした政策もできる政治家である。あえて言えば、政治家通しの付き合いもうまい……
だから、今の私のようにナンパしてただろうと軽口を叩ける関係なのだ。別にそれがいいとまでは思わないがそういうような関係も政治家の中にはあっていいような気がする。
「まったく、中野は真面目だな。いいか、オンオフの切り替えというのが一番大事だぞ。俺みたいに」
「そういわれてもなあ、私だって一応切り替えは意識しているつもりだぞ」
そんな感じの軽口が続く。
派閥の会議というか変な集まりはそうして終わりを告げる。
内閣改造の日まであと2日。
翌日に衝撃の事実を伝えられることになるとはまだこの時の私は知らなかった。