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第3話 三日目

 私の名前は中野一成。千葉県船橋市出身。東京律政大学卒業。元防衛省役人。47歳。衆議院千葉2区選出。当選回数は5回。所属政党は与党平和党。現時点での役職は衆議院安全保障委員会委員長だ。党内の派閥も党に5つある派閥のうち第4派閥に所属しているということもありまあ、同じよう党といいながらも政権の中枢部からは相当離れていると考えてもいいぐらいであった。

 そんな私であるが、急に周りが騒がしくなってきたのであった。それは、昨日の総理の党本部での会見においての発言が大きかった。それが、以下の発言である。


 「みなさん、私の第2次内閣は発足からちょうど500日経ちました。ですので、そろそろ内閣改造を行いたいと思います。各派閥の方からの推薦は今回はお断りです。国務大臣につきましては私が一本釣りをする予定ですが副大臣、ならびに大臣政務官につきましてはみなさん個人の意見を尊重したいと思いますので希望を書いた紙を幹事長にまで提出してもらいます。期限は明々後日とさせていただきます」


 佐藤総理の内閣改造宣言は平穏であった党内に一個のあらしをもたらした。

 私自身は大臣になるつもりはないのでどうでもいいような話であったが、周りにいる同僚議員たちはみな大臣になりたいという大臣病にかかったかのように総理に露骨にアピールをはじめたり、派閥の領軸に頼み込んだりしている。かくいう、私は派閥の会議に出ているが自分以外の人に大臣になってもらうように頼む予定だ。

 大臣になんかになったらマスコミからいいように狙われるのが落ちだ。だったら、裏方で政策を練って操った方が私の分野である。それが、官僚出身の私なりの政治生命であると信じている。


 ◇◇◇


 さて、今日はとても騒がしかった。どうしてかというと、内閣改造の日はまだ4日先の話だ。しかし、党の執行部人事については明日に発表されることになっていた。だから、今日は明日の党人事のことで党内はいろいろと騒がしかった。

 ところで、現在の平和党の執行部についての話をしよう。平和党の執行部はまず党総裁がトップにいて副総裁、幹事長、政策調査会長、国会対策委員長、総務会長、選挙対策委員長がいる。幹事長、政策調査会長、国会対策委員長、総務会長、選挙対策委員長の5役職については特に党5役と言われている。誰もがこの役職に就くことを目標にしている。その理由というのは、今から30年前に党総裁であった中田栄吉元内閣総理大臣の名言に『党総裁になるには党執行部の幹事長とほか1役、内閣では内閣官房長官、外務大臣、大蔵大臣、通商産業大臣のうち2役職を経験したうえでなる資格を有す』と言っている。ちなみにとてもどうでもいい話であるが、大蔵大臣と通商産業大臣は現在は存在していない。近年の中央省庁再編により大蔵大臣は財務大臣に、通商産業大臣は経済産業大臣に名称を変えている。名称以外にも変わっていることがあるが、それはこの際全く関係ない話だ。

 さて、この話がここからどういう意味でかかわってくるかというと、政治家である以上ほとんどの者が内閣総理大臣になることを目指しているが、その前にならなければならないといけないものがある。それは内閣総理大臣になるのは基本的には衆議院第一党の党首であるため最初に政党の党首になっておかなければならない。つまりは、平和党総裁になることが必須であるのだ。では、平和党総裁にはどうやればなれるのかというと、平和党総裁選挙で当選しなければいけない。では、総裁選挙にはどうやれば出れるのか。条件は現職の平和党国会議員であることだ。しかし、これともう1つ隠れた条件が存在している、それが、閣僚歴や党役職歴だ。最近は昔と比べると重要視されなくなってきているが依然として政治家としての実績は重要となってくる。その例外例を考えるとなると、現職の佐藤内閣総理大臣は平和党の党5役の中で幹事長を務めたが、それ以外の役職については就いたことはない。内閣の方でも国土交通大臣、副総理を歴任しただけで重要閣僚にはなっていない。佐藤総理の前任者の川崎総理も同様だ。一方で、結構昔に佐々木圭吾総理という人がいた。彼は党内の役職では、平和党幹事長、総務会長、政調会長を歴任、内閣の方でも財務大臣、内閣官房長官、経済産業大臣、内閣府特命担当大臣など複数の役職を歴任している。このようなタイプの政治家が減っているので今ではどの役職でもいいからとにかく党5役か閣僚に任命されることに皆が皆夢中になっているのだ。


 「しかし、そこまでして役職を手に入れたいとは人の欲も呆れたものだな」


 私は本当にそう思ってしまう。この世で一番欲に忠実であるのが政治家なのかもしれない。国民には申し訳ない姿だ。と、いってもサミュエル=スマイルズの著書に『自助伝』というものがある。以下が、「スマイルズの『自助論』エッセンス版」P17に書いてある内容だ。

 

『一国の政治というものは、国民を映し出す鏡にすぎません。政治が国民のレベルより進みすぎている場合には、必ずや国民のレベルまでひきずり下ろされます。反対に、政治のほうが国民より遅れているなら、政治のレベルは徐々に上がっていくでしょう。国がどんな法律や政治をもっているか、そこに国民の質が如実に反映されているさまは、見ていて面白いほどです。これは水が低きにつくような、ごく自然のなりゆきなのです。りっぱな国民にはりっぱな政治、無知で腐敗した国民には腐りはてた政治しかありえないのです。』※


 つまりは政治家の欲というのはこの国の人々の欲であるのと同じだ。よく政治家は批判されるが、マスコミだって俺達をダシに金を稼ぎたいという欲があるだろうし、国民も最近の政治家は劣化しているよねと言って自分があいつらよりも上にいるんだという気持ちになりたいという欲を持っている。

 かくいう私にもそれなりに欲というものがある。やはり人間とは愚かな生物だ、とか言ってしまえば今巷で話題の中二病だとか言われたり、頭がおかしなやつだと思われるのだろうか。それとも、昔見た映画でそんなことを言っていた宇宙からの敵がいたな。そうい連中と同じ発想に至ったということなのか。


 「確かに人の欲というのは嫌なものだな。中野君」


 廊下で私は知らない間に立ち止っていたみたいだ。そして、近くを偶然誰かが通りかかったようで私の独り言を聞いて反応してきた。

 その声の持ち主はわかっていたので、誰かという言い方は少々五平であったが……


 「すみません。私のどうでもいいような独り言を聞いてくださり、でも、どうか今の言葉は忘れてください川崎副総理」


 私に声をかけてきたのは川崎俊介副総理であった。私にとっては大先輩議員である。

 そのために直接話すとなると緊張してしまう。実際に今まで話す機会というものがあまりというよりもほとんど存在しなかったため川崎さんと話すことになるのがこれが実質初めてだ。


 「確かに政治家としては公にはできないような言葉だな。わかった今の話は聞かなかったことにしておこう」


 「ありがとうございます」


 私は、緊張していた。大先輩川崎さんと話すことがとても恐れ多いことであった。私なんかのペーペー議員なんかに構ってくれるなんて。


 「そんなに緊張するな。私は君にとって大先輩かもしれないが、党内においては私の当選回数10期よりも多い人が数人いるんだ。だから、お互い様だと思いなさい」


 いやいや、ご謙遜を。

 私はそう思った。当選回数10回というのはとてもすごい数字である。私の当選回数が4回であることからそのことは特にわかると思う。そもそも国会議員というのは選挙に負ければおしまいである。その選挙を10回。正確に言うと9回潜り抜けてきたということになる。

 ちなみに蛇足となるが、現在の平和党において当選回数が10回より多い議員は3人しかいない。林田光平元内閣官房長官、向ヶ丘勇太元財務大臣、そして大野芳光元自治大臣だ。


 「わかりました」


 わかってはいないが、一応わかりましたと言っておく。

 川崎さんは私の言葉を聞いて満足そうである。政治家にしておくのに惜しいタイプの人である。もっと、違った形でも活躍することができるんじゃないかとひそかに思った。

 佐藤総理もそうだが、平和党盟友の2人と呼ばれているだけのことがある。国民受けするのがとても納得いく。そのようなことをまじかに知ることができたのが今日の成果であると思えた。


 こつこつ


 党本部の廊下で長々と川崎さんと話していたため時間がたつのを忘れていた。こつこつとほかの人が私たちのそばに近づいてくるのを感じた。

 誰が近づいてきたのだろうか。私はそう思った。

 私に近づくならばともかく川崎さんもいる中近づくとなるとかなりの先輩議員であるに違いない。では、その議員とは誰なのだろうか。

 しかし、振り向こうとするのは川崎さんに失礼だ。

 川崎さんはまだ私と話しているからだ。

 だから、誰なのかはどうでもいいことにしよう。


 「──ということでね。おお、とし。どうしたんだ」


 としと川崎さんに親しげに呼ばれた人が来た。

 とし? はて、誰のことだろうか。私は最初にそう思った。としという苗字を持つ平和党の議員は知らない。となると名前だろうか。平和党議員の中でとしという苗字の議員は聞いたことがない。せいぜいとし○○とかなら聞いたことがある。例えば、現在の内閣総理大臣である佐藤俊彦氏のように。


 「しゅん。あまりこういう場ではその名前で呼ぶなと言っただろう」


 「さ、さささ佐藤総理!?」


 としと呼ばれた人は佐藤総理であった。そのことに驚きを感じてしまう。確かに川崎さんと佐藤総理の中は知られわたっている。そのことは盟友の説明の際にしたが、それにしてもこのような場でのあだ名で呼ぶような仲であるじゃなくて、佐藤総理と会話をすることになるなんて。いやいや、動揺しすぎて訳が分からない。


 「どうしたんだ、中野君」


 佐藤総理は驚いた私の名前を呼んだ。そのことにさらに私の驚きは増す。


 「どうして佐藤総理は私の名前を知っているのですか」


 こんな当選回数4回程度の私のことをどうして知っているのだろうか。


 「それはもちろん君が平和党の議員だからだよ。これでも党のトップに立つ人間だからな。すべての人間の顔と名前をできる限り一致させられるように努力をしておかなければならない。だから、中野君の名前を憶えているんだよ」


 「……」


 すごすぎる。正直言葉が出てこなかった。ここまで佐藤総理が素晴らしい人だとは。尊敬してしまう。尊敬どころではない。少し感動してしまった。


 「じゃあ、私はこの辺で失礼するよ」


 そう言って、佐藤総理は私達から離れていった。


 「……中野君、か」


 最後に何かつぶやいたような気がするがそれは気のせいだと思う。

 その後、川崎さんとも別れた。今日はとても感動した日となった。




 ※出典:政治は国民を映す鏡/サミュエル・スマイルズ「自助論」http://www.pixy10.org/archives/585546.html




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