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第2話 二日目

 私の名前は中野一成。千葉県船橋市出身。東京律政大学卒業。元防衛省役人。47歳。衆議院千葉2区選出。当選回数は5回。所属政党は与党平和党。現時点での役職は衆議院安全保障委員会委員長だ。党内の派閥も党に5つある派閥のうち第4派閥に所属しているということもありまあ、同じよう党といいながらも政権の中枢部からは相当離れていると考えてもいいぐらいであった。

 そんな私であるが、急に周りが騒がしくなってきたのであった。それは、昨日の総理の党本部での会見においての発言が大きかった。それが、以下の発言である。


 「みなさん、私の第2次内閣は発足からちょうど500日経ちました。ですので、そろそろ内閣改造を行いたいと思います。各派閥の方からの推薦は今回はお断りです。国務大臣につきましては私が一本釣りをする予定ですが副大臣、ならびに大臣政務官につきましてはみなさん個人の意見を尊重したいと思いますので希望を書いた紙を幹事長にまで提出してもらいます。期限は明々後日とさせていただきます」


 佐藤総理の内閣改造宣言は平穏であった党内に一個のあらしをもたらした。

 私自身は大臣になるつもりはないのでどうでもいいような話であったが、周りにいる同僚議員たちはみな大臣になりたいという大臣病にかかったかのように総理に露骨にアピールをはじめたり、派閥の領軸に頼み込んだりしている。かくいう、私は派閥の会議に出ているが自分以外の人に大臣になってもらうように頼む予定だ。

 大臣になんかになったらマスコミからいいように狙われるのが落ちだ。だったら、裏方で政策を練って操った方が私の分野である。それが、官僚出身の私なりの政治生命であると信じている。


 ◇◇◇


 ─翌日の午前5時─

 私は朝早くに起きると新聞各紙の朝刊の内容を確認する。その一面の内容はどの新聞も佐藤総理が記者会見しているもので大きく見出しには『内閣改造宣言』や『川崎副総理留任の方向』や『派閥各陣営の動き活発へ』などといったことが書かれていた。

 あながちウソではないが……

 まあ、よくも新聞各社もこのような内容を書けるものだ。呆れ具合に笑ってしまうぐらいだ。おおーと、このようなことは胸の中にしまっておかなければ。下手をすれば新聞からバッシングを食らって民衆からもバッシングを食らってしまう。それだけは嫌なことだ。

 どうせ、大臣なんてバッシングを食らうだけの存在だ。国民なんて政治家のスキャンダルがおもしろいだけおもしろいと言って最近の政治は腐っているとか言うのがオチなんだ。だったらそんなそんな役割は他者に任せておけ、幸いなる中野よ、裏方に成れ。……私はどこのハプスブルク家なんだろうか。

 ちなみに今の私のボヤキの元は神聖ローマ帝国皇帝一家であるハプスブルク家の名言『戦いなど他者に任せておけ幸いなるオーストリアよ結婚せよ』にあやかったものだ。ちなみに私はハプスブルク家については結構尊敬の面を持っている。政略結婚だけで領土を拡大し権力を手に入ったその実力は確かなものだ。政治手腕というのはこういうものを指すのであろう。


 「さて、今日も仕事だ仕事」


 私はそう言うと、さっそく党の本部へと行く。現在国会は休会中だ。通常国会はすでに終えており、総理自身が臨時国会の日程をまだ決めていないということもあるから国会と国会の間の期間となっている。私は衆議院安全保障委員会委員長なので国会が開かれていなければ仕事がない──と言いたいところであるが、仕事はそれ以外にもきちんと存在している。

 わが平和党には部会というものが存在している。所属は政務調査会の下ということになっている。内閣部会・国防部会・総務部会・法務部会・外交部会・財政部会・文部科学部会・厚生労働部会・農林水産部会・経済産業部会・環境部会・国土交通部会の12の部会から構成されている。その部会のメンバーに私も含まれている。もちろん所属しているのは国防部会だ。

 現在の平和党政務調査会長は向井秀光氏である。彼は平和党の中でも最もタカ派と言われる人間であり国防部会は彼の意の通りにやらないといけないという苦い思いをしている。正直言って私もその思いをしている人の1人だ。向井政調会長はこの内閣改造・党役員の人事で更迭になってもらいたい。そんな愚痴をつい漏らしそうになってしまいたくなる。しかしながら、向井政調会長は党の中でもかなりの実力を持つ男だ。まず、最大派閥向井派の領軸である。そして、政治経験も豊富な点も挙げられる。歴代の内閣においては財務大臣を2年勤め上げ、その後環境大臣、国家公安委員長、総務大臣を閣僚経験の豊富な人だ。党の幹事長を務めていた時期もある。佐藤総裁(総理)が今2期目をしているが1期目の任期満了に伴う総裁選挙に立候補をして佐藤総裁(総理)の票の半分の国会議員票を手に入れたことからそのことがわかる。

 次の総理に近い男とも永田町を知る政治記者は言っているほどだ。そんな彼をどの役職に就けるか。今回の内閣改造の目玉ともなっている。向井派の影響力はやはりでかい。


 「中野さん、今日も早いね、あなたは」


 私が向井氏について考えていると後ろの方から声をかけられた。


 「ええ、やっぱりこういうことをするのが私の生きがいなので」


 「中野君は真面目だね。これぐらい真面目な政治家がたくさんいて閣僚にでもなってくれればこの国の政治も良くなるのに」


 「……神谷さん、それって政府批判になりますよ」


 「おおっと、それはまずいまずい。一応何の役職にもついていないが私も与党の人間だったな。これがばれればもう平和党にはいられないよ」


 「あなたのさっきの発言は完全に街頭インタビューの時のセリフでしたよ」


 私と話している軽薄そうな男。彼の名前は神谷慎次郎という。年は45歳。衆議院北海道9区選出の衆議院議員で現在4期目である。ただ、さきほど軽薄そうな男と言ったがそれは言動だけでありその真意は深い。彼はこれでも東京大学法学部卒業後、ハーバード大学にも行き英語をはじめとして7か国語(英語・中国語・フランス語・ロシア語・イタリア語・スペイン語・ポルトガル語)の語学抜群、弁護士資格の保持者という学歴を持つ。政治家としての歴もある。今は自虐的に何の役職にもついていないと言っているが、実は当選2回の時に法務大臣として入閣の経験がある。これは当時や今から見てもかなり異例の抜擢である。当選回数2回での入閣には党内から大量の批判が出た。当時内閣総理大臣であった現在第2次佐藤内閣副総理の川崎俊介氏は、彼の知識を役に立たせたいと記者会見で丁寧に質問をしていた。そして、神谷法務大臣は何も失言をせず大学時代に専攻していた刑法についての改正案を取りまとめるなど積極的に法務大臣としての職務にまい進したが、3か月後に行われた内閣改造で法務大臣を事実上更迭された。更迭の理由は党内批判への対応となっている。

 この時、私も確かに嫉妬はした。大臣には興味はないと言いつつもやはり後輩に先を越されて大臣になられるというのは相当くるものだ。でも、今となってばかばかしい。大臣に興味がないのに何で嫉妬したのかよく覚えていない。しかし、今の気持ちはわかる。今の私にとって神谷君はとてもすごい尊敬できる後輩議員だ。年齢も私と大して変わらない。だからこそ、それほどの才能を持つことに私は嫉妬したのだろう。


 「そうですね。ところで中野さん。そろそろ防衛大臣あたり狙っているんですか?」


 神谷君の話は内閣改造の話題になった。

 私も今のご時世この話が来てもおかしくはないと思っていたので談笑する気分で話し始める。


 「いや、私は大臣のポストなんていらないよ。副大臣でもやってればいいや」


 私の言葉に神谷君はまるでハトが豆鉄砲を食らったかのような表情をした。


「ええ! 大臣ですよ。中野さんだって政治家である以上一度はなってみたいと思いませんか?」


 「まあ、それは確かにそうだが私としては今はなる気はない。それに大臣なんかになってみろ。どうせどっかの週刊誌にスキャンダルでも流されるんだろ。まあ、私にはそんなスキャンダル身に覚えもないから書かれる気はないが、適当なこと書かれる可能性もあるしな」


 「そうですけど……でも大臣になってやりたいことがないんですか?」


 神谷君は私にそんなことを聞いてきた。

 大臣になってやりたことか……そう考えてみるとあまりないな。私本人としては裏方業務の方が好きであるから。でも、だったら官僚にでもなっておけばよかったのか。しかし、よくよく考えてみると私が鳴りたいものやりたいものというものは大臣にならなくてもできるようなものばかりだ。では、やはり私には大臣という役職を目指す理由がないのではないか。ますます私が大臣にならなくてもいい理由が増えていく。


 「やはり大臣になってもやりたいことが見つからないのでいいです」


 「そうですか……残念です」


 神谷君は本気で言っているみたいだ。政界は嫉妬の世界だ。誰かが大臣になればそれを恨む人間というのが最低でも1人はいる。私はあまり嫉妬されたくないというのが本音なので穏便にしている。神谷君が私に大臣について聞いてきたのは親友であると同時にライバルであることから大臣の座を狙っているのか聞き出すこともあっただろう。しかし、私がこんなあっさりとした回答をしたことに本気で驚いているみたいで残念がっている。

 少し神谷君のことを見誤っていたのかもしれない。神谷君は私のことを本当に心配している。それに、神谷君はいわゆる法務族だ。私は防衛族。狙っている大臣のポストが違う。嫉妬する必要がないじゃないか。


 「さて、部会が始まるぞ」


 私はそう言い神谷君を席に座らせた。

 国防部会が始まった。今日の議題はPKO活動についてであった。ここから先は国益に関係するので特に述べることはしない。


 ◇◇◇


 そして、会議は終わった。

 4時間に及んだ。PKO活動について述べるはずであったのに議題が右往左往した。これだから向井政調会長が嫌なんだ。話の話題を変えたのは向井政調会長であった。向井政調会長はちゃかり国防部会の一員であったりするので言いたいことを好き放題に言う。そのせいで話の話題がだいぶずれてしまった。

 私は不機嫌になりながら、足はやに部屋を出ていく。

 これ以上向井政調会長の顔なんか見たくない。

 私はその思いだけを抱いて次の目的地へと向かう。向かう先は決まっている。平和党本部内にある中村派の部屋だ。

 ここで、平和党の本部について説明しておこう。平和党の本部は5階建のビルである。これは平和党の政党交付金が今年度168億2900万円でありすべての政党の中でダントツトップに加えて全国にいる党員79万人からの党員代や資金提供を加えるとさらに莫大な額がある。このお金の中から本部を運営するお金が出されている。

 さて、話は戻して平和党本部は1階にはロビーや売店がある。2階には総裁室、幹事長室、政調会長室、総務会長室、選挙対策委員長室といった党執行部の長の部屋がある。3階には各部会を開催する部屋がある。4階には派閥や党内グループの活動する部屋や記者会見を行う部屋がある。最上階5階には食堂と党大会を行う大会議室がある。

 このように私の党は数多くの施設がある。

 私が今から向かう中村派の部屋は4階の407号室にある。健康に気遣っているので部会室がある3階から階段を使って昇る。

 3階の廊下を歩いていると廊下の先から2人の男が向かってきた。1人は国会議員、もう1人は秘書であった。そして、その顔を見た瞬間に私の頬はムスッとなった。


 「いやいや、中野君じゃないの」


 向こうは嫌味っぽく声をかけてくる。


 「何のようでございますか飯島│国家公安委員会委員長」


 「中野おおおお! ふざけるな! 何のいやみだ」


 「いえいえ、何のいやみでもありませんよ。私は純粋にあなたのことを肩書き付きで敬称しただけですよ」


 「それがいやみだというんだ」


 廊下で喧嘩らしきことを始める。

 私に喧嘩を吹っかけてきた男。彼の名前は飯島修一という。衆議院和歌山3区選出の衆議院議員。当選回数は5回と私と同じに加えて年齢の方も47歳と同じだ。所属している派閥が現在平和党において一番勢力を持っている大派閥川崎派であるため前総理にして現在の副総理である川崎副総理が内閣総理大臣を務めていた時期(第2次川崎第2次改造内閣)において国家公安委員会委員長・内閣府特命担当大臣(防災担当)の職に任命されていた。大臣経験者である。その時は当選回数がまだ4回であったが大臣に任命されて私はうらやましかった。この時だけはさすがに嫉妬した。なぜかというと、飯島とは事あるごとに対立している。向こうもそうだがお互いをライバル視している。特に、飯島は国家公安委員会委員長として初入閣を果たしているが、本来の飯島は私と同じ防衛族だ。だから本心は防衛大臣になりたかったのだろう。しかし、当時の防衛大臣は大井寛氏だった。大井氏は川崎総理と当選が同期であり佐藤総理に並ぶ盟友に当たる人であった。この人は防衛族ではなかったが外交族であり外務大臣政務官・外務副大臣の経験や日米議員連盟の会長をつためるなどとにかく周辺情勢について詳しい人であった。そのため防衛大臣として第1次川崎内閣発足時から第2次川崎第2次改造内閣の総辞職まで川崎政権2期6年を支え続けた。ちなみに蛇足であるが大井氏は現在の第2次佐藤内閣においては外務大臣である。

 この人には隙がなかったうえ、変える理由がなかったので飯島は防衛大臣になることができなかった。だからこそ、飯島は今回の内閣改造において防衛大臣に任命されたいと思っている。


 「まあ、私は防衛大臣の職は興味ないですけど。それにしても私の予想としては防衛大臣は留任すると考えているのですがどうです?」


 「それは僕の予想とは違いますね」


 飯島は私の意見と真っ向から反対してきた。

 現在の第2次佐藤内閣の防衛大臣は伊集院悟氏だ。彼は飯島と同じく川崎派に所属しているが参議院議員である。入閣したのは第2次佐藤内閣からであるが仕事ぶり的には申し分もない。たまにぼろを出してしまうことがあるが、それは本当にたまにだ。防衛省職員からの信頼も厚く各紙の予想では留任という見方が大勢であった。

 それなのにどうして飯島は留任しないと予想するのか。


 「僕は伊集院さんとは師弟関係にあるます。だからこそ、彼が次期防衛大臣候補として僕の名前を総理に言ってくれるのではないかとひそかに期待しています」

 

 そんなことありえないだろう。私は思った。確かに伊集院防衛大臣は参議院当選4回の71歳ベテランだ。師弟関係にあることは確かだろう。しかし、佐藤総理がたとえ大先輩の伊集院防衛大臣の意見を聞かされたとしても人事に反映するとは限らない。特にここ最近の内閣は派閥からの脱却を目指したものが多く派閥の推薦を毎回している者の引き抜きによる人事の方が多く行われている。中村派も毎回それで不遇になったりしているものだ。


 「まあ、せいぜい頑張りなされ。じゃあ、用事があるから」


 もう飯島の夢見がちな言葉を聞くのはめんどくさかった。というか、嫌だった。私はさっさと話を切り上げてそのまま歩いて行った。


 チャララーン♪


 そこに携帯電話の着信音が鳴った。


 「はい、中野です」


 「中村です。中野君、悪いけど今日の派閥会議は明日に延期ね」


 「わかりました」


 中村氏からの電話であった。どうやら派閥の会議が中止になったようだ。仕方なく、私はそのまま議員会館へと向かいそのままその日を終えた。

 次回は明日21時更新です。

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