蒼の迷宮の最下層
朝にエースポーションを万引きした男の家にいくと、そこにいたのは病気の娘ではなく、病気の妻だった。
とりあえず、エリクシールを一滴かけたところ、瞬く間に病状は回復した。本当にエリクシールって万能だよな。
病気を治して、男の奥さんに散々感謝された後、男を再度冒険者ギルドに届けるためにふたりで家を出た。
とりあえず、病気の人間がいるのは本当だったので情状酌量の余地があるということで厳重注意だけで済ませてもらうつもりだ。
「にしても、何で嘘をついたんだよ……ったく」
「すみません、幼い子供のほうが同情が引けると思いまして。この御恩は一生忘れません」
「まぁ、あんな美人な奥さんがいたら、妬むバカもいるだろうが」
しかし、美人といっても平均レベルから見たら綺麗な奥さんという程度。ルシル(大人バージョン)の方が遥かに美人だし、クリスやエリエール、レメリカ、リーやスー、シーといった美人系の女性を見てきた俺からしたら嫉妬するほどではない。妬むとしたら結婚している方だろ。
俺も早くルシルと結婚したいものだ。
「薬の代金も必ず耳を揃えて支払いますので」
「いらねぇよ。んな金があるのなら奥さんとお腹の中の赤ちゃんに美味いもん食わせてやれ」
「ありがとうございます……………………………………………………え?」
長い沈黙のあと、男が目を見開いて尋ねた。
まぁ、当然気付いていなかったよな。俺も診断スキルを使って調べてようやくわかったんだから。
あの美人妻、懐妊――つまりお腹の中に子供がいた。
「まだ妊娠初期で症状も現れてないが、妊娠してるよ」
「まさか、うちの妻が。それが本当なら、旦那は妻だけでなく子供の命の恩人になる。――そうだ、男の子なら旦那の名前を」
「やめろ。名前は一生大事にしないといけないもんだからな。しっかり考えて名前を付けてやれ。あと、あれだけ美人な奥さんなら女の子の方が将来有望だろ」
「確かに女の子なら妻に似てしっかりものになるでしょうが、男の子なら剣を習わせてやりたいですね。私は昔は冒険者をしていたので。足を痛めちまって今では戦えませんが」
「ふぅん――」
あぁ、診断スキルで見たところ、確かに下肢後遺障害とあるな。
「お前、よくそんな足で走って逃げたな」
「妻の病気を治そうと必死でしたから――申し訳ありません」
火事場の糞力ってやつか。
でも、それを犯罪に使ったらダメだろ。火事場の糞力で泥棒って、火事場泥棒じゃないか。意味は違うけど。
「肉体的な障害ならこれで十分だろ。これでも飲んでろ」
と俺はアイテムバッグからアルティメットポーションを取り出して男にやった。
「これは?」
「ある程度の傷なら治すエースポーションのお化けみたいな薬だ。転売したら反対の足も使い物にならなくしてやるぞ」
「い、いただきます」
男はそう言うと薬を一気に飲んだ。と同時に顔がしかめっ面になる。
「苦いだろ。特別に苦いように調合配合した失敗作だからな」
アルティメットポーションを錬金術で作ってエリクシールを超える薬を作れないか試行錯誤した結果、生まれたアルティメットポーションがこれだ。
従来のアルティメットポーションの三倍苦いアルティメットポーション。ただし効果は据え置きという使い道のない薬だった。
「旦那、酷いですよ」
「でも、効果は本物だろ?」
「え?」
男はそう言って自分の足をさする。
「本当だ、嘘みたいに足の痺れがなくなってます」
「そりゃよかったな。でも冒険者業は子供が大きくなるまでやめておけ。あんな美人な奥さん未亡人にしたら――あぁ、あの奥さんならコブ付きでもすぐに貰い手が現れるか」
「ひっ、そんなことにならないように死なない程度に稼いでみますっ!」
男はそう言って俺にいつか恩を返す宣言をした。
それから冒険者ギルドで男を引き渡し、レメリカさんに詳しい話を伺うことにした。
その前に、
「というわけで、厳重注意くらいの処分に済ませてやってください。あと、男が薬を盗んだことは奥さんには黙ってやってください。妊婦に過度なストレスを与えると、胎児に影響を与えかねませんから」
「そういう理由でしたら――仕方ありませんね。それでは男が支払うべき罰金銀貨十枚もローマ様が支払うと言うことでよろしいですか?」
「よろしいわけないじゃないですか!? いや、別にいいですけど――」
俺は銀貨十枚をカウンタ―に置いた。ちょっと早いが出産祝いだ、畜生。
「驚きました。冗談だったのですが」
冗談だなんてわかるわけないじゃないか。
ずっと怒られている気がするんだから。
「なら返してください」
「男が罰金を支払わないといけないのは事実なので、少々早い出産祝いだと思えば安いものでしょ」
「そうですけど、俺、あいつの名前すら知らないんですよ」
「これが蒼の迷宮の地図です。地図の赤丸印のところに転移陣がありますから、そこから最下層に行ってください。最下層の手前は水没している部屋で五分間息止めができるのなら通れないこともないですが、そうしてしまうと手紙が濡れる危険がありますから」
「了解しました」
エラ呼吸ポーションを使えば余裕で行けるけれど、あれは不味いから飲みたくない。
「それではお願いします」
※※※
ということで、俺とルシルはふたりで蒼の迷宮を目指すことにした。
ルシルをひとりで町に残すのはふたつの意味で危ないからな。
ひとつは、レメリカさんがルシルの力をどこまで見抜いているかわからないということ。彼女のことだから俺の正体すら見抜いている可能性もある。
そして、もうひとつは、ルシルが料理をして待っている可能性があるということだ。ルシル料理がラビスシティーに現れたらどれだけの被害者が出るかわかったもんじゃない。
そして、もうひとつ。ルシルには重要な役割がある。
「へぇ、綺麗な場所ね。まるで水族館みたい」
ルシルは水でできた壁をみながらそう言った。
指先で壁を触れてみると、壁に波紋が浮かび上がる。今でもどういう理屈になっているのかはわからないが、これはガラスの向こうに水があるのではなく、水そのものが壁の役目をはたしている。
そのため、この迷宮の魔物は壁の水の中にいる。
ショートカットしようと思えば、水の中を突っ切れば階段のある場所までまっすぐ行けるのだけど、それをする必要はない。
「この世界にも水族館はあるのか?」
「あるわよ――と言っても標本ばかりだけどね」
「それって、どちらかと言えば博物館だよな。そうだ、今度水族館でも作ってみるか。鰯っぽい魚を二千匹くらい捕まえて泳がせたらそれだけで壮観だろうな」
「いいわね。それでみんなで釣り大会でもしましょ」
「おいおい、それはダメだろ……と言いたいが、面白そうだよな。入れ食い間違いない」
水族館で釣りをしたいというのは子供の頃は誰しも考えたことがあるだろう。俺は結構釣りが好きだし、この世界に来たのも釣りをしている最中だった。
でも、そうなると水族館じゃなくて釣り堀になるんじゃないだろうか? もしくは生け簀。
「さて、ルシル。とっとと最下層に行って用事を済ませたいんだが。転移を頼めるか?」
そう、ルシルは蒼の迷宮の最下層に行ったことがある。
行ったことがある迷宮の内部なら、転移魔法で移動することが可能だ。
「あぁ、それで私を連れて来たのね」
「ご明察。あぁ、マユへの手紙を渡す人間を現地で雇わないといけないな。あいつは友好の指輪って心を読むアイテムを持ってるから、俺の正体を見抜かれちまう」
「そうね。あと、ついでだからコーラとピザ食べましょ。あ、タバスコはいらないわよ」
ルシルが海での出来事を思い出して言った。
どっちもわざわざ海で食べる必要はない気がするのだが、雰囲気って大事だからな。海の家の焼きそばとか、マズイのに美味しいという矛盾が生まれるくらいだし。
とその時だ。
壁から巨大な鮫の魔物が近づいてきた。
「出たな――くらえ、石化の光っ!」
巨大鮫に向かってアイテムを見せる。すると、鮫は一瞬にして石になった。
「どうだ、俺の新アイテムの力は!」
「アイテムじゃないですよぉ」
アイテム――もといメディーナの生首が泣きながら言った。
「あの、私をそろそろ返してくれませんか? ルシファー様に怒られてしまいます」
「しょうがないだろ、ルシルが自分たちがいなくなったらお前の記憶を失わせるように設定しちまって、その結果魔法の掛けなおしができなくなったんだから」
「あぁ……絶対クビだ……」
もう生首の状態なのにクビと言うとは。メディーナの奴、わかってるな。
「じゃあ、コーマを先に転移させてから、私が転移するからね」
「わかった」
「ちゃんと受け止めてよ」
ルシルが言った。
受け止める? どういうことだ?
「転移!」
ルシルの魔法により、俺の景色が一瞬に変わり――
(そういうことかっ!)
俺はルシルが言った意味に気付いた。
なぜなら、俺は蒼の迷宮、最下層の上空にいたから。
そう言えば、ルシルに前に飛ばされた時もこんな風だったな。真下には――
「コーマさん、下、下!」
「そう、真下には――ってえぇぇぇぇぇっ!」
落下する先にいたのは、長い角が生えた巨大な鯨――一角鯨だった。
まさかの再戦!




