さらば、過去の世界
この時代、勇者制度もまだないらしく、十階層には多くの冒険者がいた。
ただし、冒険者ギルドそのものはあるようで、数百年後に俺がみることになる冒険者ギルドの職員の詰め所はあった。
ちなみに、メディーナは騒がれたら厄介なので眠り薬を嗅がせて眠らせて、アイテムバッグの中には入らないので普通の鞄の中に入れてある。
「コーマ、それなに?」
「なにって、変装だぞ。まぁ、意味があるかどうかは微妙だけどな」
俺は自分の眼鏡を見て言った。
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鼻眼鏡【雑貨】 レア:★★
黒い丸眼鏡に付けっ鼻がついた変装道具。
パーティグッズとしての利用も可能。
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クリスが言うところの、「ダメガネシリーズ」。その頂点といったところだろうか?
あいつには俺の眼鏡について散々馬鹿にされてきたが、これはバカにされても仕方がないという出来だ。
ただし、鼻の部分は妙にリアルであり、偽物だと気付かれることはない。
「ルシルも変装するか? 鼻眼鏡なら一個あるぞ」
「しないわよ」
「ならこっちはどうだ?」
と俺はもう一つの眼鏡を渡した。
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オシャレ眼鏡【雑貨】 レア:★★
オシャレな伊達メガネ。
ファッションのひとつにどうぞ。
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これは俺がアイテムクリエイトで作ったものではなく、市販品だ。
ルシルは俺が取り出した眼鏡を見て、
「んー、これならかけてもいいわよ」
とルシルは眼鏡を受け取り、顔に装着。そして、上目遣いで、
「どうかしら?」
と尋ねてきた。
当然――
「やばっ、悶絶レベルに可愛い……頼む、その姿で一回大人の姿になってくれないか?」
「ダメよ。さすがに大人バージョンになったら過去の私に気付かれるわ」
「そうか。じゃあ元の時代に戻ってから頼む」
「仕方ないわね。少しだけよ」
とルシルもどこかまんざらじゃない様子だ。
元の時代に戻る楽しみができたところで、俺たちは転移陣を潜って地上へと出た。
「あんまり変わらないのか? いや、見たところ木造の建物の割合が多いな」
元の時代にも木造の住宅は多かったが、それでも半々といった感じだった。
町の東に森があったから、そこから運んできたのだろう。
「よし、とりあえず町を見て回るか」
「そうね」
わかってはいたが、フリーマーケットのあるべき場所に、フリーマーケットはなかった。というか更地だった。
【売地】
とこちらの世界の文字で書かれた看板が建てられていた。
「教会はあるんだな」
建物が低いので、遠くの高い建物もよく見える。
恐らく、未来と同じ教会だろう。場所も形も未来と大きく変わっていない。
「よし、じゃあ買い物するか。ルシルも何か欲しい物があったら好きに買っていいぞ」
と俺はアイテムバッグから銀貨の詰まった小袋を取り出して渡そうとしたが、
「コーマ、そこはコーマがお金を出してよ」
「は? なんでだ?」
「だって、これってデートでしょ?」
とルシルが悪戯な笑みを浮かべたので、俺はドキっとした。
そうか、そういえば状況が状況で忘れていたが、ふたりきりで買い物をするのって実ははじめてじゃないか?
「コーマ、行きましょっ! まずは料理の材料から見ましょ! あと料理本もっ!」
「待て、料理の材料とか料理本なんていらねぇっ! 俺のドキっ! を返せっ!」
こうして、俺は過去のラビスシティーへと繰り出したのだった。
※※※
買い物にかかった時間は五時間。
時刻はすっかり夕方になっていた。俺とルシルはカフェのテラス席でお茶を飲んでいた。ハッカ茶だ。
「……んー、なかなか面白い素材って見つからないなぁ。まったくないわけじゃないんだが」
勿論全くないわけはない。
この時代にしかない物として、例えば新たな発明によって廃れた武器や道具等、未来で見たことのない物が山のようにあった。
だが逆に、未来で見たことがない素材というのはほとんどなかった。
「仕方ないわよ。過去といっても数百年昔じゃね」
「いや、そうはいうが、地球で数百年ていったら、ものすごい数の生き物が絶滅したんだぞ? ニホンオオカミしかり、日本のトキしかり」
「そうだけど、でもオオカミもトキも絶滅したのとは別の種はしっかり残ってるんでしょ? それって、つまりオオカミのキバとかトキの羽とかも今の現代日本でも手に入るってことじゃない」
「そう言われたらそうなのか……あれ?」
でも、考えてみれば、この世界そのものができたのも、確か数千年前なんだよな?
ということは、数百万年前に戻って恐竜の生き血を手に入れることはできないわけか。というか、恐竜はこの世界にはいなかったのか。似たような魔物は山ほどいるけど。
「ルシル、もしもこの世界ができるよりも前に移動したらどうなると思う?」
「どうなるのかしら? んー、地球に行っちゃうのかしら?」
「いや、さすがにそれは無理だろ」
世界の消滅の危機という状況&ルシルの魔法でようやく戻れた地球にそんな簡単に戻れてたまるか。
「ねぇ、コーマ。そろそろ宿に行きましょうか」
「だな……はっ
言われて、俺は考えた。
一緒に宿に行くってつまりそういうことなのか?
一緒の部屋でいいのか?
いやいや、いくらなんでも一緒の部屋っていうのは――」
「コーマ、全部口に出てるわよ。『言われて、俺は考えた』まで口に出てたわよ」
「わ、悪い。そうだな、二部屋取るよな」
「いいわよ、同じ部屋で」
「え? いいのか?」
「いいもなにも、コーマが召喚された時って私たちずっと同じ部屋にいたじゃない。ついでに言えば、私は眠らないから椅子のある部屋にしてね。今日買った本でも読んでるわ」
「え? お前、寝ないの?」
「寝ないわよ」
ルシルはきっぱりと言った。
そして、何事もなく朝を迎えた。
俺とルシルはラビスシティーを一度出て、北の荒野の真ん中にいた。
宿屋や町の中にいたら、現代に戻った時に誰かに見られる恐れがあるからだ。
この荒野の巨大な岩は、現代にもあったから、この後ろならば他の人に見られる恐れも少ない。
「メディーナにも魔法をかけておいたわ」
ルシルはメディーナの生首に魔法をかけた。
今の自分の魔力がこの世界から消失したら自動的にメディーナの首が魔王城に転送され、さらに記憶を失うように。
メディーナは薬の効果が続いているのか、いまだに眠っている。
「よし、時間だ! さらば、過去のメディーナっ! こっちのルシファーによろしく……って忘れるか」
「帰ったら料理をしましょ」
「するなっ!」
と言ったところで――
※※※
「コーマ、まだ現代に戻らないの?」
「戻らないな」
あれから五時間が経過した。
いまだに俺たちが元の時代に戻る様子はない。
おかしい。絶対に既に二十四時間経過しているはずなのに。
「なんでだ?」
「……時の揺り籠が壊れたんじゃない?」
「……やっぱりそうかなぁ」
困ったことに、俺もルシルも現代に戻れないようだ。
次回、コーマが過去の世界で商売無双をします。




