過去の魔王城
「どうやら、少なくとも俺がこの世界に召喚されるよりは前に移動しているようだな」
数百年前に移動したと言ったので、何を今更という気もするけれど、やはりこうして時間移動を体感するというのは感動ものだ。
「ルシル、現在が何年かわかるか?」
「わからないわよ。でも、ここにあるはずの倉庫がないってことは、倉庫を私が建てた三百年前よりも以前で、私が地下二百階層に魔王城を建てたのは千年くらい前のことだから、それ以降ってことになるわね」
つまり、千年前から三百年前までの間ってことか。
まぁ、ルシルが回したぜんまいの回数を考えると、数百年前って感じだったから、そんなものだろうな。
詳しく巻いた回数を調べようにも、時の揺り籠は元の時間に、つまりは数百年後の魔王城の会議室の中に残ったままだ。
「それより前だと、地下二百階はなかったもの」
ルシルが何気ない口調で言った。
「マジか、それって実はかなりやばかったんじゃないか!?」
転移先に空間がない場合ってどうなるんだ?
ウィザードリィの「いしのなかにいる」みたいな死が待っているのかもしれない。いや、でもそういえば、以前にベリアルの影と戦った時、ダンジョンの壁を壊した結果、なんか変な空間に呑み込まれて、気付けば西大陸にいた、みたいなことがあったよな。
ということは、変な場所に飛ばされるだけで済んだのかもしれない。
「コーマっ! 隠れてっ!」
とルシルが俺を引っ張って迷宮の岩の陰に隠れるように促す。
すると、暫くして誰かが現れた。
「なんだ……あれは」
空を飛ぶマントのお化けが巨大な鎌――デスサイズを持ってうろうろしていた。
「死神という闇の魔物よ。七英雄にコーマの中にある神の力が滅ぼされるまでは、この迷宮には多くの魔物がいたの。その中でもあの死神はトップクラスの魔物よ」
と言われ、俺は診断スキルを使って、HPとMPを確認した。
【HP:0/0 MP:50000000/500000000】
なっ、なんなんだ、あのHPとMPは!?
HPが0とか、最初から死んでいる気がするんだが。
「ルシル、あれは一体――」
「死神は精神生命体、HPは最初からなくて、MPを削らないと倒せないの。物理攻撃は無効だし。」
「MPも一角鯨の十倍くらいあるんだが」
「そりゃそうでしょ。一角鯨はベリアルの影の部下なのよ。ベリアルと同格である私、ルシファーのトップクラスの部下なんだから、その力は強大に決まってるじゃない。人間が倒そうと思ったら世界中の魔術師全員と、その十倍くらいの肉壁になる人間を集めて、ようやく討伐できるくらいの強さじゃないかしら? 参加した人間も八割くらいは死ぬと思うけど」
それって、どんな災厄だよっ!?
魔王なんてレベルじゃないぞ。邪神とかそういう類の存在だろ!
「まぁ、ベリアルも倒したコーマの敵じゃないわよね」
無邪気な笑みで、ルシルは俺にそう尋ねた。
「あ……あぁ、そうだな。うん、まぁ、俺の敵じゃねぇよ。でも、過去に下手に干渉したら未来が変わっちまうかもしれないからな。ここは戦いは避けるべきだろ」
いやいや、怖いよ。俺、光魔法は確かに使えるけど、照明代わりにしかほとんど使っていないし。
それより、今は早くここから脱出したい。
「ルシル、そろそろここから出るぞ。さすがにここで二十四時間待つのはつらい」
時の揺り籠で過去に戻った対象は二十四時間経過したら元の時代に戻る。
だが、逆にそれ以外で元の時代に戻る方法はない。
「そうね、転移魔法を使って別の場所に行きましょ」
ルシルが言った時だった。
魔王城の中から誰かが出てきた。
絹糸のように美しい銀色の髪に、透き通った白い肌。黒色のマントとドレスを着た女性だった。
その美しさに、俺は思わず見蕩れてしまう。
彼女の美しさをもってすれば、あのモナリザやミロのヴィーナスさえも霞んで見える。
「コーマ、何見蕩れてるのよ」
「美しい者を見たら見蕩れるのは至極当然の反応だろ。それとも、ルシル、嫉妬してるのか?」
「嫉妬なんてするわけなけないでしょ」
ルシルが半眼で、その美しい美人を睨みつけた。
美しい美人。その言葉は、馬から落馬するとか、頭痛が痛いといったように文字を重ねた日本語としておかしな文なのだが、美しいの重ねの文章ですら、彼女の美しさを表現するには不十分に感じる。
「コーマ、早く行くわよ」
「まぁ、待てっ! こうしてゆっくりと完全版ルシルを見ることなんて滅多にできないんだからな」
俺はアイテムバッグから双眼鏡を取り出しじっくりと観察をはじめる。
「せめて大人版って言ってよ。今の発言は、今の私が不完全版みたいだから嫌よ」
ルシルが文句を言った。
「あの、そこで何をなさっているんですか?」
その声に双眼鏡を構えたまま振り返ると、無数の蛇と目があった。
「げっ」
思わず双眼鏡を取りこぼす。
「あっ」
ルシルも声をあげた。
そこにいたのは、髪が全て蛇でできている青白い肌の女性――メデューサという種族の、メディーナであった。
そういえば、こいつも過去の魔王軍にいたんだったっ!
「ルシル、今すぐ脱出っ!」
「わかってるわよ、コーマっ!」
とルシルが言ったが、
「さては、侵入者ですねっ! お待ちなさい、魔王軍雑用係のメディーナがお相手っ! あれ? そっちの女性の顔、どこかで見たような」
「こっちを見るなっ!」
ルシルの顔をこれ以上見られたらまずいと、俺はメディーナの髪――というか蛇を掴んで後ろを向かせようとした。ところが、メディーナの顔が体からすっぽ抜けた。
そう言えば、こいつの顔ってこうなってたっ!
「転移っ!」
俺とルシルはその場から退却をした。
「ここは……十一階層?」
梯子が目の前にあった。十階層に通じる梯子だろう。
「ええ、十一階層よ。それにしても、コーマ。なんてものを持ってきてくれたのよ」
ルシルが俺の手を見てため息をつく。
仕方ないだろ、持ってきちまったものは仕方ないじゃないか。
「私を解放しなさいっ! 放さないと本当に石にしてしまいますよっ! えいっ! ってあれ? なんで石にならないのっ!?」
俺の手の中で暴れるメディーナ(の生首)を見て、俺はどうしたものかと思った。
これって、かなり未来を変える結果にならないだろうか?
続きは土曜日にでも。
たぶん、暫く土日更新になると思います。




