エピローグ(本編最終回)
世界創造から一年の歳月が流れた。
サイルマル王国の玉座で僕はもうあれから一年経ったのかと、ひとりほくそ笑んだ。
それが気になったのか、となりにいた巨漢の男――近衛兵隊長が尋ねる。
「何が楽しいんだ、グリューエル」
昔の名前で呼ばれた僕は、ため息交じりに尋ねた。
「ベリーはいつになったら僕のことをサイルマル国王陛下と呼ぶんだい?」
「なら、俺様のこともリアードと呼びやがれ」
それもどうだよね。
確かに彼はもう僕の影ではなく、ひとりの男として自立している。
その呼び方はよくない――そう思いながらも、やはり僕は彼のことをベリーと呼んだ。
あの日、僕はコーマに負けた。
まぁ、それならそれで別にいいと僕は思っていた。僕が死ぬことで、僕の力の全てをルシファーが継げばいいと。
彼女ならばいつかコーマから神の力を貰い、真の神になることができる。
それは、僕にとっては僕が神になるのと同義だった。
だが、そうはならなかった。
コーマが僕に告げたのは、生きることだった。
「王なら王らしく国民のために生きやがれ。数百年経って、お前が王に相応しい男になっていたらその時は神の力を譲ってやるよ」
とのこと。ふざけている。
僕が彼に何をしたのか、彼が忘れているわけはないだろうに。
もっとも、コーマもわかっていた。僕がした全てのことは、結局ルシファーに言われた通りのことだった。新たな世界を作るために必要なことだった。
でも、未来がわからなくなった今、僕は一体何をしたらいいのか。
この一年ずっと考えていた。
「ねぇ、ベリー。僕は何をしたらいいんだと思う? 国王らしいことって何かな」
「そんなの俺様が知るわけねぇだろ……学校でも作るか?」
「またかい。君はクロードとしての考えに引っ張られすぎだよ。それより、もっとコーマに認められる方法を考えてよ」
「コーマに認められる方法ねぇ。まぁ、ゆっくり考えればいいんじゃねぇか? 何しろあと数百年も時間はあるんだからよ」
ベリーはそう笑うと、僕は苦笑して各大臣からあがってきた報告書を読んだ。
ここで大きな問題でも起きれば王として活躍もできるのだろうが、少なくともこの国は今日も平和だったらしい。
※※※
「メイベル様――極東大陸の資料をお持ちしました」
「はい、拝見させていただきます」
私は現在、極東大陸の開拓村に来ていました。
あの連続地震から一年。世界中の皆さんの協力のお陰で地震はもうほとんど起きなくなりました。
そして、世界の力を知った私はフリーマーケットをリーに任せ、今、新たに流通会社を立ち上げて、その第一段階として、極東大陸と東大陸の交易事業に乗り出したのです。
私は資料を読みながら、次は鬼族の村を見に行こうと思って壁にもたれかかったら、ふとその壁に見慣れた模様があるのに気付きました。
「……ここにもあるんですね」
私は壁に書かれたハート型の陣を見て微笑みました。
このハートのマークは、去年から地震避けの印として世界中の主要な建物、新築の建物などの多くに描かれるようになりました。
フリーマーケットの壁にも同じマークがいっぱいあります。
私はその陣を指で優しくなぞりました。
あの時、本当は何が起きていたのか、私はコーマ様から何も聞いていません。きっとコーマ様も何も語らないでしょう。
でも、きっと世界は地震なんかよりももっと大変なことが起きていて、人知れずコーマ様が解決なさった。それだけはわかります。
そして、コーマ様の願いは、皆にそのことを知られたくないということも。
だから、私は何も聞きません。でも、もしも同じことがまた起きたときのために、世界をひとつにする活動をしていこうとおもいます。
一年前の奇跡のようなできごとを。
そう思い、私は耳につけている通信イヤリングを強く握ると、足を一歩大きく前に出しました。
※※※
「きっとここが一年前までとは別の世界だなんて、誰も気付いていないんでしょうね」
私が思わずそうひとりごちると、
「え? クリスお姉さま、何かおっしゃいました?」
リーリエちゃんが木刀を構えたまま尋ねました。
私は慌てて首を振ります。
「いいえ、何でもありません」
私は今、リーリウム王国にリーリエちゃんの剣術指南役としてアルバイトをしています。
なんでも、リーリエちゃんがブックメーカーのハイロックさんから聞いた最後の情報、私と一緒にいる方法の答えが、姪御に王位を譲って戦いのパートナーとして傍にいることだったらしいのです。
最初はそんな話を信じることはできませんでしたが、その姪御さん、つまりかつてリーリエちゃんを殺そうとした第一王子の娘さんはとても利発な子で王位を継ぐにふさわしい器量を持っているらしいのです。
そして、リーリエちゃんの剣術の上達速度は著しく、今では玄人顔負けの技術で、本当にこのままだと数年後王位を譲ったのちに勇者試験を受けて合格するかもしれません。
(というか、私が抜かれたらどうしましょう)
本気で憂慮しなくてはいけない事柄に悩んでいると、
「お姉さま、隙ありです!」
とリーリエちゃんが剣を突いてきました。
「甘いですよ、リーリエちゃん! 今はまだ負けませんから。あと、明日はラビスシティーに戻りますから、しっかりと今日の反復練習はしてくださいね」
「またですか――お姉さまはそろそろこの国に腰を据えるべきだと思います」
とリーリエちゃんはふてくされながらも、今日の稽古に真剣に向かい合ってくれました。
※※※
「ねぇ、コーマ! なんで逃げるのよっ!」
ルシルが後ろから俺に対して非難の声を上げた。
「なんでって、それはこっちの台詞だ! なんでよりにもよって、俺がせっかく用意したウナギをカバ焼なんかにするんだよっ!」
「コーマ、何言ってるのよっ! ウナギと言ったら蒲焼じゃない!? それともウマキにしてもウザクにしても、まずは蒲焼にしてからでしょっ!」
「確かにその通りだ! でもお前のカバ焼きは、まんまカバじゃないかっ!」
俺を襲っているのはウナギとは似ても似つかぬ巨大なカバだった。何をどうすればウナギがカバになるのかはわからないが、こんなもの食べられるはずもなくただひたすら逃げる。
「コーマ様! こっちですっ! 早く逃げてください!」
魔王城に増設したベランダの上でコメットちゃんが手を振っていた。マネットやメディーナ、カリーヌにタラも一緒だ。
俺はコメットちゃんの声を聴き、大きくジャンプし、魔王城のベランダの上に飛び乗った。
「大丈夫ですか? 主よ」
タラはそう言って、俺につめたいおしぼりを渡してくれた。
「だいぶ傷を負わせたようですが」
「傷? あぁ、あの血のようなやつか。あれは血の汗と呼ばれる粘液の一種で、実際の血じゃないよ」
カバは俺がベランダに避難するのを確認すると、俺を襲うのをあきらめ、ゆっくりした足取りで去っていった。
ほっと一息なでおろしたところで、ルシルが階段を駆け上がってきて、ベランダに現れた。
「コーマ、ひどいじゃない! なんで私の作ったウナギの蒲焼を食べてくれないのよ」
「お前が作った冷ややっこ雪男のせいで全身凍傷になったばかりだろうが! 少しは間を設けてくれよ」
と俺は小さく息を漏らし、部屋の中に入る。
そこは俺のコレクタールームだった。
本当は魔王城の外から帰って来た時にベランダに飛び移ってすぐにコレクタールームに行けるように作ったはずのベランダが、いつの間にか魔王軍幹部の憩いの場のような空間になっていた。前にここでバーベキューもしたし。
「そもそも、コーマが悪いんでしょ! 神の願いの時に私の料理をうまくするように願っておけば、私が料理で苦労することはなかったのよ!」
「それを俺のせいにするかっ!? お前だって気付かなかっただろうが」
「気付かなかったけど、どうしてよりにもよってこんな願い事に神の力を使っちゃうのよ」
「こんなってなんだよ。こんなって――俺にとっては命と同価値のある願い事なんだぞ!」
俺がそう叫んだ時、通信イヤリングのひとつに連絡があった。
今、俺が持っている通信イヤリングは両耳合わせて六つに増えていて、どれに反応があったのか判断するのもひと手間だ。
念話イヤリングは一年前の騒ぎの時に負荷をかけすぎて壊れてしまったしな。
「この通信は……えっと……まぁいいや。もしもし、こちらコーマ」
『コーマ様ですか!?』
どこかで聞いたことがあるような女性の声が。
『こちらマユです』
「…………………………………………おぉ、マユかっ! どうした?」
『コーマ様、せめて名前を聞いたらすぐに気付いてください――それより大変なんです。謎のカバが階段を上って現れ、私の管理する海の中で暴れているんです。これ、ルシル様の料理ですよね、対処お願いします!』
というマユの声を聞き、俺はルシルを見た。
まったく、いつまでたっても俺はトラブルに巻き込まれる運命のようだな。
と俺はコレクションルームに飾ってある九十七種類フルコンプ済みのパーカ人形コレクションを見て、両手を合わせて神に感謝を捧げた。まぁ、その神というのは俺のわけだが。
そして、そのまま走り出したのだった。
2015年7月に連載開始し、一応毎日掲載を続けてきて、書籍化もし、こうして納得できる最終回を迎えられたのはひとえに読者の皆様のおかげです。
まだ、マユのコーマとの本当の意味での最初の出会いの話や、細かい伏線が残っていると思いますが、それらは番外編として8月くらいにここで語ろうと思いますが、とりあえずは今回で最終話となります。
これで毎日更新から解放されるーと思っていたのですが、今日より連載開始の
「このスライム、ボスモンスターにつき注意~最低スライムのダンジョン経営記~」
を毎日連載すると宣言してしまったので、明日からも休みなく作業は続きそうです。
それでは皆様、ありがとうございました。




