大陸中からの声
『みんなにしてほしい事はただひとつ。俺が今からいう模様をどこにでもいい。地面にでも、ノートにでも、壁にでもいい。描いてくれ。ひとつでも多く描いてくれ! ひとりでも多く描いてくれっ!』
※※※
その声を聞いたフリーマーケットの店長、メイベルと他の従業員の皆は即座に行動を開始した。
その文字をデカデカと店の壁に書き、その模様を二十個書いて持って来た方は商品全品無料(銀貨1枚分まで)の看板を出し、メモとペンを用意した。
「皆さん、押さないでください! 先着順ではありません! 意味? 世界のためですっ!」
「すみませんが、在庫の商品を出す暇はありません! お願いです、できるだけ多くその模様を書いて下さい!」
「メモの使い回しはあかんで! ちゃんと自分で書いてやっ!」
「お願いですから一列に並んでください」
メイベル、ファンシー、リー、シュシュの四人は自分たちの恩人の言葉を信じ、それを己の使命として行動を開始した。
きっと店の赤字は金貨数枚分――下手したら金貨十枚以上にもなるだろうが、そのくらいすぐに取り戻せる。
この世界が無事な限り。
※※※
その声を聞いた孤児院で、皆が枝を使って地面に書き始めた。
「クルト兄ちゃん、これでいいの?」
カイルが、アンと一緒に孤児院に遊びに来ていたクルトに尋ねた。
「うん、いいよ。みんなもできるだけいっぱい書いてね」
とクルトが言うと、
「勇者のお兄ちゃんのお願いなの」
とアンの言葉を聞いて頷くと、孤児院の皆と神父はアンと一緒に同じ模様を描き始めた。
「……本当に皆、声が聞こえたの? 僕には何も聞こえなかったんだけど」
とザードがぶつぶついいながら、それでも皆に倣って陣を描いていた。
※※※
「ヒャッハーっ! みんな、コーマの兄貴からの伝言だ! しっかり聞こえたなっ! 聞こえなかった奴も手伝えっ!」
セイキマツはスラム街の皆と一緒にそう言うと、工事現場から盗んできたペンキを使って街中の壁に陣を描き始めた。
即座に落書きの通報が冒険者ギルドに通達され、あっという間に冒険者ギルドの職員が訪れた。
周辺の住民はそれで落書き事件が解決すると思ったのだろうが、次の瞬間、ギルド職員たちもスラム街の住人と一緒になって陣を描き始めた。
「……え? なんで?」
周辺住民は知らない。本当の理由はギルド職員も知らない。ただ、上からの命令だった。
※※※
「全く、何があったかは知らないが、世界の危機に冒険者ギルドの長である私に相談をしないとは。君は偉くなったものだね」
とユーリは嘆息を吐き、万年筆でその陣を描き続けた。その横でルルがクレヨンを使って画用紙にその陣を描き続けている。
彼はコーマの話を聞くと同時に、全ギルド職員に通達し、その模様を町中のあちこちに書くように伝えた。
その後、スラム街の住人達が町中に落書きをしていると通報があったが、今はギルド職員や冒険者も一緒になって、その落書きとやらに参加しているだろう。
「ギルド職員だろうが、孤児だろうと、スラム街の住人だろうが関係ない。世界はみんなのものだからな。皆で守ればいいさ」
とユーリはそう言うと、万年筆をノートに滑らせた。
※※※
そして、自分の家でひとり陣を描いている赤い髪の男がいた。
「コーマ、お前の言葉はしっかり受け取ったぜ! この俺も協力してやるよ! このジョー――」
※※※
迷宮の地下深くにいる俺の元に声が伝わってくる。フリーマーケットの皆と客。孤児院の皆、スラム街の皆、ギルドの皆の声が伝わってくる。
他にも俺が出会った不動産屋の親父さんや、奴隷商の店長さんの声も聞こえてくる。俺とほとんど関わっていなかったはずなのに、きっとメイベルを通じて俺の話を聞いていたのだろう。
「コーマ、私にも声が聞こえてくるわ。ラビスシティーに――凄い陣が描かれているわよ! コーマってこんなに友達がいたの?」
「あ、私も今、武器屋のおやじさんの声が聞こえました」
俺は心の中で皆に感謝の言葉を述べる。
さらに皆に訴えかけた。
「お願いだ! 今は意味がわからなくてもいい。ひとつでも多く人が、一カ所でも多くの場所でその陣を描いてくれ。」
俺の声は音速を越え、さらに世界に広がっていった。
※※※
コースフィールドの草原の真ん中で盗賊団を壊滅した賞金稼ぎの姉妹もその声を聞いていた。
「ほら、さっさと皆で書くんだ」
スーは見本の陣を盗賊に見せてそのマークを描かせる。
盗賊からしたら、自分たちは何をしているかわからないだろうが、言われるがままに続けた。
「あの、これを描き続けたら見逃して貰えるって本当でしょうか?」
「……本当。ひとりノルマ200個」
「ありがとうございますっ!」
シーに言われ、盗賊たちはナイフで地面に陣を描いていった。
「それにしてもこの地震を止めてくれるとは。さすがは私が見込んだ男だね」
「……私たち、の間違い」
※※※
リーリウム王国の王都では、市民が一丸となってその陣を描き続けていた。かつてコーマが料理を無料で提供したことがあるため、その恩返しとして陣を描いていた。
それを見ながら、その国の女王、リーリエは、
「全く、私が国民に指示を出して描かせようと思いましたのに」
「リーリエ様より人気があるかもしれませんね」
「イシズ、そんなことを言っている暇があるのならあなたも陣を描きなさい」
「かしこまりました。ですが、この絵を皆で描くのは少し恥ずかしいですね」
「あら? 私は好きよ。あなたも好きじゃないの? あなた、いつもあの男の人のことばかり話しているじゃない」
と言って、リーリエはその陣を描いた。
「私の好きな人は、今は愛人を集めていますから、私もそこに混ざりたかったというのはありますね」
※※※
コースフィールドの南、ジンバーラ王国では元国王が世界中から愛人を集めてパーティーをしていた。そんな彼の元にもコーマの声は届いていた。
「ねぇ、アーちゃん。本当にこの陣の意味は何なの?」
「ワシの娘のこれに頼まれたんじゃ。理由はわからんが、地震を納める効果があるらしいぞ」
「え? 本当? じゃあ私も描くね」
と言って、愛人数十人と一緒に彼はその陣を描き続けた。
※※※
さらにその南の森の中の一軒家。
そこでエリエールとハイロックはふたりで羊皮紙に陣を描いていた。
「エリエールはまだ彼のことが好きなのかい?」
「そうですわね。ですが、彼には私よりも大切な人がいますから」
「君は本当に正直だね……そう言えば、生命の書を鑑定するとこんな言葉が書かれているんだよ」
彼はその言葉を言った。
「この書を守れ。この書を受け入れろ。全てはそこから始まり、そこに終わる」
「どういう意味ですの?」
「生命の書は世界の始まりから終わりまでが描かれているんだけどね、世界の終わりから、新たな世界のはじまりを迎えるのに、この本の力が必要だって意味なんだよね」
「……コーマ様は世界を創ろうとなさっているんですの?」
「そして、この世界は終わろうとしているんだね」
ハイロックはそう言って、ノートに陣を描いた。
※※※
大陸中から声が届く。コースフィールドの飴細工職人の女の子、温泉宿のオーナー、スーとシー。ジンバーラ王国の元国王の爺さん。リーリウム王国の皆。そして、エリエールとハイロック、カリアナの民からも。
凄い数の陣が増えている。
俺はほくそ笑んだ。
これなら、これだけ集まればきっと世界の転移は可能だ。そう思った。だが、ルシルの顏は優れない。
「コーマ……確かに凄い数の声が届いているわね。でも、それって結局この大陸だけでしょ? 西大陸は六人の神子と知り合いだし、極東大陸だときっとラクラッド族の皆が協力してくれると思うけど……でも、北大陸には私たちは一度も行ったことがないから、知り合いがいないの。しかも、船で行こうと思ったら最低でも一カ月もかかるから、私の記憶が戻ってから行こうとしても無理だし、遺跡にあったはずの転移陣のあったはずの部屋はすでに壊れていて転移することもできない。コーマ、あそこに陣を描けなければ――」
とルシルが悔しそうに言った時、その声は届いた。
俺の耳に確かに彼女の声が聞こえた。
『コーマ様、私の事を忘れてなんていませんよね』
というその声に俺は心の中で、忘れてなんているもんかと告げた。
お前の声を待っていたぞ。
コーマ「あと三話だな」
ルシル「ここに来て登場人物一挙登場というのは清々しいわね。食の達人Sも陣を描いてくれたみたいだし」
コーマ「あぁ、殺人料理大会でお前の料理を美味しいって食べていた奴か」
ルシル「ええ。ジャージを着た男の人と一緒ね」
コーマ「あぁ、そういえば一緒にいるところを見たことがあるな……彼氏とかかな?」
ルシル「違うっぽいわよ。今回の一挙登場回に出ていない人っているのかしら?」
コーマ「大陸にいる人だと……そうだなぁ。一緒にギルドランク昇格試験に参加した奴等は、冒険者ギルドからの指示で一緒に陣を描いてくれていたし……鍛冶ギルドの奴等くらいかな?」
ルシル「コーマが聖女として助けて回った人たちは?」
コーマ「届いていないな。コーリーとして助けたから、俺の声が聞こえたとしても怪しい声としか思わないだろ」
ルシル「じゃあ、リーリウム王国の調査団の人たちは?」
コーマ「彼等と俺は直接会ったことがないよ」
ルシル「ヴィンデとノーチェは?」
コーマ「あいつらとは友達だけど、ここで出したらネタバレ半端ないからな」
ルシル「コーマって友達いたのっ!?」
コーマ「結局そこかっ! あぁ、でも今回登場した人物で本当に友達と呼べるのは――セイキマツくらい?」
ルシル「あれは弟分でしょ」
コーマ「……よし、残り三話で友達百人作ってやるっ!」
ルシル「一話あたり三十三人ね」




