ルシファーの過去と未来
私は――ルシファーはずっとひとりだった。否、元々ひとりだった天使が三つに分かれたうちのひとつなのだから、ひとりですらないのかもしれない。だが、それを寂しいなどと思ったことはなかった。私には役目があったから。新たな世界の創造というひとつの役目が。
そんな私がはじめて孤独を感じたのは、生命の書に触れ、未来を見た時だった。
未来の私はとても幸せだった。この時代には存在しない迷宮と呼ばれる場所の地下深くで、メデューサ、マーメイド、マリオネット、さらにコボルトやゴブリン、スライムまで一緒になって毎日愚かとしか思えない日常を意味もなく過ごしている日常がそこにあった。そこには孤独なんて言葉は存在しない。ひとりなんてなれるわけがない。
そして、その中心にいたのは彼だった。
火神光磨、私がコーマと呼ぶ彼は全ての未来において私に関わってきた。
私が直接召喚しなくても、例えばベリアルに召喚されたり、例えば人間のエグリザという勇者に召喚されたり、天使レメリカによって召喚されたりした。全てはこの世界を救う礎にするために。そして、どんな未来でも彼は私に関わった。そして、いつも私のことを好きだと言ってくれた。私の心を救ってくれた。私と一緒に世界の滅亡に立ち向かってくれた。
それはとても嬉しかった。
でも、とても苦しかった。
多くの未来において、私とコーマは失敗した。世界を救うための材料を集めることができなかった。
ルシファーとしての記憶を封印せずにコーマに全部話して協力してもらう未来もあった。でも、材料を揃えることはできなかった。未来を見ることができるのと全てを知ることは同義ではない、全てを知ろうと思えばブックメーカーのように心を失ってしまうから。私ができるのは未来の一部を見るだけだったから。
そして、世界がいよいよ滅亡となる時、コーマはいつも謝りながら、でも私にこういうのだ。
「すまない……俺が不甲斐ないばかりに。でも、最後までお前と一緒にこうしていられて俺は意外と幸せだったよ」
そのコーマの顏は、いつも笑っていた。
私と一緒に死ぬことは不幸じゃない。だからお前も自分を責めるな。
そう私に伝えているのは明白だった。
どんな未来でも、コーマは絶対に私を責めなかった。
幸せだと言ってくれた。
ある日を境に、私はコーマを日本に戻す方法を捜すことにした。
コーマがこの世界に来ない方法は最後まで見つからなかった。私が召喚しなくてもコーマは絶対にこの世界に関わってくる。まるでそれが運命であるように。あるルートで、鈴子という日本人が元の世界に戻るルートを見つけた。だが、その時にコーマを一緒に日本に送ることはできなかった。
コーマの中には神の力がある。そんな状態で日本に送れば、私の封印が解けて力が暴走する。たとえコーマが抑えきれても、元の世界の神に目をつけられる。だが、コーマが神の力を宿らせずにこのルートに行く方法はなかった。私も一緒に日本に行こうかと思ったが、それをしようとすれば、私たちは天使リエルに殺されていた。
その後も、無限に枝分かれするルートの中で最適なルートを見つけ出し、とうとうこのルートに辿り着いた。
この世界のコーマは最後にとても怒っていた。私に対して怒っていた。
これまでのどのコーマとも違う。私が見たいコーマの笑顔じゃなかった。
でも、コーマは元の世界に戻ることができた。
そして、未来の私は――
※※※
現在の私は、コーマを最後まで見送り、泣いていた。
本当はわかっていた。
コーマが私に対して怒っているのと同様、私も私自身に対して怒っている。
私だってコーマと別れたくない。
でも――でもやっぱりダメ。
コーマを巻き込むことはできない。
生命の書はこの世界の未来を見ることができる。だが、コーマとカリアナの民を向こうに送って世界全体のエネルギーのベクトルを新たに創る世界へと向けたこれより先は生命の書でもわからない。何故なら世界はすでに変異を始めているのだから。違う世界の未来は生命の書でもわからない。
コーマに、世界創造は必ず成功すると言ったけれど、そんなのは嘘だ。
それが真実なら、私はコーマと別れたりなんてしない。
成功率は一割を下回る
それでも、私は未来を掴みたい。
コーマが守りたいと思ったこの世界を守りたい。
そして、たまにはコーマの様子を見たい。
神の力を失ったコーマは、あと百年も生きられないだろうけど。きっと五十年もしたらしわくちゃのお爺ちゃんになっちゃうんだろうけど。
でも私はコーマを見ていたい。
きっと、世界の転移が成功したら、私は後悔するのだろう。
成功するのならコーマを日本に送らなくてもよかったと。
でも、それでも私は戦う。
未来で後悔するため、私は今を戦う。
だから、私はクリスの中の神の力を封印すると同時に、涙を袖で拭き、新たな世界への転移の解析を始めた。
クリスは神の力を抑えるために力を使い切り、死んだように眠っている。
そして。
「…………うそ」
小さく呟いた。
私は悟った。この世界の全ての人どころか、この迷宮にいる人たちですら新たな世界に転移することができないと。
~あとがき劇場~
ルシル「……コーマだけでも無事でよかった」




