お風呂に入ろう
コメットちゃんが厨房に入っていく。
一時は切腹しようとしていた彼女だが、なんとか落ち着いたらしい。
ひとりになった俺はルシルが呼びに来るまでどこで時間を潰そうか考えていた。
自分の家なのに行く場所に制限がはいるというのは、なんとも辛い。現代日本の、思春期の子供と倦怠期の妻がいる一般家庭のお父さんみたいだ。
「風呂でも入るかな」
魔王城には風呂がある。
ただ、ルシルが浄化魔法を使えるため、風呂に入る意義があまり見つからずにいるためか、風呂に入ることはあまりない。こだわって薪風呂にしたせいで風呂の用意をするのが面倒なのも理由の一端だ。
「んー、湯沸かし用の魔道具を置いて簡単に済ませようかな」
と思いながら、俺は風呂場に向かった
そして、いつものように男風呂に入る。マネットは風呂には入らないので、実質俺とタラしか利用しない男風呂の脱衣場への扉を開けると、そこにクリスがいた。
あぁ、本当にでかいな。
とクリスの胸を見て俺は感想を胸にしまった。その大きさは本当にメロンサイズだ。でもしっかり鍛えてあるお陰か、垂れ下がっていない。かといってロケットのように飛び出していることもない。巨乳で美乳というのはもはや芸術ではないだろうか?
パンツを手に持って片足をあげたまま立ちつくすというバランス感覚を俺に見せつけていた。
太もものせいで肝心な部分は全く見えないので、もしかしたら隠すために片足立ちをしているのかもしれない。
クリスは目を丸くしたまま叫ぶ様子もない。驚きすぎて声も出ないといったところか。
俺はそのまま脱衣場の中に入って、徐に服を脱ぎ始めた。
クリスの髪が濡れていて、肌から若干湯気が上がっているところをみると、湯上りなんだろうことは見てとれる。
ということは、お風呂は沸いていると見て間違いない。
風呂を沸かす手間が省けた。
「クリス、湯加減はどうだった?」
「…………え? あ、いい湯加減でしたよ……ってそれだけですかっ!?」
「いや、お前、男湯で何してるんだよ」
「え? ここ男湯だったんですか?」
「当たり前だろ。暖簾に大きく“男”って書いて……あぁ、日本語だから読めなかったのか。お前は本当にバカだな」
フリーマーケットの風呂は西欧風の造りで、従業員が慣れ親しみやすいようにしているが、魔王城は完全なる俺の趣味、純和風を目指した。
その結果、暖簾の文字も漢字で書かれている。
「バカって異世界の文字なんてわかりませんよっ! タラくんがお風呂を沸かしていて、入っていいんですか? と聞いたらコーマさんが帰ってくるまでなら入っていいって言ったから入ったんですよ……隣のお風呂は水も張っていませんでしたし」
「あぁ、タラが沸かしてくれているのか……俺に斬りかかった詫びのひとつなんだろうな。律儀な奴め」
「って、コーマさん。私の裸を見ていて何か言う事はないんですかっ!?」
「……ルシルじゃなくて残念……とか?」
「違いますっ!」
「まさか礼を言えって言うんじゃないだろうな?」
「謝罪を求めているんです!」
クリスが大手を下ろして叫んだ。持っていた白いパンツがひらりと落ち、クリスは慌てて脱衣籠の中にあったタオルで見えたら困る場所を隠した。
「いや、お前の裸って今更だろ。コーリーだったころ何度も見たし――」
「……性別反転薬ってまだあるんですか?」
「ん? あるにはあるが――」
「なら、飲んでお風呂に入ってください。そうしてくれたら許します」
「……は?」
なんでそんなことをしないといけないんだ?
もしかして、クリスの奴、リーリエに求められすぎて恋愛対象が女性になってしまったとか?
「じゃないと、ルシルちゃんに言いつけますよ」
「仕方ないな、わかったよ」
と俺は性別反転薬を飲んだ。
身長が低くなり、視線も低くなる。
クリスと違い胸の部分に大きなものもほとんどついていないし、身軽なものだ。
「これでいいか? じゃあ俺は風呂に入るからな」
いつもよりも高い声で俺はタオルを肩にかけて風呂に向かった。
掛け湯をして檜風呂に入る。
「……で、どういうことだ?」
「し、仕方ないじゃないですか」
「仕方ないって、何が……?」
隣にクリスが座っていた。一応バスタオルを体に巻き付けてはいるが。
「……コーマさんの局部なんて見たくないからコーリーちゃんになってもらいました」
「見たくないなら入るなよ」
「……ちょっとコーマさんとお話したかったんですよ」
とクリスは顔を赤くしていった。
お湯のせいで赤らめているのか、それとも照れているのかはわからないが、この会話の流れはつまりはそういうことか。
「いや、クリスの気持ちは別に嬉しいともなんとも思わないけど、結婚はしないぞ? お前の借金が無くなったら結婚してやるとか言った覚えはあるがあれは婚約破棄させてもらう」
「ち、違いますよっ! そうじゃなくて……コーマさんと思い出話をしたいと思ったんですよ……ぶくぶく」
クリスはお湯に口をつけて息を噴き出した。でも、本当に言葉でも「ぶくぶく」と言っていた。
~あとがき劇場~
ルシル「あとがき劇場の時間よ、コーマ! 本編について語るわよ!」
コーマ「あとがき劇場って、成長チート(以下略)のあとがきでやってたあれか? 成長チート(以下略)の本編について語るとか言っていながら、毎回俺がお前の料理に襲われて終わりという天丼ネタの」
ルシル「そのあとがき劇場よ。本編もあと10話~20話で終わりということで、本編について語ろうと思って」
コーマ「10話~20話って大雑把過ぎるだろ……でももう残りそれだけなんだな……なんか感慨深いよ」
ルシル「まぁ、本編終わっても『お魚(以下略)』みたいに後日談は続くんだけどね」
コーマ「身も蓋もねぇこと言うなよ……でもまぁ、本当に凄いよな。もともとこの話って勇者と一緒に冒険しながら、魔王としてダンジョン経営をする、つまり迷宮に攻める側と迷宮を守る側を同じ主人公でしてみよう、みたいなコンセプトで始まったのに、そのコンセプトが全然活かせて――」
ルシル「コーマ、ダメよっ! それ以上言ったらっ!」
コーマ「は? なんでだよ」
ルシル「あとがき劇場はネタバレ厳禁なのっ! あとがきから見る人がいたらどうするのよっ!」
コーマ「よしんばあとがきから読み始める人がいるとしても、本編全てすっ飛ばして712話から読み始める人なんていねぇよっ!」
ルシル「え? 私はこ〇亀は千話越えたくらいから読み始めたわよ?」
コーマ「ジャンルが違うよっ! あっちはギャグ、こっちは……」
ルシル「…………」
コーマ「…………」
ルシル「…………」
コーマ「…………ストーリーギャグだ」
ルシル「はい、ということでコーマのせいで今回のあとがき劇場はここまで! さて、私たちは最終話までに本編を振り返ることができるのか? そこも楽しみにしていてね」
コーマ「最終話までに一度も本編を振り返らずに終わる可能性のほうが高そうだな」
あとがき劇場でコーマとルシルがこんな意味のない雑談を繰り広げる「成長チートでなんでもできるようになったが、無職だけは辞められないようです」も好評発売中、3巻は5月22日発売です。




