開戦誘う魔物寄せの粉
~前回のあらすじ~
戦闘メンバー集合
嵐の前の静けさ。といったところだろうか。とても穏やかな海。
北の島のさらに北の海上に移された四つの浮島の上に、俺たちはいた。
もともと農業用に作られたらしい浮島にスクリューをつけてここまで運んできたものだ。
一辺3キロメートルの正方形、その頂点の場所にそれぞれ浮島を配置。
一角鯨は、この海の海底のどこかに封印されている。
封印巨石という名のアイテムの中で眠っているらしく、この状態だと索敵眼鏡を使ってもどこにいるかわからない。
封印巨石か。こんな時じゃなければアイテム図鑑に登録するために海の底に潜りたいんだが。
流石にそれは不謹慎だし、そもそも今からなら潜っている間にタイムアップになる。
索敵眼鏡の効果範囲を最大にしたところ、まず最初に目につくのは一番大きな赤。アイランドタートルだ。他には南側に赤い点が固まって見える、マユの配下の魔物だろう。
あとは海全体に赤い点が見える。これはマユの配下の魔物ではない、シーダイルだと思う。
結構な数がいる。
本来はこの海にいる魔物じゃないそうなのに。
まるで琵琶湖で繁殖したブラックバスみたいだ。
「マユ……封印の状況はどうだ?」
俺が訊ねると、後ろで控えていたマユが思念で答えた。
(一角鯨の強い怒りを感じます。もう一刻の間に封印が破れるかと)
離れていても感じるほどの怒り。相当なものなのだろう。
長い間、狭い石の中に封印されていたんだから当然かもしれないが、その怒りをどうにかエコエネルギーとして利用できないものか。
怒りをエネルギーに変換するアイテム……ありそうだな。
(コーマ様は本当に昔から何かを集めるのが好きなんですね)
あぁ、本当に昔から何かを集めてばかりで。
ってあれ? 昔から何かを集めてること、マユさんに伝えたっけ?
(いえ、コーマ様はまだ何も伝えてませんよ。かつて伝えてもらっただけです)
マユが妖艶な笑みを浮かべてそう語った。
……? 混乱してきた。
まだ伝えてないけどかつて伝えた?
(コーマ様がこの言葉の意味を知るのは遥か先のことです。今は目の前の敵に集中しましょう)
えぇ、なんだよ、それ。
かなり気になるセリフなんだけど。どこの伏線だよ。
でも、確かに今は目の前に集中しないといけない。
俺は振り返ると、緊張した様子で擲弾筒を握るクリスを見て、ふぅ、と息を漏らした。
彼女がここまで緊張するのは珍しいことだ。
「クリス、大丈夫か? お前の一手がこの戦いにおいて戦局を大きく左右するんだからな」
「わ……わかってます。はい、大丈夫です。コーマさんのダサイメガネを見たら元気が出てきました。でも、眼鏡一つでもダサイのに、二つかけたら輪をかけてダサイですね」
悪かったな。俺は今、索敵眼鏡と診察メガネの二重使用だからな。
「メアリも準備はいいな。あと、絶対に喋るなよ」
俺が問いかけたら、メアリが無言で頷いた。
よし、ここまでは問題なく進んでいる。
昨日俺が伝えた作戦も全員理解してくれている。
想定外だったことといえば、昨日、行方をくらませていたタラが結構な深手を負って帰ってきたこと。
一度、こういう時のためにルシルに新たに作っておいてもらった持ち運び転移陣で南の島に戻り、タラから事情を聞いたが、何があったかは「話すことができない」とのこと。
そのため、それ以上深くは追及しなかった。何か事情があるのだろう。
幸い、怪我もアルティメットポーションを使い完治しており、コメットちゃんとともに南の島の護衛に専念してもらうことにした。
コメットちゃんもタラも重要な戦力だが、緊急時に逃げることになったとき、助けるべき仲間が多ければ混乱することになる。
俺にとって、一番重要なのは自分の命に加え、ルシル、コメットちゃん、タラ、クリスの命だ。
正直に言えば、他の人の命は優先順位はかなり低い。
クリスを同じ浮島に配置したのも、最悪の事態が起きたときに彼女を無理やり転移させるためだ。
絶対にクリスに怒られることになるだろうが。
そう思った時、突如として風が止まった。
(――――復活しましたっ!!!!)
マユの声が伝わった。
あぁ、俺にも伝わってきた。
アイランドタートルほどではないが、海の底から大きな魔物の気配を索敵眼鏡によりはっきり捉えた。
「メアリ、クリス! 来たぞ!」
俺が叫んだ、直後、俺達は耳を塞いだ。
『『『一角鯨が復活したぞおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!』』』
メアリの声が爆発した。
鳴音の指輪による拡声効果だ。
音が伝わるまで、10秒から14秒ほどの誤差がある。
だが、それでも作戦の経過状況を明確に伝えられる。
通信イヤリングを人数分作ってもよかったが、怒号が飛び交う戦場になれば、大きな声のほうがいいだろう。
「クリス! 頼む!」
俺が手振りを加えてクリスに命令した。くっ、まだ耳の奥がギンギンする。
「はい、わかりました!」
クリスが擲弾筒に詰めた弾を放った。
弾は練習通り孤を描いて四つの浮島の中央に着水した。
「やりました、コーマさん!」
「ああ、ここからが本番だ!」
弾の外側はすぐに水に溶ける素材で作った。
外殻が溶けると、中に入っていた魔物寄せの粉が溶けだした。
索敵眼鏡を見ると、海中に広がっていた赤い点がこちらに向かって移動を始めた。
そして、第一目標の敵もこちらに向かってきている。
再び俺達は耳を塞ぐ。
『『『敵がこっちに向かってきた! 浮島に上がってくるシーダイル以外の魔物は無視だよ!』』』
近くにいたシーダイルは浮島の横を通過していき、魔物寄せの粉へと一目散に向かっていった。
だが、あんな小物は全部無視だ。
シーダイルの数は数十匹にもなり、その数はさらに増えていく。
だが――本当にそんな数など本当になんの意味もなかった。
なぜなら、そのシーダイルの真下に巨大な影が現れたから。
その巨大な影はさらに大きくなっていくと――海面にいたシーダイルを全て飲み込んだ。
鯨が立った。
30メートル以上の高さにまで立ち上がった――こちらからは腹の部分しか見えない。角など天井に到達しそうなくらいの高さにまでなっている。
「撃てぇぇぇっ!」
俺の怒号とともに、四十本の雷の杖、俺の持つ轟雷の杖が振るわれた。
四方から巨大な雷が天へとのび、天井すれすれに集まり、巨大な一本の槍となって一角鯨の角へと降り注いだ。
その光景は、まさに神の裁きといえばいいだろうか。
圧倒的な威力に――だが、俺は悪い意味で己の目を疑った。
【HP37852571/40230000 MP0/0】
HP4千万オーバー……。
200万以上ものダメージを与えたものの、その強大な姿を見て俺は反省せざるをえない。正直、甘く見ていた。




