エピローグ
土下座をするのに躊躇しなくなったのはいつからだろうか?
だが、俺のそんな健気な思いは彼女に通用しなかったらしい。
リーリエはヒールのついた靴で俺の頭をグリグリと踏みつけてきた。一部の業界ではご褒美と呼ばれるこの行為であるが、ノンケの俺には苦痛と恥辱でしかない。だが、俺が結論だけ見て言えば彼女が立腹するのもいたしかたない。
「お姉さまに合わせて伸ばしていたのに――お姉さまに合わせて伸ばしていたのに――お姉さまに合わせて伸ばしていたのに――」
リアヌスが魂の杯に封印されてから七時間後。無事クリスとリーリエがあちらの世界から帰還した。そして、状況を確認し、リーリエは土下座待機していた俺の頭を踏んだというわけだ。
「えっと、短い髪も似合うと思いますが」
俺は頭頂部を踏まれたまま顔を少し上げ、笑顔を浮かべようとしたが。
「いつ頭をあげていいといいましたか? 豚野郎」
殺気を込めてリーリエが言った。怖ぇぇ……流石はリアヌスの子孫だ。
「まぁまぁ、リーリエちゃん。コーマさんのお陰でリーリエちゃんもこうして無事元に戻ったんですから。許してあげてください」
クリスから助け舟が出された。
「でも……お姉さま――」
「そうだ、リーリエちゃんが私と髪をお揃いにしたいというのなら、私の髪を切って――」
「それはダメですっ! お姉さまの髪は天から垂れる金糸と同じ。そんな簡単に切っていいものではありません。お姉さまがそう仰るのでしたら、私はこの髪で我慢いたします。その代わり、お姉さま、私の新しい髪を梳いてください。直ぐにイシズに毛先を整えさせますから」
リーリエは俺から足をどけ、クリスに抱きつきながら言った。髪を切るのもイシズさんの仕事なのか。
リーリエはクリスから転移石を受け取ると、猛ダッシュで持ち運び転移陣に向かった。
「助かったよ――ところで、クリス」
「……コーマさんのお陰でゆっくり話すことができました」
「……そうか。親父さん、何か言っていたか?」
「私の思う通りに生きろって」
「そっか……いい親父さんだな」
「あと、無理して会いに来なくてもいいけど、孫ができたら一度は見せに来て欲しいって言ってました」
「そりゃ大変だ。あ、そうそう。エリエールはさっき遺跡の調査から帰ってきて、今はリーリウム王城に戻ってる。俺、エリエールに告白もしていないのに振られたんだよ。あの元ブックメーカーと一緒になるんだってさ」
エリエール、本当に申し訳なさそうに俺に何度も謝っていた。まるで婚約破棄をする女性のような感じで。俺とエリエールはそんな仲では絶対になかったと思うんだけどな。
「コーマさん……私」
クリスは何か言いたそうにしていたが、笑顔を浮かべ、
「リーリエちゃんのところに行ってきますね」
「あ……うん。わかった」
クリスは俺の返事を待つと、リーリエが去った転移陣の方に去っていった。
ラクラッド族はまだ村に戻ってきていない。一応、修復できるところは修復できたし、ラクラッド族のために和洋中様々な甘味を用意した。
「ねぇ、とりあえず厄介な事案も解決したわよね」
「そうだな――」
会話がそこで途切れた。
沈黙がふたりを支配する。空気が重い。
なんとかして会話を切り出さないといけないと思った。
「「あの」」
とふたりの声が重なった。
本来ならさらに気まずい空気が流れるはずなのだが――
「はははは」
「ふふふふ」
「あはは、なんだよ、今の。ドラマのワンシーンかよ」
「本当にバカみたいよね。あぁ、笑ったわ。で、コーマ。どっちから話す? やっぱり私から話そうか?」
「いや、俺から話す。というか、悪い。実はブックメーカーを使って、既に知っているから確認作業みたいになるんだが――」
と俺はルシルを見て言った。
「お前は――お前は、もう俺の知っているルシル。ルチミナ・シフィルじゃないんだな?」
その問いに、ルシルは無言で頷いた。
「魂の世界に行った時、神の力の動きを封じることは私には――ルシルにはできなかったの。だから、ルシルは大きな賭けに出た。もうひとつ、常に使い続けていた封印を解除したの」
「その封印というのは――」
「ええ。コーマが想像している通りよ。ルシファーとしての記憶の封印をね。今の私はルシルであると同時に、ルシファーでもあるの」
そうルシルはいつもの通り少し疲れた笑みを浮かべて言ったのだった。
明日より、いよいよ最終章に突入します。




