破壊衝動の対象
「最初から竜化第二段階で行こうと思うんだが――」
誰もいなくなったラクラッド族の村の広場で、俺はルシルに提案した。
リアヌスの強さはこの目で見て確認している。
一筋縄でいかないだろう。あいつの強さは天性の物だ。だが、それで満足せずに鍛え上げた、いわば人類の極みのようなものだと思う。
「それがいいと思うわよ……って、コーマ、浮かない顔をしているわね」
「まぁな。いくらリアヌスの魂といっても体はリーリエだろ? 殴りにくいと思うんだよな」
女の子を殴るっていうのは流石に気が引ける。
もちろん、戦いが終わったらアルティメットポーションかエリクシールを使って治療するつもりだが。
「コーマって本当に優しい魔王よね。でも、それは気にする必要はないと思うわよ」
「そうは言ってもなぁ――」
「気にする余裕がなくなると思うわよ」
余裕がなくなる……か。
「確かにそうだよな。リーリエの体に入っても、ゴーリキがタラと融合してもその剣技が衰えないのと同様、リアヌスの強さに変わりはない……か」
「あぁ……うん、それもそうなんだけど……コーマはゴーリキとタラの例を出したわよね。それを良く考えたらわかると思うんだけど」
……どういうことだ?
やけにルシルの言葉に歯切れが悪いが。
「なぁ、ルシル。これから戦いが起きるんだし、教えて欲しいんだが」
「そうねぇ。確か、リーリエってドレスを着ていたわよね」
「ドレス? ん、あぁ。白百合のような純白のドレスだったよ」
と俺は思い出すように言った。ドレスが花びらだとすれば、あの金色の髪が黄色い雄しべのように見える。もしかして、本人も意識してるんじゃないだろうか?
「百合って言葉にそんな意味、この世界にはないわよ」
「……あれ? なかったっけ?」
「んー、たぶん。なにぶん、言葉って短い間で変わるから、私も自信はないわね。日本でも百合がそういう意味の言葉で使われるようになったのは1976年のことよね」
「1976年のことよね、って言われても俺、その時には生きていないし……もしかして、ルシル。お前そういう本が好きなのか?」
「あぁ、私が好きだったのはそっちじゃないのよね。そもそも百合の語源は、薔薇族という本の百合族のコーナーってものがあってね」
「待て! ちょっと待て――何も言うな。え? お前ってそっちなの? 腐なの?」
「趣味としてはなんでもありよ。伊達に何千年も生きていないわよ」
「そうか……お前って本当に昔からそうなんだな」
「まぁね。源氏物語の初版本は読んだことあるわよ」
「初版本!? って、活版印刷じゃないから、つまりは紫式部が直接描いた原本じゃねぇか、それ!」
「あぁ、うん。鎌倉時代の貴族の屋敷にある倉庫にあるのをこっそりいただいたわ」
「それ、泥棒じゃないかっ! それってまだあるのか? 実際にあるとしたら国宝級の大発見なんだが」
「去年まであったわよ。魔王城と一緒に消滅したけど」
「……俺は何も聞いていない! 何も聞いていないからな」
「でも、源氏物語って、ハーレム物語の原点じゃないかしら? ロリっ子も登場するし」
「……ルシル、前に比べてオタク度が増してるだろ……というか、源氏物語がそっち方面に通じるものがあるっていうのはまぁよく言われるよな……って、俺たち、本当に何を話してるんだ」
クリスがあっちに行った直後の、俺とルシルの間にあったはずのシリアスなムードは本当にどこにいったんだろう?
でも、なんだろうな。だいぶリラックスしてきた。
下手に緊張したら俺の中の神の力の破壊衝動に心を飲まれてしまうから、このくらいのほうがどうでもいい。
そう思った時だった。
俺の中の索敵スキルが敵の気配を感じ取る。と同時にロープが切れる音が聞こえてきた。
「来たなっ! ルシルっ!」
「わかってるわっ! 封印解除第ニ段階っ!」
ルシルが封印を第二段階まで解除し、高校生バージョンになった。
【殺せ、壊せ、殺せ】
俺の中の破壊衝動が押し寄せる。
だが、俺はそれを必死に押さえつける。
殺すためでも壊すためでもない、俺は守るために戦うんだと。
「……凄い気配だな。俺様と戦うっていうのはお前かっ! さっき戦った奴と似ているようだが――」
と出てきたそいつを見て、俺は言葉を失った。
そうか、ルシルが言っていたのはこういうことか。タラとゴーリキが融合してその姿が変わったように、リーリエの体をリアヌスが乗っ取ったときにもその姿は変わる。
俺の目に映ったのは、昨日見たのと同じ巨漢の男。その巨漢の男が、今にもはち切れそうな白いドレスを着て立っていた。
【殺せ、殺せ、殺せ】
あぁ、その通りだ。この変態は今すぐころ――
「コーマ、殺したらダメよ」
と先にルシルに念を押され、俺はどうにか破壊衝動を抑えることに成功した。




