クリスの再会
翌朝。
クリスとリーリエが石の台座の上に眠らされる。
「背中がひんやりしますね」
横になりながら、クリスが苦笑いした。
「朝露で少し湿っていたからな――一応拭いておいたんだが。布団でも敷くか? あ、布団を敷いてもいいかラクラッド族に聞いてからだけど」
「大丈夫です。リーリエちゃんも我慢しているんですから」
「我慢してるのか?」
ニコニコ笑っているリーリエを見る。あれは何も感じていないだけだろ。
ブックメーカーになったものは記憶と感情を失うらしいからな。
そう思ったら、ラクラッド族が入ってきた。
「クリス、リーリエ、タマシイ、オクル」
「オレタチ、ガンバル」
「アマイモノ、タベル」
ラクラッド族が入ってきた。
「悪いな、無理言って。魂を送ったらすぐに避難してくれ」
リーリエの体をリアヌスが乗っ取ればここは戦場になる。最悪、村が壊れるかもしれない。
そのことは既にラクラッド族にも話していて、クリスたちの魂を送ったら、ラクラッド族の皆には北にあるカカオ園にまで避難してもらうことになった。
「コーマ、ムラ、ナオス」
「ダイジョウブ、タタカエ」
ラクラッド族が親指を立てる。村が壊れても俺が責任をもって直すと言ったから、こっちのことは気にせずに戦えと言ってくれているようだ。
「クリス――それと、向こうにリアヌスの魂をリーリエの体に戻す交渉をする人がいるんだが」
「え? そうなんですか? てっきり私の役目だと思っていたんですが」
「お前の交渉能力にそこまで期待していないよ。お前は万が一交渉に失敗した時にリーリエを守ってこっちに戻ってきてくれ。あ、交渉に成功したらゆっくりしていてもいいぞ。とにかく、あっちにいる人に謝ってくれ」
「謝る……何をです?」
「大丈夫、謝ればあいつはわかるよ」
俺は悪戯な笑みを浮かべた。
「んー、わかりました。コーマさんが謝っていたと伝えたらいいんですね」
「あぁ、あいつがどんな顔をするか、見られないのが残念だよ」
と俺は言って、黄色い箱に入れている栄養補助食品を食べた。
「コーマ、私にもひとつ」
「悪い、今のがラスト」
「なんでよっ! 昨日いっぱい作ったじゃない!」
「お前がほとんど食べたんだろうがっ!」
昨日作った栄養補助食品はざっと50箱分だ。
それをこいつはほぼひとりで食べやがった。
全く、ふざけた奴だ。
本当に……本当にふざけた奴だ。
俺がそう呟くと、本当の最後のひとかけらをルシルの口の中に入れた。
「またそのうちに作ってやるから、今はこれで我慢しろ」
と言う。彼女の柔らかい唇に触れた人差し指を軽く押す。
「……うん」
「あの……コーマさん、これから命懸けで戦うって時にラブコメの雰囲気を出されると、部外者である私にとってはとても辛いのですが――せめて私の魂を送ってから――」
とクリスの言葉が途絶えた。
リーリエも今は眠るようにその瞳を閉じている。
「コーマ、クリス、リーリエ、タマシイ、オクル」
「オレタチ、イク」
と言って、ラクラッド族たちは歩いて部屋を出た。
どうやらクリスとリーリエ、そしてリアヌスの魂はあちら側に行ったようだ。
あとは待つだけ――できれば少し離れた場所で。
「ねぇ……コーマ。ちょっと話したいんだけど」
「話は全部終わってからにしないか?」
「……でも……」
「……俺はルシルを信じている……いや、違うな。信じたいんだ。それに、本当に最悪な事態が起こっているんだとしたら、お前はそんな顔をしないよ」
俺は笑って言った。
※※※
「――にして下さいっ! てあれ?」
コーマさんがいません。
それどころか、何もありません。
またここに来たわけですか。
「……ちっ、あいつらどこに行きやがった――せっかく強い奴に出会えたと思ったのによぉ」
とそこにいたのは、初代リーリウム王国国王、リアヌスでした。
この様子を見ると、どうやら昨日の戦いから丸一日が経過したことにも気付いていないようです。
「残ったのはお前だけか――まぁいい。暇つぶしにはなるだろ」
と拳を鳴らした。
――精霊化していない(というか昨日の戦いでサランさんの力が消耗しすぎて精霊化できない)私では、時間稼ぎが精いっぱい。
交渉役の人は一体どこにいるんですか? ここにいると言っていたはずなのに。
と思ったら、後ろから誰かがものすごいスピードで近付いてきました。その足音だけでもわかります。白光という二つ名を持つ私にも勝るその速度。
どうやら間に合ったようです。と振り返ると、
「おっ、ねっ、えっ、さっ、まぁぁぁぁぁっ!」
鼻息を荒くしてリーリエちゃんが近付いてきて、私に抱き着いて来ました。
「あぁ、お会いしとうございました。あぁ、お姉さま――また鎧なんて無粋なものを着けて。待ってください、今すぐ私が脱がせてあげますから! というかもう脱がせましたからっ!」
「ま、待って、リーリエちゃんっ!」
と言う間に、リーリエちゃんは私の鎧を脱がせ、胸に顔を埋めてきます。その早業―ーいつものリーリエちゃんじゃありません。
「なんだ、お前たち、戦うんじゃないのか?」
リアヌス国王も反応に困っているようです。
というか、こんなに抱き着かれたら、戦うこともできません。
「どうやら、リーリエ女王陛下はブックメーカーの力をだいぶ自分の物にしているようだ……さて、リーリウム王国、国王リアヌス――あなたに伝えたいことがある」
「……っ!」
私とリーリエちゃんはその男を見て驚愕しました。
彼は服の上着で口を、ズボンで目から上を隠し、パンツ一丁の姿でいたからです。
「へ、変態ですっ!」
とリーリエちゃんが私の胸を揉みしだきながら、叫びました。
「変態ではない、ただの交渉役だ! リアヌス」
「なんだ、変態っ!」
「君まで私の事を――」
と言うと男は一瞬にしてその姿を消し――気付けばリアヌスの背後にまわっていました。
「ほう、おめぇ、変態にしてはやるじゃないか」
「――変態ではない――貴様にいい話がある。強い奴と戦いたくないか? あのエントをも殺した男が待っている」
「……エントを? 男っていうことはルシファーじゃねぇんだな」
「あぁ、ルシファーが認めた男だ」
「そうか、ガハハっ、ルシファーが認めた男ってことは、そいつを殺せばルシファーと戦えるってことだな。あいつには負けたままだから、いつか再戦を挑みたいと思っていたんだ」
と拳をぶつけ、
「で、俺様はどこに行けばいい?」
「この先を真っ直ぐ歩け。振り返らずに。そうすれば会えるよ」
とその男の人は言いました。
すると、リアヌスは不敵な笑みを浮かべ、まっすぐ歩いていきます。その行進には誰も止められない迫力がありました。
そして、彼の姿が見えなくなると、
「私の役目は終わった――ではさらば――」
「待ってください!」
私は彼の背中を見て、叫びました。
「……お父さん……」
その背中、見間違えるはずはありません。
「……お父さん……なんだよね?」




