閑話 不思議の国のアンちゃん(前編)
ちょっと今、リアルが忙しいので閑話になります。
時間は少し遡っていますが、ご了承ください。
ラビスシティーにある初等学校に通っている一人の僅か六歳の少女がいた。
アンという名前の少女である。初等学校に通うにはまだ幼い年齢ながらも、二十人いる同じ教室の生徒の中で三位の成績を収めている。最初は生意気だといじめられそうになったこともあったが、彼女がラビスシティーで一番の大富豪であるメイベル――フリーマーケットと縁があると知るとその心配はなくなった。子供の中でも身分の違いというものはあり、アンは図らずしもその頂点に立っていたのだ。
ただ、本人は全くそんなことを気にしていない。
例えばお弁当を食べている時に飲み物を持ってきた男の子がいたとする。
「ありがとうなの。でもアンにはハッカチャがあるし、それはキーくんのだからキーくんにのんでほしいの」
と満面の笑顔で言うものだから、いつの間にかアンはクラスのマスコットガールとしての地位まで確立していた。
そんなある日、アンに宿題が出された。
明日は学校が休みであり、その日、朝起きてから寝るまでの一日を作文にすること。
初等部の生徒は全員文字が書けるまで成長したので、その一環としての宿題だった。
はじめての作文に、アンはウキウキしていた。面白い作文を書こうと思い、その日はいつもより早く寝た。
次の日、アンが起きたのは朝の五時だった。
錬金術工房の奥の寝室。隣には兄のクルトが寝ていて、
「んー、コーリーさん……」
と幸せそうに呟いている。昨日も夜遅くまで仕事をしていたことを知っているアンは、クルトに毛布を被せ、
(おにいちゃん、行ってくるの)
と小さく呟いて寝室を出た。
寝室を出ると居間があり、アンはアイテムバッグの中から井戸で冷やしていた瓶に入った牛乳と柔らかい白パンを取り出して、
「いただきますなの!」
と目を閉じて合掌し、
「あ」
と呟くと、
「いただきます」
と訂正した。アンの中で、今日一日のことは作文に書くのだから、彼女が尊敬するフリーマーケットの従業員たちみたいになろうと思って、まずは言葉を修正した。
そして、彼女はアイテムバッグから取り出したのは、お面だった。
好きな人そっくりなお面ということで、アンが書いたのは、黒髪の男の人のイラストだった。デフォルメが強すぎていったい誰を描いたのかはアン以外にはわからないが、少なくとも兄ではないのは確かだった。クルトは白い髪だったから。
アンはそのお面を被って、メイベルに見せに行こうと外に出た。メイベルは朝の五時から既に活動していることをアンは知っていた。
そして、従業員寮に行こうとして、その前の店――フリーマーケットの裏口が僅かに開いていることに気付いた。
もしかしたらメイベルはもう店にいるのではないか? そう思って彼女は裏口に入っていった。
※※※
一方、ラビスシティーにある迷宮の奥――十階層にいる者の中ではもう知らぬ者がいない隠し部屋から通じる迷宮の最奥。
その一室に、ひとりのメデューサが映像受信器を見て仕事をしていた。
そのメデューサ――名をメディーナという――の仕事は迷宮に入ってきた冒険者への罠の作動、そしてフリーマーケットに忍び込んだ空き巣の転移作業だ。
フリーマーケットに入った空き巣は漏れなく迷宮に転移され、そこでとてもきついお仕置きを受ける。
そのお仕置きとは、ルシル料理と呼ばれる化け物の処理だ。
現在、魔王城のアイテムバッグになんとか収納し、隔離することに成功したルシル料理は五十七体。しかもその数はまだ増えている。それを処理するために空き巣の存在は必須だった。いくら隔離に成功しているとはいえ、消滅したわけではない以上、いつアイテムバッグの亜空間から逃げ出すかと思うと、彼女の主は不安で仕方がないそうだ。
フリーマーケットの空き巣は数は減ったが、それでも週に二度、三度と訪れる。
モニターに映し出された黒ひげの男を、
「ご愁傷様です」
と言って転送させた。
別のモニター――ルシル迷宮百五十階層を見ると、先ほどまで地上にいた男がそこにいる。
あとは、マネットというゴーレム作成担当の魔王が使役しているシルフィアゴーレムに料理を解放させるだけだ。ルシル料理はゴーレムは襲わないから、本当に助かっている。
「……ん?」
とメディーナは再びフリーマーケットのモニターを見て首を傾げた。
今度はやけに幼い空き巣が訪れた。
手書きの仮面をしているので顔はわからないが、従業員でないのは明らかだろうということで、メディーナは、
「今日は大盛況ですね」
と笑顔でその仮面の少女を転移させたのだった。
※※※
その転移に巻き込まれたアンは、
「あれ? ここはどこなの?」
と左右を見渡して考えた。




