ハッスル爺さん
ルシルが十分もの間時間を稼ぐと言った。だが、実際はそう長くは持たない。
五分で終わらせて直ぐに戻る――そう決意し、全力で走る。
暫く走ったところで、俺の視界の左端に巨大な火柱が上がった。
「あっちかっ!」
急ブレーキをかける――土もないの空間なのに足と床との摩擦で靴が焼き切れるのではないかと思ったが、俺の特別製の靴がそんなことで傷むわけもなく、歩幅が狭くなったと同時に体を大きく捻り、左に飛ぼうとし、バランスを崩しそうになる。俺が車だったらそのままスリップして横転していただろうが、俺は車ほどやわじゃない。
踏ん張り、転倒を防ぐと前のめりになったまま走り始めた。
一気に片付けるためにも、俺はアイテムバッグから神雷の杖を取り出す。
現在の俺の最強武器であり、これで倒すことができなければもう逃げるしかない。
今の俺は竜化はできない。いや、竜化だけではない。
俺は神雷の杖を鑑定した。だが、鑑定結果は出てこない。神の力でアイテムを吸収することで手に入れたスキルは使えるようで、HPを見ることはできる。力の神薬のお陰で得た筋力、体力も残っている。それでも、俺は一般人の領域から漏れることはできない。
ルシルと別れて三十秒、ここから火柱の位置まで三十秒、ルシルのいる場所から火柱の位置まで全力で走れば一分。
つまり、戦える時間は三分だけだ。
すぐにその姿は見えてきた。
炎の剣を構えるクリス――だが精霊化はしていない。その後ろにはリーリエ。クリスを心配そうに見るその目は、どうやらブックメーカーではなくいつものリーリエのようだ。そしてクリスと相対するのは、筋肉隆々の初老の男。
見た目はハッスル爺さんだ。
ここにいるってことは、あれがブックメーカーの力の源のようなものなのだろう。
となれば――
「雷よっ!」
神雷の杖を使った。
巨大な雷が初老の男を飲み込み、まるで爆発したかのように煙が撒きあがる。
「敵はこいつであってたのか!」
「コーマさん、知らずに攻撃したんですか!? って、コーマさん、どうしてここに!?」
「話はあとだ。クリス、リーリエ、逃げるぞ! 急げっ!」
「あなたが命令しないで――」
俺の命令にリーリエが反発するが、
「クリスに背負われて思いっきり甘えるチャンスだぞ」
「緊急事態ですから、あなたの命令に従うわ――お姉さまぁぁぁっ!」
とリーリエはクリスにとびついて、その背中に頬ずりする。
「よし、クリス、走るぞ! 走りながら状況説明――っ!」
「コーマさん、何で逃げるんですかっ!」
「今のが俺の最高の攻撃だっ! あれで片付くのなら問題ないが――」
と俺は後ろを振り向く。
煙の中から、さっきの男が無傷で現れた。
「って、若返ってないかっ!」
白髪だったはずなのに、黒髪になっている。
「ガハハハハっ、どこの若造かは知らんがさっきの雷で肩こり腰痛が一気に消えて気分爽快じゃいっ!」
「その礼に追いかけるのをやめるつもりは――」
「礼にいつもの三倍の力で殺してやるわっ!」
「駄目だっ! 話が通じない奴だっ!」
ベリアルの影と同タイプのバカだ。
「クリス、あいつは何者なんだっ!」
「初代リーリウム王国国王で、初代ブックメーカーですっ!」
「つまりは私のご先祖様。ブックメーカーのあの心のない動きは全てこの魔王を封じるためのものだったようなの」
「お前のご先祖様ってどんな奴だったんだよ」
「よくわからないけど、現在のリーリウム王国――大森林にいた九十七ある部族に単身で戦いを挑んで力で従わせた鬼神だと国では――」
「よくわかった! つまりバカだっ!」
そして、俺たちは走る。
「コーマさん、逃げてどうするんですかっ! このまま戻ったら全て元通りですよっ!」
「あぁ、このまま逃げ帰ったらな。でも、クリス――こういう言葉を覚えておけ」
俺は笑って言った。
ああいう戦い馬鹿を倒すのに最も効率がいい手段がある。
「敵の敵が味方だって限らないんだぜ」
俺が走ったその先で、そいつは待っていた。
「ルシル! 待たせたなっ!」
「コーマ、思っていたより早かったわね。あと七分は我慢できたわよ――って、何を連れてきてるのよっ!」
ルシルは俺たちをおいかけるハッスル爺さんを見て叫んだ。
まぁ、普通はそういう反応をするわな。




