最後に言えなかった言葉
「またここに来ることになるとは思わなかったな」
真っ白の世界。手足の感覚も普通にあるし、アイテムバッグも持っている。
ずっとここにいたら気が狂うかもしれないけど、俗世間から離れて静かに読書をするのに実は最適な場所ではないだろうか?
まぁ、俺の中の神の力がある限り、そんな計画は実行されないんだけどな。
「へぇ、ここが魂の世界なのね。コーマから話は聞いていたけど思っているよりも普通ね」
後ろから声が聞こえた。
ルシルの声だ。
だが、そこにいるのはいつものルシルではなく――
「……っ!!」
大人バージョンのルシル。全盛期のルシルだった。
思わずその胸部をガン見してしまう。
「コーマ、あまり見ないでよ」
「はいっ!」
俺はその言葉のままに後ろを見た。
「――ってあれ?」
「どうしたの?」
「俺はルシルに何を言われてもその胸を心のメモリーに保存するためにガン見するつもりだったのに、なんで後ろを向いてるんだ?」
「そんなこと堂々と言わないでよ――あぁ、そういうことね。コーマ、伏せっ!」
ルシルがそんなことを言うと、俺はその場にうつ伏せになった。
これは――そうか、そういうことか。
「俺とルシルの間の優位性が元に戻ったのか」
ルシルが俺を召喚したとき、俺はルシルの忠実な僕だった。俺に拒否権はなく、言われるがままにその指示に従わないといけない。だが、俺が神の力を手に入れ、ルシルがその俺の力を封印して己の力を失った時、その優位性が逆転し、ルシルが俺の配下になった。
だが、ここに来てその優位性が逆転したわけか。
「コーマ、もう自由にしていいわよ。あと、私の命令には今後無理に従わなくてもいいわ。これが私の最後の命令よ」
「――いいのか?」
「もちろんよ。別に命令権なんてなくてもコーマは私の言う事を何でも聞いてくれるし」
「そうか――それもそうだな」
と俺は立ち上がり、ルシルと向かい合う。
「もっとお前を見ていたいが――そうも言っていられないな」
「ええ――早速来たようね」
ルシルが横を見る。そこにあったのは黒い塊。
「コーマ、今になって私は確信したわ。あんなのお父様なんかじゃない。ただの力の塊よ」
「だな――でも、俺たちは随分とあれに助けられたんだぜ?」
「そうね。これからももうちょっと助けてもらわないといけないから、ちょっと痛めつけて言う事を聞かせないとね」
とルシルが叫ぶと同時に、俺はアイテムバッグから大量のユグドラシルの枝を空に投げた。
「絶対零度封印術!」
ユグドラシルの枝が氷の刃に代わり、それが神の力に塊に降り注いだ。
だが、その氷の刃が相手に届く直前に停止した。
ルシルの姿がみるみる若返っていき、小学生バージョンに――いや、それより若く小学校低学年の姿になった。
ルシルロリバージョンだ。
「ルシル――っ! お前、その姿――」
「コーマの中のあの力は、コーマが外側から、私が内側から押さえつけることで封印しているの。コーマの中にいないあの力を封印するのには限度があるわ! 早くクリスを助けてきてっ! 制限時間は十分っ!」
「わ、わかったっ! 十分で絶対に終わらせる。でも、お前は無理をするなよっ!」
俺はそう言うとどこにいるかわからないクリスの居場所を目指して走り出そうとし――
「コーマっ!」
ルシルが叫んだ。俺の足が止まる。
「どうした!?」
「……ううん、なんでもない。絶対帰ってきてね」
「わかった。絶対に帰ってくるよ」
俺はそう言うと、全力で走り出した。
※※※
コーマが走っていくのを見届け、私は息を吐いた。
無理するなですって?
私は最初から無理するつもり満々なのにね。
コーマには十分が限度だって言ったけど――
(もう指先の感覚もないわね)
普通に考えたら三十秒が限度といったところかしら。
肉体から解放されたコーマの中の神の力がまさかここまでだなんて、私の予想の遥かの上の次元なんだもの。
ユグドラシルの枝で作った氷の刃――その数は二十本。そのうちもう十五本は砕けて散った。
これが全て散ったとき、この力は私ではなくコーマに襲い掛かる。
私はコーマが去った方向を見る。全力で走った彼の姿はもう見えない。
(……十分稼がないといけない。そのためには)
涙が目から零れ落ちる。
コーマが去った方向を見る。
「最後くらい言ってあげたらよかったわね」
涙をぬぐう。
私にはお父様の記憶がある。それが偽りの記憶であることはわかっている。でも、私の中のお父様は――ルシファーは優しかった。私にとても――
だから、私はその偽りの記憶に全てをかける。偽物を信じる。
「コーマ……愛していたわ」
そして私は――




