甘いキス
ラクラッド族の呪文によってリーリエとクリスの魂があちらの世界に送られた。クリスからは精霊化したときに見られる髪の色の変化は失われている。
エリエールはラクラッド族の皆の狩りに同行している。
まるで眠っているように息もしているし顔から熱も失われていない。だが、確実にふたりの魂はここには存在しない。
「コーマの世界で言うと幽体離脱っていうのよね、こういうの」
「日本だと幽体と魂は似ているようで全く別のものらしいけどな」
「あら? そうなの?」
「ああ。まぁ似たような感じで使われているんだけど、霊体と幽体も違うものらしい。そのあたりはレメリカさんの方が詳しいんじゃないかな。仏教とかいろいろ詳しかったし」
「レメリカ? 確か前にコーマが話していたギルドの職員よね。なんでその子が仏教に関して詳しいの?」
「いや、実は彼女は元々、俺の世界の天使らしくてな。人間になった後も世界の宗教について調べていたみたいなんだよ」
「へぇ、天使ね……コーマが嫌われていたのも、それが原因なのかしら?」
「多少はあるだろうな。天使って神に仕える存在だからな。その神の紛い物を宿らせた俺は嫌うだろ。まぁ、そのあたりも彼女の中でだいぶ消化されてきたみたいで、今は結構いい雰囲気で話もできるけどな。レメリカさん、パーカ人形にはまりそうで、いいコレクター仲間ができそうだよ――あ、ルシル、もしかして妬いてくれるか?」
「え? なんで? 別にコーマはそのレメリカって人好きじゃないんでしょ?」
「……俺が好きだったら妬いてくれるってことでいいのか?」
「言ったでしょ、私は別にコーマが他の誰と結婚しても構わないって思ってるわよ?」
「……はぁ。そうですか」
俺は七輪を取り出し、中に炭を入れた。
「火炎球」
火の魔法で炭に火を灯し、その上に網をかぶせる。
「コーマ、何するの?」
「餅でも焼こうと思ってな」
カリアナで入手したお米を元に作った餅を網の上に乗せる。
少し湿っていたのか、パチッ、パチッと炭が音を立てた。
「コーマ、ナニ、ヤク?」
「シロイ、シカク、アマイ?」
俺が餅を焼き始めると、ラクラッド族がやってきた。
「これは餅って言って、俺の故郷の料理だ。甘い物がいいなら、そうだな」
と俺は水、片栗粉、そして餡子を取り出した。
「コーマ、あんころ餅でも作るの?」
「いんや、お汁粉でも作ろうかって思ってな」
「お汁粉っ!?」
ルシルが驚愕の声をあげた。
こいつがこれほどまでに日本の菓子の名前を聞いて驚くのも珍しいな。
「オシルコ、ナンダ? ウマイ?」
「アマイ? ウマイ?」
ラクラッド族が俺を囲み尋ねてくる。
未知の料理にラクラッド族も気になっているようだ。
「お汁粉っていうのはな――」
「お汁粉っていうのは、夏に飲む定番の飲み物なのよっ!」
……は?
冬に飲む飲み物だろ?
「真夏の暑い日、自動販売機という飲み物が売っている箱のボタンを主人公が間違えて押してしまうの! それで汗を流しながら飲むのよ。ちなみに、関西では粒があったらぜんざい、粒がなかったらお汁粉って言うのよね」
「お前の知識は本当に偏っているな。関西と関東のお汁粉の違いなんて俺も知らなかったよ」
鍋をかき混ぜながら、俺は感心したように言った。
そして、かつてラビスシティーのスラム街でトン汁を配る時に作った漆塗りのお椀を取り出し、そこにお汁粉を入れ、餅を入れた。粒が残っているので関西で言うところのぜんざいか。
「ほら、ルシル。熱いから気をつけろよ。ラクラッド族のみんなも、餅を喉に詰まらせるなよ。よく噛んで食べろよ」
「ありがと――ふぅ、ふぅ」
お箸を器用に使い、餅を持ち上げると口で冷まして食べた。
「あつっ」
舌をぺろっと出す仕草に、少し胸がドキッとなりながら、俺は自分の分のお汁粉を入れた。
「ノビル!」
「ノビル、オモシロイ!」
「オモシロイ! オシルコ、オモシロイ!」
ラクラッド族が餅をフォークに突き刺し、餅を咥えて伸ばして遊んでいた。
「ほらほら、食べ物で遊ぶんじゃないぞ。クリスも早く帰って来いよ――ってクリス!?」
クリスの顏の色が明らかに悪い。
「魂が僅かに損傷しているわ。あっちで何かがあったみたいね」
餅を食べながら、ルシルが言った。
「くっ……」
ここで俺は何もできない。
俺が向こう側に行けば俺の中の神の力に襲われる。ブックメーカーの力よりも厄介だ。
同じくルシルも行けない。そんなことをしたら俺の力がこっち側で暴走する。
エリエールは――ダメだ。クリスでもどうにもならないのなら、エリエールがあちら側に行っても犠牲者が増えるだけだ。
「……コーマ、どうにかしないといけないのよね」
「無理だ。俺たちのどちらが行っても状況は悪化するだけだ」
「そうね。どちらかが行けば状況は悪化する。でも、私たちふたりで行ったらなんとかなるんじゃないの?」
「……え?」
「私たちがあっちに行けば、コーマの中の神の力に襲われるでしょうけど、私の力も元に戻る。神の力は私が封じるわ」
「駄目だ、そんなことルシルに任せることはできない」
「クリスのためじゃないわよ。私も確かめないといけないの――それに、コーマは全盛期の私の姿を見るチャンスよ」
「……またゆっくりお前の姿を見られそうにないんだが――」
クリスの様子を見る。先ほどよりも顔色は悪い。
「無茶をするな。もしも無理だと思うのなら、即座に体の中に戻る。あと、ルシル、今すぐ料理を作ってくれ」
クリスの親父さんに教わった。
俺の中の神の力を抑える効果がルシルの料理にはあると。
「神の力を弱らせるのね――わかったわ」
ルシルはそう言うと、食べかけの餅を七輪に乗せた。
「これも十分に料理でしょ? コーマのご期待に応えて焼き餅を焼いてあげるわ」
「……食べかけって――どんな料理だよ」
「これから私たちが挑むのは神の力と魔王の力よ。そんな強敵と戦う前って、ヒロインはキスをするものじゃないの?」
「なるほど――そりゃ随分と甘い間接キスだな」
俺はそう言うと熱くなった餅を一気に食べた。
僅かに焦げていてとても苦い餅だった。




