救う術無し
エリエールが語ったのは、バベルの塔崩壊時。転移陣を利用した時のことだった。
彼女は元々、大聖殿に招かれた客ではなかった。大聖殿の混乱に乗じてコーマを助けるために大聖殿に忍び込んでいた。そのため、転移石を使い別の場所に転移するつもりだった。
「あぁ、あの時は本当に助かったよ」
「お礼を言うのならリーリエ女王陛下になさってください。コーマ様の――いえ、クリスティーナさんの救出依頼を出したのは彼女なのですから」
「リーリエが救出依頼を出したのか?」
「ええ。リーリエ女王陛下はクリスティーナさんのことを常に気にしておられましたから。クリスティーナ様の危機があれば知らせが入るようになっています」
「ストーカーもそこまで来ると尊敬するな」
俺は感心するように頷いた。
当事者であるクリスはというと、
「あの……知らせというと、一体誰から」
当然その質問に辿り着くよな。
そして、いくらクリスでも、その答えは既にわかっているのだろう。
「ブックメーカーからですわ」
「つまり、リーリエちゃんは、私の危機を知るためにブックメーカーさんと取り引きをして、感情と記憶を失っていったんですか」
「概ねその通りですわ」
クリスが辛そうな顔をする。
彼女の気持ちは少しわかる。自分のために誰かが苦しむのは辛いものだ。その人が自分のことを愛してくれているというのなら尚更。
「まぁ、リーリエ女王陛下は他にもクリスティーナ様の下着の色だとか、異性関係だとか同性関係だとか胸の成長具合なども聞いていたようですわ。情報に価値がないとそこまでの対価を要求されることはございませんから」
「…………ははは」
クリスが乾いた笑いを浮かべていた。
異性関係だけでなく、同性関係を聞くあたりリーリエはかなり危ないな。コーリーの情報とか取られていないだろうか? 一応冗談とはいえ結婚の約束もしてしまったし。あ、そういえば、俺自身もクリスとは結婚の約束をしたんだった。
その辺りの情報は漏れていないだろうかと心配したが、今のところリーリウム王国から俺への暗殺の刺客は訪れていない。
「いや、もしかしたらリーリウム王国が俺の迷宮を滅ぼそうとしたのは、俺を亡きものにするためだったのでは……」
「コーマさん、考えすぎです。エリエール様、話を続けてください」
「ええ、そうさせていただきます。転移陣を潜った私の行き先は、ブックメーカーの――彼のいる部屋でした。ですが、そこで彼と一緒にベリアルがいたのです」
本来なら驚くことなのだろうが、ベリアルとエリエールの間に接点があったというのは聞いている。
むしろ、エリエールが自らベリアルに会いに行ったという話じゃなくてほっとしていた。
「ベリアルがわたくしに話したのは、迷宮の危機とそれを救う方法。そしてわたくしへの協力要請でした。わたくしは話を受けるしかありませんでした。ブックメーカーのこともありますが、わたくしが力を貸さないと、サイルマル王国の兵たちがどこで魔物化するかわからなかったからです。ベリアルとは契約を結びました。ベリアルはこの迷宮に力を補給する。わたくしはサイルマル王国の兵を連れて選運の迷宮の最下層を目指す。そして、ベリアルとの契約及び魔物化に関する情報を誰にも話してはいけない。そういうものでした。わたくしにできるのは、コーマ様ならばなんとか気付いてくれると信じ、彼らを迷宮の奥に誘うことだけでした。イシズ様も同じなのでしょう」
「……悪い、そんなこととは気付かずに俺は――」
「いえ、コーマ様がいなければ全ての兵は魔物化していました。コーマ様はわたくしの期待に応えてくださいましたわ」
「慰めはいいよ。あの時の罪は俺が背負わないといけないものだ」
「……コーマ様、お強いのですわね」
エリエールが微かに微笑む。
彼女もまた俺と同じように罪を感じているのだろう。自分がもっとうまくできていれば。そんな風に思っているのかもしれない。
そして、エリエールが次に語るのは、いかにしてリーリエがブックメーカーとなり、元ブックメーカーであるハイロックが魔王の呪縛から解き放たれたのか。その話だった。
「その話は実はたいした話ではないのです。ブックメーカーにリーリエ様は尋ねました。ブックメーカーを――パーカ迷宮を救う方法について教えて欲しいと」
「ちょっと待ってください。話の腰を折ってすみません。なんでリーリエちゃんは自分で情報を手に入れようとしたんですか? 他の人――例えば犯罪者等に情報を聞かせる方法もあると思うのですが」
「クリスからその発想が来るのは驚きだが、どうせ情報を得るのはリーリウム王国の王族のみとか言われているんだろ? 初代国王がブックメーカーらしいからそのあたりも関係あるんだろうな」
「その通りですわ」
エリエールが頷いた。
まぁ、そのあたりはお約束だよな。
「それでは話を続けます。ええと、どこまで話しましたかしら?」
「すみません、リーリエちゃんがブックメーカーさんに迷宮を救う方法を聞くところまでです」
「するとブックメーカーは言いました。自分の力を引き継いで待てと。力を引き継ぐために、リーリエ女王陛下が最も望む質問をしろと。もう心の大半を失っていたリーリエ女王陛下はその言葉のままに最後の質問をし、その答えを聞くとともに、リーリエ女王陛下とハイロックは意識を失い、数刻の後リーリエ様はブックメーカーとして目を覚まし、先刻目を覚ましたハイロックはブックメーカーだったころの記憶の大半を失っておられたそうです」
「魔王の力を引き継いだ――か」
それだと、仮にリーリエを魔王の呪縛から解放してもパーカ迷宮の崩壊を防ぐことはできない。そして、そうしたら別の犠牲者が生まれるだけだ。
「ところで、リーリエちゃんがもっとも望む質問というのはなんだったんですか?」
「クリス、お前、それを聞くのか?」
俺が少し引く。
想像通りだとすればそれは絶対にしてはいけない質問だ。
「え? いけなかったんですか?」
…………俺は顔を逸らした。
そして、エリエールは答えた。
「クリスティーナ様とリーリエ女王陛下が結ばれるにはどうすればいいのか? という質問です」
「……え」
クリスが物理的に後ろに引いた。
いや、クリスだけではない。俺も引いているし、話しているエリエールも、聞いているハイロックも引いている。
「えっと、それでブックメーカーの答えは――いえ、なんでもありません。何も言わないでください」
クリスは頭を抱えて、それ以上口を開かなかった。
最後の最後にその質問をするとは、リーリエの変態具合を救う術はないようだ。
でも、その変態具合を治せないというのならば、せめてブックメーカーの呪縛からは救ってやらないといけないよな。




