エリエールとブックメーカー
転移陣を潜り、小部屋の奥にある階段を上がっていく。
この先は謁見の間があるはずだ。
隠し扉の前に立ち、索敵スキルを使う。人の気配は全く感じない。謁見の間なのに誰もいないのか? と思ったが、考えて見れば現在、既に夜になっているはずだ。
迷宮の中では時間は関係ないし、ここは明かり窓もないので時間がわかりにくいが、体感時間だと夜中の一時くらいかな。
レメリカさんと話したのが朝で、ルシルとパーカ迷宮に行くとになったのは昼の二時頃――昼ごはんを食べてすぐのはずなのに――
「なんでこんな時間になったのだろうか?」
「ルシルちゃんの歩くペースに合わせたという小さな理由もありますが、コーマさんがパーカ人形を集めるために魔物をいっぱい倒していたのが理由の大半だニャ! ニャニャっ!? コーマさん、いま借金でクリスティーナを揶揄うのはやめて欲しいニャ」
「借金を返さないと好きな時に猫語にできるという設定、思い出したときに使わないと忘れるだろ? ところで一人称、クリスティーナじゃなくてクリスティーニャにしたほうがそれっぽくないか?」
「いいから元に戻してくださいニャっ!」
「誰かいるのですかっ!?」
隠し扉の向こうから気配とともに若い女性の声が聞こえてきた。
俺は素直に隠し扉を開けた。聞き覚えのある声だったから。
前にリーリウム王国に訪れた時、イシズさんのサポートをしていた三つ編みおさげ髪のメイドさんがいた。
「近衛兵の方で、イシズさんの部下の方ですね」
「名前は?」
「ええと――」
クリスが口籠る。
こいつ、やはり覚えていないな?
俺は覚えていないんじゃない、聞いていないだけだ。
「ハイラと申します。イシズ様よりお話は伺っております。クリスティーナ様、コーマ様、どうぞこちらへ」
どうやら、転移陣が使えなくなったのは、夜明け前のことだったらしい。昨日までは普通に使えたようだ。俺がここに来ることは昨日のうちにイシズから連絡があったそうだ。ということは、レメリカさんがイシズに俺のことを伝えたのも昨日より前ということになる。
レメリカさんには未来予知の力でもあるのだろうか? と疑問に思うがその全ては「レメリカさんだから」で解決してしまいそうで怖い。きっと俺がレメリカさんに会いにいかなくても、ユーリあたりを利用してこの現状を伝えるつもりだったということだろう。
俺たちが案内されたのは、かつて俺がスウィートポテト学園の生徒たちと一緒に泊まった寝室だった。
ハイラがノックをし、
「コーマ様たちをお連れいたしました」
「入ってください」
男の声が聞こえた。
その声には聞き覚えがある。
ハイラが扉を開けると声の主ともうひとり。
「お久しぶりです、皆様。先日はご迷惑をおかけしました」
彼女はそう言って頭を下げた。
その目は真っ赤に腫れている。彼女は恐らく泣いていたのだろう。
だが、その涙は悪いものではないのかもしれない。
「こんな恰好ですみません。はじめまして。あなたたちがコウマさん、クリスティーナさん、そしてルチミナさんですね」
男はパジャマのようなラフな格好で、ベッドに座ったまま俺に声をかけた。とても健康そうには見えない細い腕を上げて俺を出迎えた。
「元気そう――とは言えないな。大丈夫なのか?」
俺が声をかけた相手は今回、本来は俺が助けようとした相手。
ブックメーカーだった。
だが、様子がいつもと違う。
「大丈夫だよ。ちょっと四年間の反動が一気に押し寄せてね――」
「ブックメーカー、俺たちのことは覚えていないのか?」
「エリエールから話は聞いている。でも四年間のことは――」
と彼は首を横に振った。
エリエールがさらに話を引き継ぐ。
「コーマ様、彼はもうブックメーカーではありません。今はハイロックと言う名前の普通の人間です」
「……それって、つまり魔王じゃなくなったってことなのか?」
「はい、そうです。現在ブックメーカーとしての力、魔王としての力は全てリーリエ様が引き継がれましたから」
エリエールはそう言った。
「全てはあの日。バベルの塔が崩壊した日からはじまりました」
と彼女は何があったのか、その全てを説明しはじめた。




