ネットと網
魔物の異常発生状態を切り抜け、十二階層に続く階段を下りていく。そこでもうルシルの言っている意味が実感を伴い理解できた。魔物の気配がまるでない。
少なくとも前に来た時にはこんなことはなかった。
「…………最初の俺たちの迷宮みたいだ」
あの時も寂しい物だった。俺とルシル、そして二匹のコボルト、グーとタラの四人しかいなかった。生物と言えば魔王城の近くの水汲み場で小さな蟹のようなものはいたけれども、魔物と呼べる魔物はスライム一匹いなかった。
ルシルはその時も既に記憶を失っていて、特に俺に何も言わなかったけれどどんな気持ちだったんだろうな。
「懐かしいわね。私とコーマとグーとタラの四人きりだったころが」
ルシルも同じことを思ったようで、俺と同じような呟きをした。
こういう過去の想いを共有する時間っていいよな。
「へぇ、魔王城にそういう時があったんですね」
……クリスが邪魔しなければ。
まぁ、こいつが魔王城にはじめて訪れたときは既に現在のメンバーはほとんど揃っていたからな。あの時の魔王城を知らないのは当然か。
「コーマ、ちょっと待って」
「どうした?」
「映像送信器があるわ」
ルシルはそう言うと、小さな石を拾い上げる。
その石の裏には何か機械のようなものが埋め込まれていて、
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映像送信器【魔道具】 レア:★★★★
その空間を魔力波に変換、映像受信器へと送る。
拡大すれば、地を這う蟻の触角まで見ることができる。
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鑑定結果は紛れもない映像送信器だった。
「どこに通じているかわかるか?」
「うーん、今は受信器側のスイッチが切られているからわからないわ……でもこの迷宮の外みたいね」
「迷宮の外か」
ということは、ブックメーカーが仕掛けたものではない、ということか。
まぁ、ブックメーカーが映像送信器を仕掛けたとしても、仕掛けたことを忘れてしまうんだし、そもそも映像送信器を手に入れても手に入れたことを忘れてしまうのだから、別の人間によるものだろう。
きっと、エリエールあたりだろうな。
「コーマ、これ、どうする?」
「んー、とりあえず――」
俺は黒い布を取り出して、映像を読み取るレンズの部分を隠した。映像送信器は音声は送信しないので、これで完全に無害化できる。
「ルシル、映像受信器が起動されたらその場所はわかるんだよな」
「起動すれば大体の方角、三秒あればそれなりにわかるわよ」
「昔の刑事ドラマの逆探知機に見習わせたいくらい優秀だな」
ああいうアナログの逆探知機はもうお笑い芸人のコントの中くらいでしか見ないけど。
「じゃあ頼むわ。三日経っても動かなかったら壊してくれ。それと、他に映像送信器があったら教えてくれよ」
「わかったわ」
ルシルはそう言うと、小石に偽造した映像送信器をあろうことか、自分の服の中――本来なら胸の谷間がある部分に入れた。
「な、な、ルシル。お前、なんでそんなところに」
「なんでって、この方が魔力の波動を検知しやすいから」
「もしもそんなところにそんなもんを入れている映像がネットに流出したらどうするんだよ。布で隠しているって言っても完全固定じゃないんだぞ」
「ネットって……コーマ、ここは日本じゃないんだから。それに服の中に入れていたら暗くて映像も撮れないわよ」
「そうですよ。網が今の話とどう関係しているのかはわかりませんけど」
「お前はたまにおばあちゃんみたいなことを言うな――いいか、絶対に布を剥がれないようにしろよ。その服の下は俺もまともに見たことがないんだからな。他の誰かに見られるなんて嫌だぞ」
「コーマ、ちょ……目が怖いから。それにコーマって何度か私の着替えを覗いてるじゃない」
「あれはロリルシルの着替えだったろ。中学生バージョンのルシルの半裸は未だ覗いていない」
「未だって……」
ルシルが呆れた口調で言った。と同時に、その姿がロリのそれに戻った。
ただでさえほとんどなかった胸の谷間。山の部分がなくなり平地となる。むしろ送信器を入れている部分の方が膨らんでいる。
「……薬の効果が切れたみたいね。ちょっと待って」
とルシルはアイテムバッグから取り出した魔力の妙薬を飲んで、また中学生バージョンに戻った。
「……なぁ、ルシル。お前って薬を飲まなくても少しの間なら中学生――13歳くらいの姿になれるじゃん?」
「じゃんって、コーマそんな口調じゃないでしょ? うん、なれるわよ」
「なら、今のままだと俺が竜化しなくても高校生くらい――俺と同い年くらいになれるのか?」
「なろうと思えばなれるわ――「今すぐなってく――「ならないわよ」
食い気味で行われる答弁。
「なんでっ!?」
ルシルは俺が竜化第二段階になったとき、高校生バージョンになっている。だが、竜化すると破壊衝動のせいでルシルの姿をゆっくりと見ることができない。愛でることができない。
これは今まで非常に辛かった。
だが、それも今日までだと思ったのに。
「これから何が起こるかわからないのに切り札を消費しないわよ」
「……じゃあ、今日は一度魔王城に帰ろう!」
「帰らない。わかったわよ。とりあえずブックメーカーの件が片付いてから魔王城で見せてあげるから」
「本当だな? 嘘じゃないな?」
「そんな嘘つかないわよ」
「その状態で手を握ってもいいか?」
「……コーマはどんなプラトニックな恋愛を目指しているのよ」
ルシルが呆れた様子で言うが、約束を取り付けたらこっちのもんだい。手を握ると見せかけて指を絡めてやるぜ。
よし、それじゃあ早速ブックメーカーの家に行くぞ。
と俺は足を速めた。
そして、最下層にある隠し扉。その前にそいつはいた。
俺が警戒するが、彼女は俺が警戒心を露わにするとその両手を上にあげる。
「戦う意志はありません、コーマ様、クリスティーナ様」
「そうですか。正直あなたとはあまり戦いたくなかったんで。怪我はもう大丈夫ですか?」
俺はメイド服姿の彼女――イシズさんに尋ねた。
「ええ、お陰様で。冒険者ギルド経由で貴重な薬をいただきましたから」
冒険者ギルドで薬?
俺はそんなことはしていないが。
だが、誰の仕業かはすぐにわかった。
「タラに頼んだのよ。コーマが傷つけた人たち用の治療薬に。アルティメットポーションを少し薄めて渡したの」
「そうか、ありがとうな」
礼を言った。
さすがはルシルだな。縁の下でも表舞台でも活躍してくれている。
「それで、イシズさん。どうしてそこに?」
「コーマ様がいらっしゃるとレメリカ様より連絡がございましたので、お出迎えと――そしてお願いを申し上げようと」
彼女はそう言うと、その場に跪き、
「コーマ様。身勝手なお願いとは重々承知ですが、どうかお願いです。女王陛下を――リーリエ様をお助けください」
と言って頭を下げたのだった。




