シリアスさんは残業はしない
「冗談だって、ルシル。そもそも俺はお前のことは大好きだけど、ロリコンじゃない。今のお前を抱きたいとは思わないよ」
「誰が合法ロリよ!」
それは言っていない。
「全く、コーマは本当にコーマなんだから。こんな時に冗談しか言わないなんて」
怒るルシルを見て、俺は「あはは」と笑いながら顔をさすった。
倒れたままの俺を見て、ルシルが「ふん」と鼻を鳴らして、
「私のパンチくらい別に痛くないでしょ。コーマは力の神薬を飲んでるんだから」
「そうだな。なんだろうな、主人公の仲間に殴られた圧倒的な力の差のある強敵が『ん? 虫でも止まったのか?』という気持ちが少しわかるくらいには痛くない」
「そこまで痛くないの!?」
「いや、嘘。やっぱりすっげぇ痛い。ルシル、看病してくれ」
「わかったわ。じゃあおかゆつくってきてあげる」
「嘘、やっぱり元気。だから看病要らない」
俺は起き上がって、そしてもう一度笑った。
「まぁ、なんだ、ルシル。俺も柄にもなくうじうじ悩んだし、お前もさっき悩んだみたいだけどさ。俺たちの間じゃ、シリアスさんは残業はしないって方針でいいんじゃないか? ちょっと悩んで考えて、そして結論が出ても出なくても、こうやってバカみたいに笑っていれば今が幸せなんだなって思うわけだよ。これ、俺が一年半近くかけて出した結論な」
「コーマが一年半かけて出した結論が、『笑って誤魔化せ』ってことなの?」
「人聞きが悪いな、それ! いや、極論で言ってしまえばそうなるんだけどよ」
なんだろ、自分なりに良い事を言ったつもりなのに、余計な言葉を省けばダメな言葉になるって理屈。
暴力は絶対ダメだとか全ては平和のためだとか言って、結局は力尽くでお前を説得するみたいな主人公の言い分みたいだな。
「よし、ならこう言い換えよう。ルシルと俺の間に愛があれば些細な問題なんて関係ないさ」
「例えそれが一方的な愛でも?」
「……関係ない」
「あれ? コーマ、少し泣いてる?」
「……泣いてない。これは心の汁だ」
「それを言うなら心の汗でしょ。それでも使う場面間違えてるし……」
と言って、ルシルは大きなため息をひとつつく。
「はぁ……コーマと話していたら本当にシリアスな空気がどこかに行っちゃったわね。それで、どうするの?」
「どうするって?」
「そうね。まずは私の呼び名はどうするの?」
「ん? ルシルのままでいいだろ。今更お前のことをルシファーとか呼べないし。あ、でも俺と結婚したらルチミナ・カガミ……いや、和風にカガミ・ルチミナになるんだったか。じゃあ、今のうちに名前を変えるのも――」
「はいはい、じゃあ、名前はそのままね」
ルシルがあっさり俺の妄想を吹き消す。
ちょっと冷たくないか?
まさか、凶悪な魔王の記憶が目覚めたのか?
「72財宝はどうするの? 別の世界の扉とかそういうのはどうでもいいし、私は集める必要はないと思うけど」
「それはそうなんだけど、そこはコレクターの矜持というか、集め出したからには最後まで達成したいというか」
「ようするに、コーマの我儘で72財宝を集めると」
「そうなります」
「……じゃあ私たちの当面の目的は無くなったわけね?」
とルシルが尋ねたので、俺は首を横に振った。
「いや、それはある。三つある」
そう、これは大事なことだ。
「その三つって?」
「まずはブックメーカーの救助だ。ブックメーカーとはルシルも会ったことがあるだろ?」
俺はレメリカさんから聞いた話をルシルに伝えた。
ルシルは少し考え、
「そういうこと……確かにコーマにとってあの迷宮が無くなるのは辛いわよね。指人形が集まらないわけでしょ?」
「まぁ、割合でいうと四割を占めるが、生命の書を手にするチャンスでもあるし、ブックメーカーに恩を売ってその知識を手にするチャンスでもある。その知識を使えばルシルの魔力を回復する手段が見つかるかもしれない」
「そう言わないとコーマは私をまきこめないのよね。素直にブックメーカーやエリエール、リーリエを助けたいって言えばいいのに」
「……はい」
素直に頷く。
付き合いが長いとこういう時、本当に話が早過ぎて辛い。
「それで、残りの目標は?」
「ベリアルの撃破」
「……本気なの?」
「あいつがいたらおちおちアイテム集めもできないからな。ここいらで決着をつけたいと思っている」
「……それで、もうひとつは?」
「そうだな。全部終わったら話すよ」
俺は笑顔で言った。
そう、全部終わったら。
「どうせ私と結婚しようとか言うんじゃないの?」
ルシルが半眼で尋ねた。
「そうやってオチを予測するのはやめないか? ひどくやりにくいんだが……あと、クリス。聞き耳を立てるならもっとうまくやれ」
俺がそう言うと、食堂の扉が音を立てた。
「…………………………」
「…………………………」
「……………………にゃぁぁ」
「うちで猫は飼っていない」
そう言った。するとゆっくりと扉が開き、跋の悪そうな顔でクリスが俺のアイテムバッグを持って現れた。
ちなみにこいつが話を聞いていたのは、「誰が合法ロリよ!」とルシルが言った場面からだ。
索敵スキルがあるからすぐに気付いた。
ルシルとの雰囲気を壊したくなかったので言わなかったけれど、お邪魔虫過ぎるだろ。
「えっと、コーマさんが何やら決意したみたいだったので、アイテムバッグを持ってきました」
「……そうか」
「あの、コーマさん。私も一緒に行ってもいいですか?」
「なんで……あぁ、そうか。リーリエのことか」
「はい、リーリエちゃんが苦しんでいるのなら、私も何か力になってあげたいんです」
「お前を監禁していた奴のために?」
「私の事を思ってしたことですから」
「……勝手についてこい。それに、ブックメーカーの迷宮ならすぐだしな」
そう、ブックメーカーの部屋にも転移陣がある。転移石を使えば一瞬で移動できる。そのはずだった。
だから俺たちは会議部屋に移動し、そこから転移しようとしたのだが――
「あれ?」
ルシル、クリスとともに転移したのは選運の迷宮十一階層。俺が作ったメダル景品引き換え部屋(俗称)であり、会議室の転移陣が通じている本来の出口だった。今日も大盛況のようで、
「おい、そこにいると危ないから早く離れろよ」
と親切な冒険者が言った。
俺たちがどくと、どこかの一方通行転移陣から飛ばされてきた冒険者が現れる。
手の中にあるはずの転移石も消費されていない。
「ルシル、どういうことだ?」
「どういことって、そうね。目的の転移陣が現在使えなくなっているか、もしくは――迷宮そのものがもう潰れたかってことよね」




