パーカ人形の話
今回はパーカ人形の話です。
特に意味はありません。読み飛ばしてもOKです。
「パーカ迷宮が滅びる!? それはダメだ!」
俺は言いきった。
あの迷宮だけは滅ぼすわけにはいかない。
「それは勇者エリエールのためですか? それとも女王リーリエのため? 記憶を失ったブックメーカーのためでしょうか?」
「いや、正直そんなのどうでもいい!」
どうでもいい、はさすがに自分でも言い過ぎな気がした。だが、迷宮が無くなったところでエリエールやリーリエが死んでしまうわけではないだろう。エリエールにとっては故郷のようなものだろうし、リーリエにとってあの迷宮の存在は秘密裏に魔石を手に入れる手段であったり知識を手に入れる手段であるはずだが、迷宮が無くなったからといって死ぬわけではない。
ブックメーカーだけは気がかりだが、事情がわからない以上心配しようもない。
それよりも、俺には切実な問題がある。
「俺はあそこのパーカ人形をまだ全部集めきれていない」
「パーカ人形? なんですか、それは」
「え? レメリカさんも知らないことがあったんですか?」
「先にも言いましたが、私はただの人間です。全知というわけではありません。それよりパーカ人形とは一体なんでしょうか? あなたがそれほど焦るということは、よほど貴重な――」
「これです!」
俺はアイテムバッグからダブリのパーカ人形を取り出した。
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パーカ人形〔パーカ〕【雑貨】 レア:★★★
パーカ迷宮で拾うことのできる指人形。全97種類ある。
主人公のパーカは魔王を倒した英雄の息子である。
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動物柄の服を着た男の子の人形。このパーカの人形は服が毎回違う。
今回俺が出したのは、パーカ人形の中でも一番メジャーである猫耳フードを被ったパーカだ。
この猫耳フードのパーカ、頭の右目の部分がボタンになっている。パーカの弟のジャックが犬のミックを拾ってきたとき、そのミックがパーカのお気に入りの右目の部分を食いちぎった。それでもパーカは怒ることなく怯えるミックを優しく抱いたというエピソードがある。その後、ジャックとパーカは母親に黙ってミックを飼うことになるのだが、母親にばれないようにと右目が無くなっていることを隠すため、ボタンを使って自分で縫った。
「という感動的な話があるんですよ。ちなみに、これとは別のレアバージョンには縫い目が荒くてボタンが落ちそうなタイプの人形もあるんですけど、それはパーカが自分で縫ったもので、今のこれは母親が黙って縫い直したバージョンなんです」
「人形のひとつひとつにエピソードがあるんですね」
「そうなんです、それがパーカ人形の面白いところなんです!」
そして、俺はそのパーカ人形のボタンが、実は死んだパーカの父親の形見のボタンであるというエピソード秘話を語った。
ちなみに、パーカの父はジャックが生まれてすぐ、パーカの兄とともに行方不明になっている。
「行方不明なのですか……大体わかりました。つまりパーカの母が倒した魔王が最後の苦し紛れにとその時すでに身籠っていた子供に乗り移ったというわけですね」
「レメリカさん、あなた今の話だけでそこまでわかったのですか!?」
「こんなの予測するまでもありません」
「ええ、これがその兄と父の人形です」
と俺は人形を出す。
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パーカ人形〔ライク〕【雑貨】 レア:★×6
パーカ迷宮で拾うことのできる指人形。全97種類ある。
パーカの兄。父とともに行方不明となる。
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これがぶかぶかのジャンバーを着た黒髪の少年の指人形、ライク。
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パーカ人形〔グリード〕【雑貨】 レア:★×7
パーカ迷宮で拾うことのできる指人形。全97種類ある。
パーカの父。ジャックが生まれてすぐ行方不明になる。
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俺はその鑑定結果をレメリカさんに伝えた。
これが顔に傷がある男の指人形、グリードだ。
鑑定の結果だけだとそのパーカの兄が父親とともに行方不明になった理由は書かれていない。
だが、「パーカの町の日常」の第七巻でその秘密が書かれていた。
「97種ですか。中々に多いですね」
「ええ。これがまた面白いですよね。97と言えば二桁の数字の中で最も大きい素数ですし。まぁ、それだけなんですけどね」
「1つ足して98なら仏教の煩悩の数ですけどね」
「レメリカさん、仏教についても詳しいのですか?」
天使という話だから、仏教系の知識はないと思っていたんだけど。
「私もいろいろと調べていますからね。あちらの世界に戻ることはできませんが」
「そうですか。でもあれ? 煩悩の数って108じゃ」
「煩悩の数は宗派によって違いますが、確かに108が通説です。ですが、それ以前は十纏を除き九十八個の煩悩――九十八随眠と言われていますね」
なるほど、ということはコレクターという人間とパーカ人形の97種類が交わることで煩悩が完成するというわけか。
まぁ、そのあたりはこじつけ感半端ないけど。
「パーカ人形についてはわかりました」
「もっと聞かなくていいですか? 説明し足りないんですけど」
「あなたが説明しているうちにパーカ迷宮が滅ぶかもしれませんがよろしいですか?」
「それは困ります! パーカ迷宮が何故滅ぶのか、その理由を教えてください」
「わかりました。情報料としてそれではまず、あなたが既に必要がないと思っているパーカ人形を全て私に下さい」
「……え?」
「お忘れですか? 私はこういう小物を集めることが好きな普通の女の子ですよ」
レメリカさんはあまり表情を変えずに言った。
その時、俺はレメリカさんのことを少しだけ親しく思うようになった。レメリカさんがコレクターになったら三日足らずで97種の人形を集めるのではないだろうか? と思ってしまう。
「わかりました。といっても今はあまり持っていませんが」
「そうですか、それでは残りは後日いただきます」
彼女はグリードの人形を見て、特に感情を込めずに言った。
「魔王をその身に宿した少年。父親はどういう気持ちでライクくんを連れて行ったのでしょうね?」
俺の手が止まる。
天使の力を宿したレメリカさんと神の力を宿した俺。
ふたりとライクの違いなんて、実はあまりないのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺はレメリカさんにアイテムバッグごとパーカ人形を渡したのだった。
本当に意味のない話でしたね。時間が無いと言いながらする話ではありません。




