虎穴に入らずんば虎子を得ず
メイベルにお金を借りた俺は、となりのサフラン雑貨店で入荷していたパーカ人形を全て購入し、中身を確認。全部ダブリだった。というか、もうシークレット以外の96種類は全部持っているから重複するのは仕方ないのだけれども。
それらをアイテムバッグに入れようとして、アイテムバッグを魔王城に置いてきたことを思い出した俺は、仕方なく売っていた牛革の鞄と魔石を使って即席で容量制限ありのアイテムバッグを作り、その中に入れた。
って、借りたお金で何をやってるんだ、と言われるかもしれないが、仕方ないじゃないか。
だって、俺、もうすぐ死ぬかもしれないんだもん。
俺は今日、死ぬかもしれない。確率で言ったら、二割くらいだろうか? 生きてさえいればアルティメットポーションで治療できる。だが、精神的な苦痛はどうだ? 精神的な攻めを喰らって廃人になった場合、それは薬で治せるものなのか?
だが、俺は決めたじゃないか。
俺の覚悟はメイベルがくれた覚悟だ。それをないがしろにするわけにはいかない。
「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」
某巨大人型決戦兵器のパイロットのような台詞で己に鼓舞を送り、俺は両開きの扉を開け、建物の中へと入っていく。
多くの人がいる部屋の中、目的の彼女を見つけた俺は真っ直ぐ彼女に向かって歩く。
彼女も俺に気付いたらしく、青い瞳を俺に向けた。
レメリカさん。
俺にとってはベリアルの影以上の天敵――いや、敵にまわしたくない相手だ。
俺は彼女の前に立つと――
「レメリカちゃん!」
といきなり噛んでしまった。顏が彼女の髪以上に真っ青になる。やってしまった、殺される。
よりにもよって、「ちゃん」はないだろう、「ちゃん」は。
俺の発言に、周りがどよめいている。
「なんでしょうか、コーマ様?」
思ったより怒っていないのか、レメリカさんは淡々とした口調で尋ねた。
どうやら命は助かったようだ。
「あの……できればふたりきりで話をしたいのですが、お時間を頂けないでしょうか?」
真剣な目で言う俺の言葉を聞いていたのか、周囲がさらにどよめいた。
「おい、なんだあのガキ」
「勇者クリスティーナの従者だよ」
「従者? レメリカさんに告白するほうが勇者だろ」
「あぁ、勇者コーマだな」
周りから声が聞こえてくる。
でも、俺はその言葉を理解する余裕はない。
レメリカさんの一挙手一投足が気になってそれどころではないのだ。
「……すみません、少し席を外します」
レメリカさんは周囲にそう言うと、奥にかけていたコートを着て冒険者ギルドの建物を出た。俺も慌てて彼女の後ろについていく。
目的は告げられない。
五分ほど歩いたところで、
「あの、レメリカさん」
と声をかけたが、
「黙ってついてきてください」
と言うだけだった。
「……わかりました」
と言うしかない。町を歩いていると、主婦層の方々を中心に、でも多くの人がレメリカさんに声をかけていた。チンピラっぽい男たちはレメリカさんに気付くと、その露骨に嫌な顔を見て、脇道に入ると一目散に走りだした。その脇を見ると、どうやら袋小路だったようだ。男たちは我先にと壁を登っている。いったい彼等はレメリカさんに何をされたのだろうか?
そして、俺たちが着いたのは、汚い家だった。小さな庭のある家だが、草は生え放題だし、扉の下の部分には泥がついたまま乾燥したらしく土がこびりついている。ラビスシティーの町の中では中の下くらいの家だ。
レメリカさんは無造作にその扉のノブを捻った。
そして、ノックもせずに扉を開ける。
もしかして、ここがレメリカさんの家なのだろうか?
だとしたら意外過ぎる。
「ついてきなさい」
「は、はい」
言われるがままに俺は靴を履いたまま家の中に入る。フローリングの床を進むと、そこに――
「な、なんですか、レメリカさん。コーマ、お前も!?」
そこにいたのはジョーズだった。
パンツ一丁でくつろいでいるジョーク。本棚を見ると、「女を口説く秘訣」や「モテファッション百選」の他に、かつて俺が売りつけた手品の本や占いの本も並べてあった。かなり読んだのだろう、表紙はボロボロになっている。ここは紛れもない、ジョーズの部屋だ。
「あ、コーマ。お前が間違う前に言っておくが、俺はジョーカーだからな」
……あぁ、そういえばそんな名前だった。
「そんなことはどうでもいいです」
レメリカさんはそう言うと、床をひっぺがした。
そこに隠し階段が現れる。
「いつの間にこんな階段がっ!?」
ジョーカーが驚いた。よし、今度こそ名前を覚えたぞ。
「ベリアルの目から逃れるためです。流石の彼でもこんなボロ屋に隠し部屋を作っているとは気付かないでしょう。狭い家だから結界を張るのも楽でした」
「確かにこんなボロい家ならベリアルの目は欺けそうだな」
「人の家をあまりボロいボロい言うなよ……畜生、なんか家に入るたびに誰か入ったような気がしていたけど――いつの間にこんな隠し部屋を作ったんだよ……ワインセラーに使えるかな」
妙に前向きなことを言うジョーカーの言葉を聞かず、レメリカさんは地下に入っていく。
「…………」
俺は一瞬地下へ降りるのが躊躇われた。
冒険者ギルドや町中で殺されることはないと思っていたが、この中に入ると異なる。
家主すら知らなかった隠し階段の地下。そんなところで殺されたら証拠も残らない。東京湾の底よりも死体を隠すのにはもってこいだろう。唯一の目撃者であるジョーカーもなんとでもなる。
だが、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。
俺は意を決して、階段を下りていく。
そしてそこは――
「迷宮?」
そう、小さな部屋だったが、そこは迷宮だった。
壁がほんのり光を放っている。
「ラビスシティーの地下は全て迷宮です。と言ってもここは四方を壁に囲まれた完全な空白地帯。密談をするにはここが最適です。私に聞きたいことがあるそうなので、ここで伺いましょうか?」
「……わかりました。では尋ねます。レメリカさん、あなたは一体何者なんですか?」
俺の問いに、レメリカは黙ってこちらを見詰めた。
聞けば引き返せなくなるが別にいいか?
そう言わんばかりの迫力に押されるが、俺は黙って彼女を見た。
すると彼女は口を開いた。
「私は――人間です」
と言う。だが、それだけではない。
「それと同時に天使でもあります」
やはりそうか。人間に身を変えた天使。それが彼女だったのだ。
ならば、彼女に話を聞けば――
「そして最後に――魔王サタンを封印している鍵でもあります。私を殺せばサタンの封印が解かれます」
と、とんでもない事実をぶち込んできたのだった。




