コーマ、出稼ぎに行く
わからないってどういうことだよ。
でも、深く追求することを躊躇われた俺が問う前に、メディーナは口を開いた。
「私が封印から解除されたとき、目の前にいたのは今のルシル様でした。はじめて見るその姿ですが、私はこの方がルシファー様なのだと気付きました。ですが、ルシル様はこう言いました。『メディーナ、久しぶり! 私の事覚えてる?』と。封印が解けたばかりで記憶が曖昧だと伝えると、ルシル様は自分がルシファーの娘で私とも何度も会ったことがあると言いました。私にはそんな記憶はありませんが、しかし、私の封印を解けるのはルシファー様しかいません。ルシファー様が何らかの理由で名前と記憶を封印なさったのだと思い、私はルシル様に話を合わせることにしました」
「……そうか」
メディーナが本当のことを言っているのだとしたら、どういうことなんだ?
ルシルは記憶を失っているのか、それとも失っているふりをしているのか。
せめて友好の指輪があれば、ルシルの心の中がわかるのに。友好の指輪は現在手元にない。マユが持っている。
「……何が本当なのか、何が嘘なのかわからないや」
そう呟き、部屋を出た。
「メディーナ。ちょっと暫くの間、出稼ぎに行ってくるからコメットちゃんたちには心配しないように言っておいてくれ」
「え? コーマ様? ちょっと――冒険者に渡すアイテムはどうすれば?」
「俺のアイテムバッグの中から適当なものを選んでくれ」
俺はそう言うと、一年以上の間、ずっと肌身離さずに持っていたアイテムバッグをメディーナに渡して部屋を出た――が直ぐに戻り、アイテムバッグから転移石を取って、再度部屋を出た。
心の整理ができるまで、暫くは魔王城に戻らない――そう思って。
※※※
「ということで、暫くの間居候させてくれないか?」
気持ちの整理のためにラビスシティーに来た俺はフリーマーケットの従業員寮に転がり込んだ。真夜中だというのに自室で書類整理をしていたメイベルが俺に気付いて食堂まで降りてきてくれた。
本当は宿に泊まる予定だったのだけれども、貨幣の類は全てアイテムバッグに入れたままだった。
「そんなわけで、もうメイベルしか頼る相手がいないんだ」
「落ち着いてください、コーマ様。説明をしているようで、何も説明していませんから。あと、コーマ様が望まれるのでしたら、ここは本来コーマ様の家なのですから、ずっと泊まってください」
「珊瑚を買って帰るという約束も果たせなかった俺を温かく迎えてくれるのはメイベルだけだな……ありがとう」
「本当にどうなさったのですか? ……ちょっと待っていてください、今飲み物を入れてきますから」
メイベルはそう言うと厨房に行き、暫くしてホットミルクが入ったマグカップを持ってきた。
「どうぞ飲んでください。落ち着きますよ」
「……ありがとう」
湯気が出るカップの取っ手を持ち、まずはその温もりを手で感じた。
口を近づけると牛乳独特の甘い香りが鼻腔の奥へと入っていき、そのまま肺の中に流れていった。
そして口をつける。唇で熱さを確認し、ひとくち飲んだ。
最初に感じたのは熱さだった。だが、それが食道に入ると、すでに熱さは感じない。喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、残ったのは牛乳の甘みとメイベルの優しさだけだった。
「……美味しいよ、メイベル。美味しいよ」
料理スキルを使った俺の料理なんかよりもはるかに美味しい。
涙が溢れてくる。
メイベルは何も聞かなかった。
ただ、後ろから俺を優しく抱きしめてくれた。
いったい、どれだけの時間、俺は泣いていたのだろうか。
「ありがとう、もう大丈夫だ」
「コーマ様、今日はどこで寝るのですか?」
「食堂で寝ようかと思う。寝袋とかあるか?」
「ダメですよ、コーマ様をそんなところで寝させるわけにはいきません。どうしてもというのなら、私も食堂で寝ます」
「それこそダメだよ。メイベルをこんなところで寝させるわけにはいかない! そうだ、俺はクルトの工房で寝るよ」
「クルトくんは最近ほとんど寝ないで作業をしていたので無理やり寝させたんです。それにアンちゃんを起こすつもりですか?」
「ぐっ、確かにアンちゃんを出されたら俺はこれ以上反論できない。ならば、倉庫の一室はどうだ? 元々メイベルやクルトもあそこで寝ていたんだし」
「もうあの時と状況は違いますから、倉庫として、本来の役目を果たしています。空き部屋も現在は半分倉庫のようになっていて片付けないと寝ることができません」
「なら、クリスの部屋にしよう!」
「コーマ様は女性の留守の部屋に無断で入るお方なのですか? 同じ理由でレモネの部屋もダメですよ」
「……ならばどうしろと?」
「私の部屋で寝てください。私は今夜は徹夜で仕事をするので、ベッドは空いていますから」
「それはまずいだろ! そうだ、徹夜で仕事するならメイベルが食堂で仕事をすれば――」
「書類は全部自室ですから、運ぶ時間が勿体ないです。書類を運ぶくらいなら私は食堂で寝ます」
メイベルは絶対に俺を部屋で寝させるつもりだ。
純粋に俺を床で寝かせるわけにはいかないと思ってのことだろう。
「……二階以上は男は立ち入り禁止なんだが」
「コーリーちゃんになりますか? クルトくん、この薬も作れるようになったんですよ?」
と言ってメイベルは性別反転薬を取り出す――クルトの奴、いつの間にかこんな薬を作れるまで成長していたのか。
「コーマ様のまま私の部屋に行くか、コーリーちゃんになって私の部屋に行くか、どっちになさいます?」
まるで悪魔のように微笑むメイベルの提案に、俺は自分で作った掟を自分で破ることにしたのだった。




