真実の生き証人
気が付いたとき、俺は神殿の石のベッドの上で寝ていた。
俺の周りには様々な料理が並んでいる。俺は料理の中から手掴みしやすい骨付きチキンを手に取り、それを一気に食べた。獣臭くて不味い――がそれらを気にすることなく、俺はスープで食事を流し込む。スープには野菜のえぐみが多分に含まれていて、胃が拒絶反応を引き起こす――が俺は腹を叩いて胃の働きを抑制させると、魚を食べた。骨のまま食べてしまったので、喉に骨がひっかかる。くそっ、なんで内臓の部分のほうが甘く感じるんだよ――もう完全に自分の味覚が麻痺してきたことを痛感しながら、デザートのショートケーキを食べた。どこか懐かしいその不味さを感じているとき、
「コーマ!」
入ってきたのは――
「ルシル……ルチミナ・シフィル」
大人の姿のルシルがそこにいた。
俺がはじめて会った時のルシルが。俺が一目惚れしてしまった彼女がそこにいた。
「コーマ、心配したのよ。もう一週間も眠りっぱなしだったんだから」
「一週間!? そんなに眠っていたのか――!?」
「本当よ。料理なんて痛んじゃって全部捨てて、私が毎日作り直してるんだから」
俺の隣でフーカが目を覚ます。
「……そちらの人は――」
大人バージョンのルシルをはじめて見るフーカが尋ねた、その時だった。
俺の中にそれが膨らむ。
破壊衝動だ――だが、いつもよりも落ち着いている気がする。
「ルシル、俺の中に例のが来た! 再封印を頼む!」
「わかったわ。といっても封印は解けていないから、力を強めるだけで再封印は可能よ」
ルシルがそう言うと、段々とルシルの姿が子供のそれへと変わっていく。
そして、見慣れたルシルの姿になったとき、俺の中の破壊衝動は完全になりを潜めた。
隣を見ると、フーカが目を丸くしていた。
こいつはここ数日で信じられないような体験をしているからな。そろそろ驚き慣れてもらいたいものだが、まだ難しいかもしれない。
と、俺は違和感に気付いた。フーカの隣で寝ていたはずの人物がいないのだ。
「ジューンは?」
「……ジューンは昨日死んだわ。ラクラッド族が言うには、魂が天に還ったそうよ。もう埋葬は済ませたわ。クリスは少し落ち込んでいたけど」
「……そうか」
「……私、ずっと心配だったの。コーマもジューンと同じように死んじゃうんじゃないかって。だから、本当によかった。帰って来てくれて」
ルシルが俺の手を両手で挟む。
「ルシル、それはどういう意味で言ってるんだ?」
「どういう意味って――コーマが心配だったに決まってるじゃない」
「……そうか、そうだよな。悪い……ちょっと疲れているんだ」
俺は石の台座の上に腰かけ、頭を抱えた。
「フーカ、あっちで聞いたことは誰にも言うなよ。悪戯に混乱を呼ぶだけだ」
「わかりました。でも、あの……お兄さん」
「ジューンが全部本当のことを言っているという保証はない。裏付け調査をしてから、ルシルとクリスに話す。それより、俺はちょっと家に帰って休んでいるよ――ルシル。お前のアイテムバッグに入れているお菓子や食べ物、みんなで食べてくれ」
俺はそう言うと、アイテムバッグから持ち運び転移陣を取り出し、転移陣を使って魔王城に戻った。
※※※
いつもの会議室、いつもルシルが寝転がっている畳――いつもの魔王城がここにあるのに、いつもより空虚な気持ちになるのは何故だろうか。
コメットちゃんたちの気配は感じない。マユの魔物の世話に行っているのだろうか?
工房のほうから音が響いているから、マネットは作業をしているのだろう。
コメットちゃんもタラもカリーヌもそしてマネットだって、きっと俺のことは心配していたはずなのに、俺は誰にも会わないで済んだことに安堵していた。
そして、俺は恐らくすべてを知っているあいつの場所に向かう。
魔王城を出て、隣にいる監視部屋に。
扉を開けると、多くのモニター――映像受信器を監視しているそいつがいた。
「……メディーナ」
目隠しをしたメディーナがこちらを見た。頭の蛇が一斉にこちらを捉える。
「コーマ様。無事だったんですね、皆で心配していたんですよ」
「……メディーナ、お前に聞きたいことがある」
「はい、なんでしょうか? 私にお教えできることならなんでも――」
「お前は遥か昔からルシファーに仕えていたんだよな。ならば知っているはずだ。ルシファーはどんな奴だ?」
「……それはルシル様にお聞きになったほうがよろしいのではないでしょうか?」
メディーナがそう言った。
確かに、今までの俺だったら、それもそうだと引き下がったはずだ。
だが、今は違う。
こいつが、魔王軍で唯一ルシルの過去を知り、そしてルシファーとも会ったことがある存在なのだから。
「ルシルは、ルシファーなのか?」
俺の問い。直ぐに否定されると願ったその質問。
だが、返ってきた答えはなんとも曖昧なものだった。
「わかりません」




