ルシルの正体
「クリスが神の器……」
そう言われて思ったのは、クリスにはぴったりだな、みたいな感想だった。
何しろあいつは頭の中身が空っぽだからな。中に入り放題だろう。
そんなバカなことを思っていても話は前に進まない。
「神って、そんなのがいるのか? いや、天使や魔王がいるんだから神もいるだろうってのは納得できるんだが、ここに来て神とかって。なんだろうな、十年以上連載している漫画の最終回直前に新たな強敵が登場かっ! みたいな展開でちょっとついていけないというか――」
「神はいない」
「うん、俺もいないとは思っていた――って……え? 神はいない?」
「先にも言うたが、この世界は名も無き天使が作った。神と言えるとすればその者くらいだった。が、それも天使が切り裂いた。天使もその力は強大だが、神程ではない」
「器があっても中身がない……か」
「だが、それに近いモノを作っている者がいた。それがルシファーだ」
「ルシファー……か」
俺は自分の胸を見た。
そうか、名もなき天使の目的は天使からの逃走。新たな世界を生み出すために疑似的な神を作ろうとしていたのか。
でも、おかしいな。
ルシファーがそんなことをしているなんて、ルシルは一言も俺に伝えていなかった。
なんでルシルはそのことを知らなかったんだ?
2700年も一緒に暮らして、あいつは全く気付かなかったのか?
ルシルがルシファーから託された使命、そしてルシファーがルシルに伝えたことはなんだ?
それはわかりきっている。72財宝だ。
72財宝を集めるとルシルは強大な力を得られる。もしかして、その強大な力というのは――
――それが神の力……なのか?
だとすれば、ルシルが72財宝を手に入れたときに得られる力が何なのかを知らないのも頷ける。何故ならルシルは神について何も知らなかったのだから。
いや、待て。
ルシファーは神の力をどうするつもりだったんだ?
神の力から神を作るには、その器がいる。
ルシファー自身が神になれるか――という疑問に対し、俺は否定的だ。さっきもジューンが言った。ルシファーは名もなき天使を三つに分けた存在。神になり得るとは思えない。
人間たちが神子を作り、そしてその結果クリスが生まれたように、ルシファーも神の器を作ったのではないか?
そして、それが――それがルシルなのではないか。
ルシルと話していて、ずっと聞こうと思って聞けなかったことがある。ルシルの父親の話はなんどもあったが、母親の話は聞いたことがない。でも、本当の娘ではないのだとすればどうだ?
神を宿す器として作られた存在だとすれば。
「……そんなのルシルに伝えられるわけない」
ルシルは父親を語る時、とても嬉しそうに言っていた。あいつにとってルシファーは紛れもない父親なのだ。
できれば間違いであってほしいと俺は心から願った。
「何を思っているかは知らないが、続けるぞ。新たな神を作る計画を一番危惧したのは他ならぬ天使だった。天使にとって神は、コーマ――そなたの世界の神なのだから。そして、ここにいるエグリザもまた計画の頓挫を願った。神の力があれば、自分の愛する娘がその器として使われてしまう。エグリザと天使リエル、エグリザの弟――今はサイモンと名乗っておるのか。そしてワシ、エグリザが駒として使っていたユーリとルル。そしてカリアナの頭領グンジイ――彼奴の力はどうしても必要だったからな。サイモンが騙してついてこさせた」
「待て。グンジイは全ての魔王を倒せば元の世界に戻れるって言っていたが、それを伝えたがのはサイモンで、それは嘘ってことかっ!」
「そうでもしないと忍びの力を借りるのは不可能だった。魔術の専門家である彼奴を騙すのに、忍びの力が必要だったからな」
「……そうか」
ルシファーも魔術の専門家だったのか。今までだったら、親娘だから当然だと思うかもしれないが、真実が見えつつある今となってはよくわからない。
「そして、ワシたちは戦った。伝承には闇竜となっているな。そいつと戦い、そして勝った」
「それでその魂の杯は封印されたんだったな」
「うむ。だが、そのまま封印するわけにはいかなかった。だから、エグリザはその魂に不純物を残すことにした。魂の半分をここに残し、その半分を闇竜の魂とともに魂の杯に閉じ込めた。そこでワシたちは逃走した。ルシファーと戦うだけの力はなかったからな。そして、残ったエグリザの魂の半分はサイモンがこの地に封じた」
「待て、その闇竜がルシファーなんだろ? ルシルはそう言っていたぞ」
「……当時、迷宮にいたのは配下の魔物とルシファーだけだ。闇竜は神の力の塊だ。そもそも戦ってすらいない。七英雄の伝説はエグリザの死を偽装するための方便だからな」
「……その戦いに直接参加したのは本当はエグリザと、そしてもうひとりの人に姿を変えた天使のみ。だが、言えることはひとつある。彼女に娘などいない」
「……彼女? ルシファーは……女なのか?」
「そうじゃ。だから言えることはある」
やめてくれ。
それ以上何も言わないでくれ。
俺の声にならない願いは、ジューンに届かない。
「コーマの言うそのルチミナ・シフィルこそがルシファーそのものなのだろう」
いろいろと打ち明け回が続くが……




