ジューンの過去話その2
レメリカさんが天使である可能性を俺は尋ねた。
正直、彼女が普通の人間であるとは思えない。最初に会った時から魂が震えていた。絶対に逆らってはいけないと俺の中のルシファーが語り掛けている、そんな気がした。
もしかしたら魔王のひとりではないかと警戒していたが、ベリアルが世界に流布した魔王の一覧の中に彼女の名前はなかった。ベリアルが書き忘れているだけかとも思ったし、クリスから話を聞いたときは、もしかしたらサタンが彼女ではないのかとも思った。
だが、今の話を聞いて思った。彼女は魔王よりも上位の存在、天使なのではないかと。
ジューンは少し黙った後、
「気になるのなら彼女に直接聞け。ワシは何も言わない」
とだけ言った。
バカなことを言うな、直接聞けるわけないだろ!
というより、今のが答えじゃないのか?
「わかった、話を続けてくれ」
俺が頼むと、ジューンは頷いた。
「天使は魔王を分け、サタンを封印、ルシファーとベリアルは放置することにした。天使の目的は、名もなき天使の力の封印であって、この地に住む人のことはどうでもよかったのだろう。ベリアルは魔物を操り、迷宮を作ることにした。ゴブリン王の伝説は既に知っておるな?」
「あぁ……聞いている」
ゴブリン王の伝説。ゴブリンは全ての魔物の王であり、魔物を集める力があった。ゴブリン王の元に集まった魔物と人が争う事になるのは必須だった。だが、それでも争いを望まないゴブリン王は、地下深くへと穴を掘り、その中に集まった。
それでも、最終的にゴブリン王は人間に殺された。
その穴というのが、今の迷宮なのだとか。
「人と魔物、双方を操っていたのもベリアルだった。ベリアルは魔物を集め、迷宮の基礎を完成させると、その迷宮に瘴気を満ちさせるため、魔物、人の双方ができるだけ死ぬように争いを作った。その結果、生まれたのが69の魔王と72の迷宮だ」
「72……その数は72財宝と関係あるのか?」
「あるかもしれないし、ないかもしれぬ。それはワシにもわからぬ。ワシは全てを知っているわけではない」
ジューンはそう言うと、硝子のグラスに茶を注いだ。
どうやらここで休憩を入れるようだ。
フーカは必死に話を理解しようとしているようだが、チンプンカンプンの話が多いようだ。
彼女を巻き込むつもりはなかったのだが、
「飲むか?」
「……魂なんだが、お茶を飲んでも意味はあるのか?」
「食事程魂に影響を与えるものはない。それは君も知っているのではないのかね?」
「あぁ……確かにな」
俺はそう言って苦笑した。
ルシルの料理がいい例だな。あいつの料理を食べた悪人はどういうわけか善人になってしまう。
「俺も茶を貰っていいか?」
「うむ、茶菓子もあるぞ。カリアナの民に伝わる羊羹という菓子じゃ」
と言って、ジューンは耐熱グラスに入っている茶と羊羹の乗った皿を俺とフーカの前にそれぞれ出した。
いつの間にかテーブルまで現れている。
「羊羹か。好物だ」
ジューンが出した茶を飲む。苦味しかない茶だが、甘い羊羹とよく合った。
普通の羊羹かと思ったが、栗が入っているんだな。
甘い味を噛みしめながら、俺は覚悟を決めていた。
一番聞かないといけないことを俺はまだジューンから聞けていない。
それともう一つ。クリスが聞きたいことを。
「ジューン、その間、ルシファーは何をしていたんだ? そして、ルシル……ルチミナ・シフィルは本当にルシファーの娘なのか?」
俺の問いに、ジューンは言った。
茶を飲み終わるのを待てと。
茶を啜る音が、何もない空間に広がり、消えていった。
「ルチミナ・シフィルか。彼女のことを語るなら、まずはクリス嬢ちゃんについて語らないとなるまいな。ちょうどこやつも帰ってきたようだし」
ジューンが湯呑みを置くと、俺の後ろを見た。
振り返ると、そこには先程の男が――クリスの父親が立っていた。




