ジューンの過去話その1
気が付いたら、俺はいつもの姿で彷徨っていた。
魂の状態というと、かつて見たコメットちゃんの魂のように、人魂みたいなものだと思っていたが、そうじゃないんだな。ルシルが言っていた幽体離脱という表現が確かにしっくりとくる。
でも、すぐに地上とは違う場所にいた。
白い空間をふわふわと漂っている。
上も下も右も左もない空間。本当にこんな場所にいて戻れるのだろうか? と思ったが、なんとなく体のある方向がわかる。あっちに行けば肉体があるんだとわかる。
これなら道に迷うことはないだろう。
でも、フーカやジューンの居場所がわかるか不安だ。
索敵スキルも全く役に立ちそうもない。というか、スキルが使える気がしない。
さて、何を目指せばいいのか?
てっきり、目印みたいなものがあると思っていたのに。
一度戻ってルシルに相談しようか――と思ったその時だった。
右下方向から誰かが近付いてきた。
30代後半だろうか? 金髪碧眼のあごひげの生えた背の高いやせ形の男だ。
高そうな鎧を着ているが、鑑定できない。魂の状態だとスキルが使えないのは確定だな。
「君がコーマくんだね」
俺の名前お知っている? フーカから聞いたのか?
「え……えぇ。あなたは?」
「……厄介なものを連れてきてくれた。とにかく、ジューンはこの先にいる。彼に会ってくれ」
「ちょ、ちょっと!」
俺が呼び止めるのも聞かず、男はそれだけを言い残し、俺が来た方向へと去っていった。
名前を尋ねたのに答えないとは、無礼な男だ。
でも、なんだろう。初めて会ったという気がしないんだよな。どこかで会ったような――いや、気のせいだよな。
「ジューンはこの先か」
まぁ、案内してくれたのは素直に助かる。
俺はそちらの方にふわふわと彷徨っていく。
すると、まるで霧の中から現れるように、ひとりの男と少女を見つけた。
ジューンとフーカだ。フーカはいつも被っているフードを外し、角をさらけ出している。
「来たようじゃね」
「あんたがジューンか。フーカもいたな。心配したんだぞ」
「すみません、お兄さん。でも、三時間くらいしか経っていませんし。あれ? でも僕が手紙を送ったのって三時間前だから、お兄さん、来るの早すぎませんか?」
「お前が手紙を送ったのって四日ほど前って聞いているが」
「え? あれ?」
「ここは魂の空間じゃからね。時間なんて曖昧なのさね。ワシも地上だと三カ月ほど眠っているはずだが、ここでの体感時間は四時間程度さね」
「かなり時間がねじれているな……いや、時間だけじゃなくて空間もか。さっき変なおっさんとすれ違ったが、あれは誰なんだ? 少なくともラクラッド族の村で寝ていたのはジューンとフーカだけだったが」
「あれは、エグリザの魂さね」
エグリザ?
どこかで聞いたような……思い出したっ!
「クリスの親父か!?」
「そうさね」
ジューンは頷いて言った。
「あの、聞いた話ではクリスさんの御父君は既に他界なさっているそうですが」
「死ぬ前にこの場所に魂を残したのさね。そして、ワシももう魂を地上に戻すつもりはないさね」
「ここにずっと残るっていうのか? この何もない空間に?」
「友がいる。何もないことはないさね」
「何のために?」
「伝えるために。この世界に何があったのかを」
と、ジューンは先ほどまでの口調から一転、重いそれに変わる。
「フーカくん。君も聞いていくかね? 知れば辛いかもしれないが」
「……はい」
「そうか……なら、話そう。この世界の秘密を――」
と、ジューンは語りはじめた。
この世界の成り立ち。
ひとりの天使が闇に落ち、堕天使となり神々の72財宝を使い、この世界を作った話。
そして、地上から追ってきた三人の天使によってその身体を三つに切り裂かれたことを聞かされた。
その三つというのが、ルシファー、ベリアル、サタンであるという。
ここでひとつ、大きな疑問がある。
「ジューン、その天使はルシファー、ベリアル、サタンにしたって言ったけど、なんでその場で殺さなかったんだ? 切り裂くことができるのなら殺すことだってできただろ?」
これはクリスから話を聞いたときに思っていた疑問だ。
「後、サタンは現在、どこにいるんだ?」
「うむ、天使はサタンのみを封印し、ベリアルとルシファーは敢えて逃がした。天使が望んだのは魂の定着だ。魂の再融合を果たし、もう一度本来の力を取り戻したら天使たちも危ないと思ったのだろう」
三人の魔王のうち、ふたりに個性を持たせることで、魂を独自のものへと作り替えさせた。再融合しないように。
「サタンはこの世界にまだ封印されているのか?」
「ああ。人に姿を変えた天使の中に封印している」
「人に姿を変えた天使――それってもしかして、レメリカって名前じゃないか?」
俺の質問に、ジューンは口を噤んだのだった。




