女の勘未実装
結果、俺たちは三人揃って魔王城に移動した。
持ち運び転移陣は紙製なので獣に荒らされて使えなくなったら困るので、鉄の板の上に転移陣を書いてもらい、そこから転移石を使って移動した。
「久しぶりの我が家って感じだな」
「本当ね。足が棒のようだわ」
ルシルがそう言って畳の上に寝転がった。ごろごろ転がる。
こいつは全く歩いていないはずなのに何を言っているのだろうか。
「クリス、畳の上では靴を脱げよ」
靴を履いたまま畳の上に降り立ったクリスに文句を言う。
「えっ? ふたりはいつの間に靴を脱いだんですか!?」
「何言ってるんだ、そんなの転移陣に乗る前に決まってるだろ。土足で上がるなよ」
「そうよ、クリス。畳の上に靴を履いたままあがるって、欧米人みたいよ。ダメよ、ちゃんとしないと――確かに私も草の上なんだから靴でいいんじゃない? って最初は思ったけど、ベッドのマットの上と同じようなものなのよね。クリスだって自分のベッドの上に土足で上がられたら嫌でしょ?」
ルシルが淡々と諭すように言った。
クリスはルシルの畳のこだわりに押されてか、おずおずと靴を脱いだ。
「コーマ、私はここで寝転がってるから、クリスとご飯食べてきたら?」
「ん? いいのか?」
「やっぱり私は畳が一番よ」
ごろごろと転がりながらルシルが言った。
開拓村で見せたあの働き者の姿はどこにいったのだろうか?
「クリス、晩飯は何が食べたいんだ?」
「え? 私の好きな物を作ってくれるんですか?」
「面倒だからアイテムクリエイトで作るけどな」
会議室を出ると、ばったりとコメットちゃんと出会った。
コメットちゃんは俺を見つけると、特に驚いた気配もなく、恭しく頭を下げた。
「コーマ様、おかえりなさい。クリス様もいらっしゃい。ルシル様は――部屋ですか?」
「あぁ、畳が恋しいんだとさ。あいつもいろいろと頑張ったからな」
俺のために頑張ってくれた。
コメットちゃんはその後、現在、マネットとカリーヌがマユたちの配下の魔物の世話をしに行き、タラは勇者としての仕事のため魔王城を留守にしていると俺に伝えた。メディーナはモニターに張り付いているので、現在魔王城にいるのはコメットちゃんだけらしい。
「コメットちゃん、今日は俺がご飯作ろうと思うんだけど、何か食べたいものある?」
「ご飯なら私が用意いたしますよ?」
「たまには俺が作るよ。と言ってもアイテムクリエイトで作るんだけど」
「そうですね。私はお肉が食べたいです」
「肉か――ステーキとか?」
「そうですね――コーマ様に以前いただいた生肉は美味しかったです」
コメットちゃんがとんでもないことを言った。
クリスが引いている。
「コーマさん、そんなことをしたんですか?」
「いや、待て――クリス相手ならともかく、コメットちゃんに生肉を食べさせるような真似するわけが――いや、したわ」
「コーマさん、最低です! 私相手ならともかく、という発言もひどいですけど。でも、コーマさんがそんなひどいことをするなんて」
「落ち着け、コメットちゃんにあげたのは事実だけど、それはコメットちゃんの半身――グーに対してだ。コボルトだったときに生肉をあげたことがあったんだよ」
「――はい。あの時、私のファーストキスをコーマ様に捧げました」
……待ってくれ、ファーストキスってあのことか?
グーが俺のほっぺたを舐めたあの時のことを言っているのか?
え? 俺のファーストキスってルシルじゃなくてコメットちゃん――いや、グーだったの?
いやいや、あれはほっぺだし、それに唇じゃなくて舌だからノーカウント……というのはコメットちゃんに対して失礼だから、別カウントだ。
「……って、コメットちゃん、何か今日、おかしくない? わざと言ってるよな?」
「そうですね、ちょっと焦りを感じまして」
「焦りって何の?」
「ルシル様と何かありましたよね?」
……ぐっ。
なんでわかったんだ?
「先程、ルシル様のことを『あいつ』と呼んだときのコーマ様の顏が少し意味ありげでしたからね――女の勘です」
凄いっ、女の勘って凄すぎるっ!
そんな不思議力を生まれながらに持っているというのか? それって最早チートじゃないか。男にはそんな第六感備わっていないぞ。
「え、いつもと変わり無いように思いましたけど」
クリスが言った。こいつは何も気付いていなかったようだ。クリスの中には女の勘はないようだ。
んー、コメットちゃんには正直に言ったほうがいいか。
「ルシルと婚約したんだよ。婚約といっても、結婚するのは何年後か、下手したら何百年後なんて言われたけどな」
「何百年って気の長い話ですね」
クリスが呆れて言った。
「そうですか……それなら私にもまだチャンスが……」
コメットちゃんがぶつぶつと何かつぶやいている。すると、ルシルが部屋から出てきた。
「コーマ、今日の晩御飯は私が作っていいかしら? 全部じゃなくてもいいから、一品くらい」
ルシルがそう言うと、クリスとコメットちゃんの顏が青ざめた。
だが――
「……ん? あぁ、いいんじゃないか?」
と俺は笑って言う。
「ふたりが食べなかったら俺が責任をもって食べてやるからよ」
「うん、任せて。私が腕によりをかけて作るから。ほうれん草の胡麻和えでも作ろうかしら」
とルシルは鼻歌まじりに厨房に向かった。
「コーマさん、いいんですかっ!? ルシルちゃんの料理ですよっ!」
「コーマ様、お願いですからお体を大事になさってくださいっ! ここは私が――私が食べますから」
そうか、ふたりは知らないんだな。
ルシルの料理の腕は今や格段に成長している。味は悪いが魔物化することはない。毒物でもない。
ふたりとも驚くだろうな。まぁ、味はゲロまずだから、そこは俺が責任をもって食べてやろう。
そう思いながら俺たちは雑談し、厨房にゆっくりと向かう。
ルシルの手際のよさだと、もうそろそろ料理が完成するだろう。
ふたりに見せよう、ルシルの成長を――
「あ……コーマ」
「よう、ルシル。そちらはお客さんか?」
俺は笑みを固めたままルシルに尋ねた。
「お客さん……じゃないの」
「だよなぁ、そんな緑の知り合いがいたらちょっと俺も引くな」
そこにいたのは、緑色のゴマアザラシの子供だった。
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ほうれん草の胡麻和え【料理】 レア:★★
茹でたほうれん草を胡麻と和えたシンプルな料理。
醤油と砂糖でほんのり甘じょっぱい
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そうかそうか、胡麻和えだからゴマアザラシなのか。
でも、なんだろうな。可愛いじゃないか。襲ってこないし。
きっとこれならば――と俺は動かないゴマアザラシの頭を撫でようとした、その時だった。
ゴマアザラシの顏が割れて、俺に襲い掛かってきた。まるでその姿は捕食時のクリオネ。気持ち悪っ!
「これは絶対にルシル料理だっ! なんでだ、お前、治ったんじゃなかったのかよっ!」
「わからないわよ。いつも通りいつものように料理を作ったらいつも通りいつものように動き出しちゃったのよっ!」
「嘘だろっ! せっかく料理地獄から解放されたと思ったのに――」
と俺は厨房を走り抜ける。
すると、ゴマアザラシは腹を滑らせて俺を追ってきた。その姿はとても可愛らしいが――俺と距離を詰めると頭が割れて触手が伸びてきた。
ぐわ、やっぱり気持ち悪い!
三十分後、顔を緑にして倒れた俺がクリスとコメットちゃんによって発見されたのだった。




