上書きされたくない記憶
「コーマさんが来ないから、子供たちの面倒を見ていたんですよ」
とクリスは、さっき大声で叫んだことで驚いて泣き出した赤ん坊のおむつを替えながら説明した。
まぁ、そんなこと聞くまでもなく最初からわかっていたことなんだけど。
「クリスちゃん、行っちゃうの?」
「クリスちゃんともっと遊びたい」
「クリスちゃん、剣術教えてくれるって言ったじゃん」
子供たちがクリスを引っ張って駄々をこねた。
クリス、おばちゃんからだけではなく、子供からもクリスちゃんって呼ばれているのか。
「ごめんね。私は用事があるから行かないといけないところがあるの。また今度遊びに来るからね」
クリスが子供たちをあやす。
へぇ、あいつ、意外と子供に人気あるんだな。いや、というよりも子供と同レベルなのかもしれない。
クリスは俺より一歳年上のはずなんだけど。
子供を説得すること十分。
ようやくクリスは解放された。
「それで、クリス。フーカはどうしたんだ?」
「フーカちゃんなら、ラクラッド族の村にいます」
「ラクラッド族?」
「獣人の原種族のひとつです。独自の文化を作っていて、そこにジューンさんはいるそうなんです。その村に獣人以外が入ろうとすれば特別な試練をクリアしないといけなくて、どうしてもコーマさんの力が必要なんです」
「フーカは獣人じゃなくて、鬼族だろ?」
俺が言うと、横からルシルが説明した。
「コーマ、鬼族も元をたどれば獣人よ。尻尾がないからそう思ってない人もいるけど」
「そうなのか? 獣人の定義っていまいちよくわからないんだけど」
コメットちゃんやタラも獣人なのかと言われたら、実はそうではなくて魔人という部類らしい。
喋る魔物は全て魔人なんだとか。
「それで、そのラクレット族だっけ?」
「ラクラッド族です」
「フーカがその村に行ったのなら、もう解決じゃないのか? フーカがジューンを連れて戻ればいいだけじゃないか」
「私もフーカちゃんもそう思っていたんですけど、フーカちゃんから手紙が届きまして、ジューンさんが呪いを受けて眠っているそうなんです」
「手紙? あぁ、伝書鳥を使ったのか。でも呪いって穏やかじゃないな」
「あ、いえ、悪い呪いじゃないんです。むしろ、若さを保つ秘訣と言うか、老化を止める、ラクラッド族独自の呪いらしく、暫く目を覚まさないそうなんです。コーマさんならほら、エリクシールでちゃちゃっと治せるじゃないですか」
「……ちゃちゃっとって。一応、あれは伝説の秘薬なんだけどなぁ」
錬金術師の悲願のひとつとも言われているそうだ。
ちなみに、錬金術師の一番の悲願は卑金属から金を作ることだと言われている。卑金属とは、鉄や鉛のことで、それから金を作るのは、アイテムクリエイトでも不可能だ。
それを可能にするというのが「賢者の石」という名前のアイテムらしいのだけれども、その作り方も材料も一切わからない。
俺も名前だけは聞いたことがある有名な道具で、もしかしたら72財宝のひとつではないかと思っている。
それに関しては今も調べている最中だ。
「じゃあ、そのラクラッド族の村に行くか。ここから遠いのか?」
「私の足で走って一日くらいですね」
「……そっか。じゃあ、ルシル。もう一回背負うから――」
と振り返ると、ルシルはげんなりしていた。
子供たちに自慢のツインテールを引っ張られていた。
「長ーい」
「尻尾みたーい」
「綺麗だねー」
げんなりした表情のルシルを見て、ルシルもちゃんとお姉さんができて偉いなと心から思った。
ほほえましく見ていると、ルシルが我慢の限界が来てブチ切れるまで三十秒もかからなかった。
※※※
その日の夕方。とりあえずキャンプ地を作るために周囲の獣を追い払っていた。
「あ、クリス。そこに虎がいるから――はい、よくできました」
虎三頭に襲われたクリスが、なんなく虎を同時に全て倒した。
そして、俺の指示で解体し、アイテムバッグに入れていく。
虎の毛皮なら、鬼のパンツを作りたいよな。でも、この虎は残念ながら黒と黄色の縞模様ではなく、ベージュ一色だ。どちらかといえばメスライオンに近い。
「解体って結構疲れるんですから、コーマさんも手伝ってくださいよ」
「俺は両手が塞がっているからな」
ルシルを背負うのに両手を使っている。
俺が言うと、クリスが、
「降ろせばいいじゃないですか!」
と言ってきた。さも当然のように。
仕方ないな。
俺はルシルを降ろすと、椅子とパラソルとジュースを用意して座らせた。
「コーマ、ありがとう」
「あぁ、ちょっと待っていてくれ」
クリスが二頭目の虎の解体をしているので、俺は残った虎の解体をした。
「コーマさんがルシルちゃんに甘いのは知っていますけど、甘やかしすぎじゃないですか?」
クリスがジト目で俺に尋ねた。
「そうか? ……こんなもんじゃないか?」
「私の扱いとは全然違いますよね」
それは惚れた者の弱みと言う奴だろう。
基本、ルシルの望みは文句をいいつつも全部叶えてやりたいと思っている。
「私、一応コーマさんとは主従の関係はまだ続いていると思うんですけど」
「……んー、でもなぁ」
と俺はクリスの胸を見る。
やはりでかい。
そして、俺はルシルを見た。
ぺったんこだ。中学生くらいにまで成長しても、僅かに膨らむ程度。とてもではないが全盛期の巨乳の見る影はない。
「……なんか、今のコーマの視線、かなり不愉快なんだけど」
ルシルが半眼で言うけれど、それを無視する。
「んー、俺は今、クリスの胸を触りたいと思わない。そういうことだ」
「どういうことですかっ!?」
今朝のルシルの胸の感触を大切にしたい。
クリスの巨乳の感触なんかで上書きされたくない。普段の俺ならばきっとそんなことは思わないんだろうが、今日は特別なのだ。
俺にとってルシルとクリスの差はそのくらいあるということだ。
「よし、解体も終わったし、周辺からも危ない獣の気配はない。ここで野宿を――」
「コーマ、そのことなんだけど。転移陣を作って魔王城で休まない? 森の中だと虫とか多そうだし」
「……その手があったな」




