エピローグ
ルシルの料理が普通に不味い。
それは非常事態だ。
淡水魚独特の臭みとえぐみが凝縮されいる。手際は完璧なのにこの不味さ。
俺の料理が料理スキルのおかげでバフ効果により美味しくなるのと同じように、ルシルも何かのデバフがあるのではないかと疑ってしまう。
だが、問題は味ではない。ルシルの料理が不味いのはいつものことだ。
「なんで体がどうもならないんだ?」
痺れもない、目眩もしないし、石化もしない。髪の毛が逆立つこともなければ、体中に静電気を帯びることもないし、発光することもない。なにより、意識を持っていかれそうになる事がない。
「普通に不味いって何よ、普通に不味いって」
ルシルが怒っていうけれど、俺は自分の体の状態を確認しながら、ルシルの料理を飲み切った。
ルシルは最初から一人前しか作っていなかったので飲み切るのは容易だった。
「ルシル、どういうことだ!?」
「それを聞いているのはこっち――」
「いいから、別の料理を作ってみろ! 早く! 簡単に作れる奴な!」
「わ、わかったわよ」
そう言うと、ルシルはまたも鱗を剥いではらわたをとり、俺に出させた七輪を使って焼き魚を作った。
「……これも普通に不味いな……焦げていないのに焦げている味しかしない」
「コーマ。どうせならもっといい感想欲しいんだけど」
「食べられる」
「そうじゃなくて」
「これなら週に一回食べてもいい」
「……ちょっと嬉しかったわ」
それで嬉しいのか?
ルシル、結婚が決まった途端にチョロインになったんじゃないか?
でも、どういうことだ?
なんでルシルの料理が急に化け物にもならず、しかも毒物にもならないんだ?
謎だ。謎すぎる。
とりあえず食べられる焼き魚を全て食べきり、考える。
……なんでルシルの料理が化け物にならないんだ?
「ねぇ、コーマ。普通に考えて、料理が動くほうがおかしかったんだし、料理が動かないことはおかしくないんじゃないかしら?」
「……あ、それもそうか」
じゃあ、俺が考えるのはなんでルシルの料理が化け物になっていたか、ってことか。
そんなのわかるわけないな。
前にもいろいろと検証したけど、結局わからなかったんだし。
「……コーマ、次は何を食べたい?」
「いや、うん。腹がいっぱいだし、もういいや」
その後、釣った魚は全部村人に渡し、たった数日住んだだけの家の掃除をした。
掃除デートってどうなんだ? とか言うかもしれないけど、ここは俺たちにとって大切な住居だったからな。
もしかしたら、ここで俺たちの新婚生活がはじまっていたのかもしれないと思うと、感慨深いものもあるな。
「そうだ、ルシル。披露宴はいつにする? さすがにメイベルたちは呼べないけれど、でも魔王城の全員で祝いたいよな」
「あの話ってまだ生きてるって思ってたの?」
「……え?」
ルシルは雑巾がけの手を止めて言った。というか、元からあまり擦っていない。浄化魔法を使って綺麗にしていた。
って、そんなことはどうでもいい。
結婚するって言ったじゃないか。
「あれはコーマをこの村にとどめるために言ったのよ。コーマ、私よりもクリスを取ったんだからあの話は無しよ」
「マジかっ! 俺、あの時世界一幸せになれたと思ったんだぞ! もう天にも昇る思いだったんだぞ!」
「コーマは私に会えたことが一番の幸せなんでしょ?」
「それはそれ、これはこれだ!」
ウソだろ……え、ルシル、チョロインになったんじゃなかったのか?
やっぱりルシルは攻略対象外なのか? 合法ロリでもロリは攻略対象にしたらダメなのか?
そう思ったら、
「でも、まぁ……今すぐ結婚とかはないけど――いつかしましょうか」
「え? 本当か? 本当だな。今のは無しとか言うなよ」
「いつかよ、いつか」
「いいんだよ、それでも。ルシルが少しでも結婚をする気になってくれただけハッピーだ。よっし、エンディングが見えてきたぜ! 俺とルシルが結婚してエンディングだな。最終回打ち切りで続きはノクターンで連載再開だ! 新婚初夜は成人指定だぜ!」
「コーマ、ちょっと待って。何を言っているのか全く分からないんだけど」
というか、それって、つまり俺とルシルは婚約者同士ってことだよな。
うんうん、悪くない。考えてみれば俺とルシルって寿命は無限みたいなもんなんだし、いつ結婚しても結婚してからのほうが時間は長い。結婚する前に、婚約という期間を設けた方がきっと俺たちにとってはいい思い出になるだろう。
一番の懸念材料だったルシル料理の問題も解決(原因は不明のままだけど)したことだし、いいじゃないか。
よし、幸せになるぞ!
「ところでルシル。お前の料理のせいですっかり忘れていたけど、お前の俺への命令は何にするんだ?」
「コーマに前にも言ったお願いを、命令にしようかしら」
「前に言ったお願い? なんだ? 料理が食べられるようになったいま、俺に死角はないぞ」
「コーマ、私より先に絶対死なないでね」
え?
俺の目を見るルシルの曇りない赤い瞳が俺を見据えた。
バカだな。今更、死ぬことなんてできるわけないだろ。
「死ねないよ。お前と結婚するまで死ねるかよ」
「じゃあ、私はコーマと一生結婚しないわ!」
「ま、待て、今のは無し。死なない、死なないから。僕は死にません! あなたが好きだから! って、俺、このネタ物真似でしか知らないんだけど」
「約束だからね」
ルシルはそう言うと、
「え? コーマの顔に鱗が…」
は? 俺の顔に鱗!?
もしかして、竜化の影響が表れたのか?
「どこだ、ルシル、どこにある?」
俺は顔を触るが鱗のようなものはない。
「コーマ、ちょっと顔かして」
と言い、俺を屈ませると、俺の両頬をしっかり掴み、
「…………!?」
自分の唇を俺の唇に押し付けた。
ルシルの唇の感触と、ルシルの口の中の甘い味が伝わってきた。
何が起きたかわからない俺に、ルシルは……
「約束を守ってくれるお礼! 前払いしたんだから、破ったらダメよ」
と言って、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
そして俺は、絶対に死ねないと思ったのだった。
でも、今はなにもせず、たださっきの瞬間の思い出を心に刻みたいと思った。




