ルシルの贖罪
「……それで、コーマはどうするの?」
ルシルが静かに尋ねた。
「とりあえず、クリスのところに行くよ。流石に放っておけないからな」
「……ねぇ、コーマ。別にクリスの用事って急ぎってわけじゃないんだし、もう少しこの村でゆっくりしない?」
「そういうわけじゃないし、それに俺が聞きたいのは、なんでルシルがこんなことをしたのかってことを聞きたいんだ」
「それは……」
ルシルが口を噤むが、俺は少しだけ、ほんの少しだけ安堵した。
そうか、クリスの要件は急ぎというわけではないのか。
実は、俺はルシルにウソをついている。俺が持っているこの通信イヤリングは新品。クリスとの通信用の作られたものではない。ルシルが冷静だったらきっとこの通信イヤリングを俺に気付かれないように解析し、偽物だと気付いただろう。
でも、ルシルはこの通信イヤリングと「全部クリスから聞いたぞ」という話を信じ、明らかに動揺していたからな。
「……ねぇ、コーマ。私とふたりで村でのんびりして楽しくなかった?」
「そりゃ……正直楽しかったよ。もしかしたらこの世界に来て、一番充実していたかもしれないな。戦いもないし、嫌なことも少し忘れられた。仕事もいろいろとあったけれども、程よい労働は体を健康にさせてくれたし、なによりルシルとふたりでずっといるって、考えたらはじめてのことだもんな――」
昨日はルシルとの結婚に有頂天になっていて逆に落ち着行けなかったけど。
「ねぇ、コーマ……コーマは知らないかもしれないけど、コーマって魔王城で寝ているとかなりうなされているのよ……」
「え?」
「私ね、コーマに黙っていたけど、マユに指輪を借りて、コーマがどんな夢を見ているか心を読ませてもらったの」
指輪……友好の指輪か。
あれは動物とコミュニケーションを取れる他に、テレパシーのように会話する力がある。
それを応用すれば夢を見ることもできるのか。
「コーマの夢、いつも辛そうだったわ。コメットが死んだ後は最悪ね。グーとひとつになってもずっと責任を感じてるんだもん。でも、最近ようやくマシになってきていた……なのに」
とルシルは続けた。
いや、続けなくてもわかる。
俺の夢はきっと最悪だったのだろう。あの日、多くの人を殺した。あの時の人々の最期の声、死にゆく光景、血の匂いと感触、そして殺したという実感。その全てを夢の中で何度も俺は味わっていた。夢の中だけじゃない。何もしていないとき、単調な作業をしていたとき、ふと思い出すんだ。
その俺のを苦しみをルシルは気付いていたのだろう。
「もしかして、お前。俺を苦しみから逃がそうとしていたのか?」
「コーマ、この村で寝るようになってから、うなされる回数が減ったのよ。私と結婚の話をした日なんてちょっと笑っていたくらいなんだから」
「……じゃあ、お前が最近料理を作らなくなったのは?」
「…………コーマの負担を少しでも減らそうと、私なりに考えたのよ」
「はぁぁぁぁ」
深いため息が出た。
なんだよ、それ。
「ルシル、言っておくけど、お前が思ってるほどお前の料理は俺を精神的に追い詰めてないからな。初期はそりゃきつかったけど、今は天丼ネタというか、むしろ物語のオチ的なもんだろ? 逆にあれがなかったら落ち着かないって」
「ちょっと、コーマ。オチって何よ、オチって」
「というか、逆に不安だったわ。もしかしたらルシルが闇に侵食されているんじゃないかとかいろいろ考えたんだぞ! じゃあ、あれか? 伝書鳥が出ていかなかったのもお前の仕業か?」
「ちょっとコーマのアイテムバッグから魔石をいくつか貰って、村の周囲五十キロに結界を張ったのよ。あまり外に出たくなくなる結界と入りたくなくなる結界よ。思ったより強くなりすぎて、クリスも戻ってこれなくなったみたいだけど」
「クリスからの用事ってそのことだったのかっ!」
俺が叫ぶと――ルシルは「え?」と呟き、服の胸のあたりから通信イヤリングを四つとも取り出したことで、俺の通信イヤリングが偽物だと気付いた。って、そんなところに隠していやがったのか。
「酷い、コーマ、騙したわね!」
「騙される方が悪いんだよ!」
主人公が言ってはいけない台詞を吐く俺。
「というか俺がルシルの胸の中の通信イヤリングを盗めるわけないだろ! 俺はお前が思っている以上にチキンなんだよ!」
そして、俺は通信イヤリングをルシルから奪いとり、
「ちなみに、メイベルから通信は?」
「ないわよ」
「そりゃな」
メイベルは俺を信じて待ってくれているのだろう。もしかしたら、今の俺以上に悩んでいるのかもしれない。
俺は通信イヤリングを使ってメイベルに連絡をした。こっちは夜遅いけど、時差の関係であっちは夕方くらいだろうから。
そして、すぐに繋がる。
「あ、メイベルか」
『はい、コーマ様。メイベルです』
いつもの様子でメイベルが尋ねた。
「悪いな、なかなか連絡ができなくて。俺、ちょっとユーリの命令で極東大陸にいるんだよ。結構珍しいものがあったから今度そっちに持っていくつもりだけど、どんなものが欲しい?」
『極東大陸ですか……そちらでは確か綺麗な珊瑚が採れると聞いたことがありますので、それを仕入れて下さいましたら助かります』
メイベル、さすがだな。極東大陸の名産品まで把握しているのか。
「わかった。じゃあ、楽しみに待っていてくれ」
『はい。私はいつまでもコーマ様のことをお待ちしております』
メイベルが強い思いを込めて今の言葉を告げたのは、俺にも容易に想像できた。
そして、通信が途絶えた後、クリスに連絡を取る。
『ルシルちゃん、コーマさんに連絡を――』
「あぁ、クリス。俺だ――」
『コーマさん、よかった。やっと繋がって。あの、コーマさん、折り入ってお願いしたいことが』
「それは今日じゃないとダメなのか?」
『できれば早い方が――』
「なら明後日、こっちから連絡するよ。それとクリスは今、どこにいるんだ?」
『えっと、極東大陸の開拓村の中でも一番大きな村にいます。場所は――』
「場所も今度聞くから、ちょうどいい。俺たちがいた村で銀鉱脈が見つかった。明日にでも人員を寄越すように伝えてくれ。じゃあ、明後日連絡するから」
『ちょっと、コーマさ――』
俺は問答無用で通信イヤリングを切った。
そして、通信イヤリングを三つ、耳に着けた。
ルシルが沈んだ顔をする。
「悪いな、ルシル。お前の気持ちは嬉しいが、それでもやっぱりここでは止まれないよ」
「……コーマ、私、ずっと後悔しているの。コーマを召喚したことを。コーマを召喚しなかったら、コーマは絶対に苦しむことはなかったって。だから、私、もうコーマに苦しんでほしくないの」
「バカ。お前が俺を召喚しなかったら、俺はお前に出会えなかったんだよ。それが俺にとって一番の不幸だ。それに、七十二財宝も、中途半端な状態で集めるのを止めるわけにはいかないよ。なんたって、俺はコレクターだからな。七十二財宝だけじゃない、図鑑に登録される全てのアイテムを集めてやるよ。それが終わったら、きっと今までの苦労なんて吹き飛ぶくらい幸せになるぜ?」
想像しただけで涎が出てくる。
俺がにやけた笑みを浮かべたら、ルシルは呆れる口調で言った。
「……本当にコーマはコレクターバカね……アイテムコレクターバカ」
「あぁ、アイテムコレクターバカでいいよ」
ルシルもバカなら俺もバカだ。
いいじゃん、バカップルって最強だぜ。
「それで、ルシル。クリスには明後日に連絡するって言ったから、明日まるまる暇なんだよな、俺」
「そうなの?」
「うん……だからデートでもしようか」
俺は緊張しつつもそう尋ねた。
「……うん、いいわよ」
そのルシルの素っ気ない返事が、俺にとっての最大のご褒美だ。




