ルシルの違和感
全力で走れば檻の中の鳥たちにも負担がかかるため、ゆっくり歩いて帰ることになった。
「お前等、調子でも悪いのか?」
と鳥に問いかけるが、当然返事は来ない。首を左右に動かし、落ち着かない様子だ。
餌をやったんだから、少しは俺のことを信用してくれてもいいとは思うんだけど、まぁ檻に閉じ込めているわけだし、差し引きマイナスのほうが大きいだろう。
「よっと」
太い木の根っこを飛び越える。檻の中の鳥たちには負荷がかからないように調整したつもりだけど、俺が上下に動いたためかびっくりして羽を羽ばたかせて暴れ出す。
「落ち着けって――はぁ、睡眠魔法とかあったらいいんだけどな」
一応、睡眠導入剤はあるにはあるんだけど、これらは人間用だし、鑑定しても動物に使っていいかどうかは書いていないからな。鳥たちが落ち着くを取り戻すまでちょっと休憩をすることにした。
まったく、とんだ貧乏くじを引いてしまった。
貧乏くじと言えば、この極東大陸の開拓作業も貧乏くじだよな。確かに俺たち向きではあるし、必要なものはだいたい作れる、しかもグラムの再度作成まで成功できたとはいえ、ここで過ごすのはいろいろと不便だ。
まず、魔道具が使えないから、照明もランプを使っているくらいだ。
最初は使い方がわからず、中々火が灯らないので苦労させられた(単純に油の入れ忘れが原因だった)。これなら魔王城で隠遁生活をしていたほうが楽だったかもしれないけど……でも、おかげで少しだけ気を紛らわせることができた。
「…………ちっ」
手が震えた。檻を持つ右手が震え、その振動に、ようやく落ち着いてきた驚いた鳥たちが再び暴れ出す。
恐怖を感じた。人を殺したことへの恐怖が。檻を置き、震えがおさまるまで、さっき避けた木の根っこに座って待つ。
ここ最近はマシになっていたのに、思い出すとやっぱり辛いや。
まぁ、あの事件直後は毎日のように夢に見ていたから、その頃に比べたら大分落ち着いている。
さっき作った残りの餌を鳥たちに与え、俺は水筒の水を飲んで俯いた。
※※※
村に辿り着いたのは、それからさらに数時間後。太陽も大きく傾き、夜に向かって空が朱く染まっていく。
「おう、コーマ! 悪いが火の魔法使ってくれ、火の魔法!」
かがり火の準備をしていたリーダーの男――ダッタスが俺に手を振った。
この村のひとたちとも大分と打ち解けてきたためか、遠慮が無くなってきた。
「待ってろ――ファイヤ!」
俺が火の球を生み出し、鉄製のかがり籠の中にある割り木に火をつけた。
この時間でも鉱山から銀鉱石を運んでくる村人がいるため、道の整備もしている。
鉄製のかがり籠の設置もそのひとつ。もちろん、このかがり籠を作ったのも俺だ。
「ありがとうな。おおい、コーマが火をつけてくれたから、誰か松明を持って他のかがり火も用意しろ……っておい、コーマ、その鳥って」
ダッタスがようやく俺が持っている鳥たちに気付いたようだ。
「あぁ、森の中で見つけた。伝書用の鳥で、全部手紙を持ったままだったよ」
「返事が遅いと思ったら、森の中で迷子になってやがったのか。弱ったな」
ダッタスは頭をかくと、「誰かが直接手紙を持っていくしかないか」と嫌そうに言った。別の村までの道は、この村から鉱山までの道と違い碌に整備されていない。
迷う可能性はもちろんあるだろうし、獣に襲われる危険もある。
そのことを考えると、やはり力のある男に手紙を託すのがいいのだろうが、鉱山の作業を考えると男手は欲しいのだろう。
んー、それなら俺が手紙を届けるか。クリスの様子も気になるし。
「もしよかったら――」
「あ、コーマ。帰ってきたの?」
俺がダッタスに話を持ちかけようとした時、ルシルが先に俺に声をかけてきた。
ルシルはゆっくりと俺の横に歩いてくる。それを見たダッタスは俺に気を使ったのか、「まぁ、こっちでなんとかするよ」と言って去っていった。あくまでも俺たちは外からの助っ人だから、遠慮したのかもしれない。
「あぁ、今帰ったところだ。鳥たちが迷子になってたからな。連れて帰るのに時間がかかったんだよ」
「へぇ……」
と、ルシルは去りゆくダッタスが持っている檻の中の鳥を見て言う。
「磁気嵐の影響かしら?」
「磁気嵐なんて発生してるのか?」
「言ってみただけよ。それより、魔王城への通信イヤリングの調整が終わったから、コーマに確認してもらいたいんだけど、いいかしら?」
「おぉ、いままで調整してくれていたのか。今行くよ」
と言って、家に戻った俺は、通信イヤリングの確認という名目で、一時間ほどコメットちゃんとの会話を楽しんだ。残りの三つの通信イヤリングの調整にはもう少し時間がかかるそうだ。
「コーマ、コメットに言わなかったの? 私たちが結婚すること」
「……あぁ、悪い。言わないといけなかったな」
「んー、どうせならコメットも一緒に結婚しましょうか? それともコーマは日本人だから、やっぱり重婚は反対派?」
突然のルシルの提案に、俺は苦笑するしかなかった。
ルシルは俺の浮気には寛容なようだが、ちょっとは独占欲を示してほしい。まぁ、これは贅沢な望みなのはわかっているが、ついつい言ってしまう。
「ルシルはそれでいいのかよ」
「いいんじゃないかしら。コーマもコメットの作った料理は好きでしょ?」
「ん……あぁ、好きだけど」
ルシルにとって、俺とコメットちゃんの結婚は、コメットちゃんに快く料理を作らせるための手段としか思っていないのではないだろうか。
「でも、それなら今までと何ら変わらないと思うぞ」
「……そうね。でもそれがいいんじゃないかしら。何も変わらずに、今のようにずっと過ごせたら、それって凄い幸せなことだと思うの」
ルシルが笑って言った――が、その瞳の奥は、どこか寂しそうだった。
※※※
その日の夜。俺はベッドの上で目を覚ました。
俺の家にはベッドはひとつしかない。そのことを知ったダッタスには散々揶揄されたが、ルシルと同じベッドで寝ているというわけではなく、ルシルはベッドで寝ない。というか寝る必要がない。
畳でいつも寝転がっていたのは畳みの感触が好きだったという理由だったし、実際、魔王城に畳ができるまではルシルはずっと椅子に座っていた。
「……ココアでも作るか」
ココアはカカオからココアバターを作り、さらにそこからココアパウダーを作って熱湯か牛乳に溶かすことにより作ることができる。
アイテムクリエイトを使えば一瞬だ。
アイテムバッグから牛乳とココアパウダーを取り出し、
「アイテムクリエイト」
ともう牛乳に溶かすのも面倒なのでアイテムクリエイトで一瞬にして瓶入りのココアを二本作った。
「一本はルシルに差し入れにいくか」
さすがにこんな夜中に外に出歩いていないだろうと思って。
「……ら………よ!」
隣の作業部屋からルシルの声が聞こえてきた。
誰かと話しているのか? と思ったけれど、人の気配はないよな。
「ルシル、入るぞ」
俺が隣の作業部屋を開けると、ルシルは慌てて何かを後ろに隠した。
反応の神薬で動体視力を鍛えた俺には、それが何なのかすぐにわかったが――
「コーマ、どうしたの?」
「いや、ココアを作ったから飲むかなって思って」
「ココア? あぁ、うん。ありがとう、貰うわ」
ルシルはそう言うと、ぎこちない笑みを浮かべて俺からココアの瓶を受け取る。
「ルシル、誰かと話していたか?」
「あぁ、ちょっと虫が入ってきてね、追い払っていたのよ」
「そっか……夜も遅いんだから静かにしろよな」
俺はそう言ってルシルの頭を撫でると、自室へと戻っていった。
(あいつ、何であんな嘘をついたんだ?)
ルシルが話していた相手は、十中八九クリスだ。ルシルが慌てて隠したものが、クリスに通じる通信イヤリングだったから、それは間違いないだろう。
(……もしかして)
と俺は違和感の正体に気付く。
クリスが別の村に行くといったとき、この村に残ると言い出したときに感じた違和感の正体に。
(ルシルの奴、クリスに嫉妬していたのか?)
ありうる。
ルシルに番足りないものは、やはり料理の腕と胸の大きさだ。
クリスの料理の腕は平凡だが、その胸の大きさはやはり脅威。
しかも、俺とクリスは一緒にいる時間も長く、一度結婚しそうにもなった。
(そうかそうか、ルシルの奴、クリスに嫉妬していたのか)
バカな奴だ。俺はルシルのことを世界で一番大事に思っている。ルシルに比べたら、クリスなど路傍の石に等しいことをちゃんと言ってやらないといけないな。
「って、そんなわけないよな」
ベッドの上で俺はそう自分にツッコミを入れた。
さすがに惚気ている場合ではなさそうだ。




