部族の宴
その日の夜、極東大陸の部族の村では盛大な宴が催された。
丸太を組んだだけの簡素な造りの家が七つほど並び、真ん中の広場にはキャンプファイヤーを彷彿とされる組み木が燃えていた。
元々、今日は族長の子供が生まれた祭りが行われる予定で、俺たちが現れた祭壇に男たちが集まっていたそうだ。村のシキタリで、族長の妻が子供を産むときは、成人の男性は妊婦と生まれてくる子供を守るために悪魔を遠ざけるために祭壇で祈りを捧げる。
出産のときに危険が伴うのは全世界共通。医療設備が整っていない場所では猶更だからな。
そんな時に俺たちが急に現れたりしたら、悪魔と思うのは無理からぬことかもしれない。
「本当にフーカが来てくれてよかったよ」
「僕はただ生贄の獲物を持っていっただけですけどね。それでもお兄さんの役に立てて嬉しいです」
とフーカは少し恥ずかしそうに頬をかいた。
彼女は鬼族の娘であり、自分たちを襲ったスカルコレクターという名前の魔王に復讐するためにラビスシティーに訪れた。それから、様々な経緯があり、勇者試験で俺の従者として行動を共にした。
結果的にその復讐は達成され、彼女は一度生き残った鬼族の集落に戻り、かたき討ちが終わった報告に行くため、俺と別れた。
ここまでは俺も知っていることだったが、その後、フーカは鬼族の集落の存在が人々の間に広まり、ここも安全じゃないと思ったそうで、一族全員で集落を捨て、極東大陸に移り住んだそうだ。
「でも、よくここまで来られたな。どうやって海を渡ったんだ?」
「海は渡っていません。極東大陸と東大陸は陸続きの場所があるんです。といっても過酷な場所で、普通の人間は越えられませんが――あ、お兄さんなら余裕で行けますよ。僕たちがここに来るまで二カ月かかりましたけど、お兄さんなら三日くらいで来られるんじゃないですか?」
それは冗談ではなさそうだ。本気で俺なら三日で走り抜けられると思っている。
フーカの中で俺の評価がかなり高騰しているようだ。
さすがにそこまで速くはない。
地図を見せてもらったが、これだと全力で走っても一週間以上かかる。
睡眠代替薬を使って不眠不休で、アルティメットポーションを使って体力を回復させて走っても五日はかかるな。
「ワイン、ウマイ!」
「ワイン、クレ!」
「ワイン、ワイン、アクマワイン!」
「私は悪魔じゃありませんから!」
クリスはアイテムバッグからワインを取り出してコルクを開け、ヤシの実を半分に切ったような器に入れていた。
フーカのおかげで誤解も解けた。このあたりでも猿酒(猿が果物を噛んで吐きためたものが自然発酵してお酒になるという、恐らく人類が最初に飲んだお酒)に似たゴブリン酒というものが存在し、それと同じようなものだとフーカが説明したようだ。全然違うとは思うけど。
ゴブリン酒はこの宴の席でも飲まれていた。
鑑定してみると、
……………………………………………………
ゴブリン酒【酒】 レア:★★
ゴブリンが吐きためた果物が自然発酵してできた酒。
冒険中に酒が飲みたくなったらゴブリンの巣を探せ。
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んー、つまりはゴブリンの吐しゃ物だよな。飲みたいとは絶対に思わない。
「ワイン! ワイン!」
「ワイン、くれ!」
「ちょっと待って――誰か手伝ってください」
「お兄さん、ちょっと行ってきますね」
助けを求める声を聞き、フーカがクリスの方に行く。
俺も秘蔵の酒をいくつか渡そうかな?
そう思ったときだ。
「ねぇ、コーマ」
「ん? どうした――ルシルっ! その子っ!」
ルシルを見て俺は驚いた。
ルシルが抱いていたのは、生まれたばかりの族長の子供だったのだから。
綿の布にくるまれて静かに眠っていた。
「しぃー! コーマ、あんまり大きな声をあげないでよ。やっと寝たところなんだから」
「わ、悪い……でもなんで? まさか誘拐したのか?」
「誘拐なんてしないわよ。この子のお母さんに頼まれたのよ――この子は族長の次男だから、いずれはこの村を出て新しい族長になる。だから、できるだけ遠くに行けるようにって意味を込めて旅人に抱いてもらいたいって」
「でも、それならクリスが――いや、たしかにクリスに子供を預けるなんて、自分の子供を崖の上から突き落とすのと同じだな」
「そんな理由じゃなくて――胸の大きい旅人に世話されると子供がスケベになるからよくないんだって」
言われて俺はルシルの体を見た。
うん、納得だ。
「コーマ、何を見ているの?」
「気にするな。今のお前は断崖絶壁でも、大人バージョンはクリスほどじゃないにしてもたゆんたゆんなんだし」
「……コーマ、もうちょっと言葉を選んでよ。子供の教育によくないわよ」
そう言って、ルシルは子供を抱いたまま、俺の横に座った。
「……かわいいな」
「そうね。ゴブリンの子供――ゴブカリが生まれた時もちょっと可愛いかもって思ったけど、人間の赤ちゃんはやっぱり少し違うわね。私も人型だからかしら?」
「……かもな。そう言えば、ルシルってルシファーの娘なんだから、竜型になれたりするのか?」
「その質問、今更するの? 私はそんなものにはなれないわよ。なれるんだったら最初にコーマを封印しているときに変身しているわよ。そもそも、お父様ももともとは竜じゃなかったそうだし」
「え? そうなのか? あぁ、でも元天使だっていうんだから竜なのはおかしいのか」
「私も聞いた話だけどね――お父様のことは……よく知らないのよ。お父様がもともとは別世界の天使で、ベリアルやサタンって呼ばれる魔王とひとつの存在だったってことも、私は知らなかったし」
そう呟くルシルの言葉はとても寂しそうに思えた。
そして、彼女は族長の次男の子供を優しく撫でる。
「でも、お父様の愛情だけはちゃんと覚えてるから、それでいいのよ」
「そうか――」
そう呟いて、燃える組み木から舞い上がる火の粉を見詰めた。
それは空へと浮かんでいき、星となって消え失せた。




