プロローグ
「万能粘土もこれで終わりか」
十分に用意していたはずの万能粘土が既に無くなった。
それでも、よくここまでもってくれたと思う。
そして、俺はようやく底にたどり着く。
ルシル迷宮の一番底。ため池の奥に隠された地下への道の一番奥にある大穴。その底に。
「……これか――マネットが言っていた浄化された瘴気の塊っていうのは」
スライムのような、でもスライムではない白い半透明の塊が動いていた。
数は三匹か。マネットが言っていたみたいな溢れんばかりの数ではない。
『コーマ、そっちに一匹落ちたわよ』
「ん?」
通信イヤリングにルシルからの連絡が入った。
と言っても空を見上げても、それらしい奴が落ちてくる様子はない。
壁にでもぶつかって、側面にへばりついたのだろうか?
まぁいいや、と穴の底を改めて見る。
だが、何も見つからない。
仕方がない、とりあえず地下にたまった土でも掘って、そろそろ戻るか。
そう思って周囲を見渡した。
「あれ?」
スライムもどきの数がさっきより減っているきがする。
その時、空から別のスライムもどきが落ちてきた。
ルシルが言ったスライムもどきか。ここまで落ちてくるのに三分以上かかってるのか。
空気抵抗で落下速度が遅くなっているとはいえ三分か。
ん? 先にいた二匹のうちの一匹が土に溶け込んでいった。
「……瘴気だから、迷宮に還った――のか?」
まぁ、危険性はなさそうだし、とりあえず持ち運び転移陣をここに置いても問題ないだろう。転移石を使っての転移でしか利用できない転移陣だからな。
逆に大森林の奥の遺跡から、この穴の上にある転移陣へと通じている転移陣は使えないようにルシルが操作した。
いったい、なんのためにあの転移陣があったのかは俺にはわからない。ルシルも知らないそうだ。そもそも、あいつは200階層より下があることも知らなかったと言っている。
持ち運び転移陣を使い、穴の傍に設置した持ち運び転移陣へと移動した。
「ただいま、ルシル」
「おかえり、コーマ」
俺たちはそれだけ言葉を交わし、歩いて魔王城に戻った。
転移石を使ったらすぐ戻れるのだが、そうせずに。
201階層の階段の手前まで無言で歩いた。
そして、ルシルは重い口を開く。
「コーマ、準備はできた?」
それが何の準備かは聞くまでもなかった。
「準備も何も、必要な物は全部アイテムバッグに入ってるし、無かったら作ればいいだけだからな」
「そうね、そうだったわね」
「ルシルこそ準備はできたのか?」
「コーマも一緒に行くんでしょ? なら必要ないわよ。メディーナやマネットが残るんだから」
「いや、服とかの準備――ってその服一着しか持っていないんだったか」
「浄化魔法があるから、これで十分よ」
俺はそう言うと、階段を登っていく。
俺とルシルは、今日。
この迷宮を去ることにした。
※※※
魔王城に珍客が訪れたのは、一週間前のことだった。
「粗茶ですが」
コメットちゃんが客にお茶を出す。
「ありがとう、コメットさん……だったね。報告書で読ませていただいた。君のことを守れなかったこと、町を代表して謝罪する」
その客――ユーリは立ち上がり、そう謝罪した。
かつて、ゴーリキによって殺されたことについての謝罪なのだろう。あれは決してユーリに非があるわけではないので、本来ならば責める場面でもないのだが。
「……ルル。人形に謝らせるくらいなら自分で謝ったらどうだ?」
無言で茶菓子を食べるユーリの本体――ルルを見て俺は言った。
「コーマくん。何度も言うが、町の長はルルではなく私だ。そのことを忘れないでくれ」
「操ってるのはルルだろうが。謝る時くらいバームクーヘンから手を離せ」
「いいんです、コーマ様。ユーリ様も謝罪のお気持ち、痛み入ります。ですが、私は結果的に死んでも幸せでしたから」
コメットちゃんは微笑み、俺たちの仲裁をしてくれた。
「……それで、ユーリ。何の用事だ?」
「ちょっと厄介なことがあってね。リーリウム王国の兵たちが君の姿――正確には変身した君の姿を目撃している」
「そりゃ、全員気絶させただけだからな――」
「目撃証言が纏まってきてね。もちろん、君に直接結びつくとは思えないが、それでも顔の輪郭や声等は隠せないだろ? リーリウム王国の兵は名目上去ったと言っているが、何人か諜報員が忍び込んでいるという情報が入っている。町や迷宮に相当数いると見ていい」
「……つまり、俺に200階層から出るなっていいたいのか? ほとぼりが冷めるまでここでじっとしていろって」
「そんなことはしない。我々冒険者ギルドに余裕はないのでね。コーマ君と勇者クリスティーナにはこれから極東大陸の開拓村に行ってもらおうと思う。君にとっても贖罪のチャンスなのではないかね?」
贖罪。
その言葉が俺の胸に突き刺さる。
だが――
「罪を償うことなんてできないよ」
「そうか。でも勇者クリスティーナは快く受け入れてくれたよ」
「そりゃ、あいつは正義の女だからな」
「そうじゃない。彼女の望みは別にある。そもそも、極東大陸に行くのは彼女が希望したことだ」
「クリスが?」
あいつの出身は西大陸だろ?
それに、サイモンからの連絡を受けるにはこの町にいるのが一番のはずなのに。一体、何故。
「勇者クリスティーナは私のかつての友、ジューンを探している。彼が今、極東大陸にいるからだ」
「……七英雄のひとりか」
クリスとは何度か面識があるジューンだが、俺とはほとんど面識がないんだよな。
でも、クリスから聞いた話では、この世界の秘密とやらを握っているらしい。
「別に仕事はしないでいいのなら、観光気分で行かせてもらうが」
「構わないよ。何を成すかは君に任せる」
ユーリは笑って、コメットちゃんに言った。
「お茶、とても美味しかったよ。ありがとう」
「飲んだのはルルだろうが」
「おっと、そうだったね」
ユーリは一気にお茶を飲むと、再度、
「お茶、とても美味しかったよ。ありがとう」
と言った。お茶の出し甲斐の無いやつだ。
そして、彼は俺が用意した持ち運び転移陣に入って去っていった。
あいつには会議室の転移陣は見せないし、使わせない。
転移陣を見せてしまえば、転移石を使っていつでもこの迷宮に入り込むことができてしまうからだ。
そして、もちろんルシルと会わせるつもりもなかった。
ルシルにはマネットの工房に隠れて貰っている。
そして、ルシルが帰ってきた。
「話は聞かせてもらったわよ、コーマ」
「そりゃ、通信イヤリングをずっとONにしてたんだ。聞こえてるだろ」
「私も極東大陸に一緒に行くわよ」
「……なんで?」
「いいのよ。決めたんだから」
ルシルはそう言うと、
「じゃあ私が留守の間の防御体系を、通信イヤリングを妨害されたときのための対策を作らないといけないわね。一日で仕上げるから安心して」
と言って、大急ぎで去っていった。
……そう言えば、俺、まだルシルの料理をあれから食べていないんだよな。
もしかして、旅先で手に入れた材料で、俺に料理を食べさせるつもりなのだろうか?
だとしたら、この旅はひどく不安が付き纏いそうだ。




