暗殺メイド
「何を寝ているのですか?」
冷ややかな声が、仰向けに倒れる俺の意識を呼び戻した。
見上げると、彼女が蔑んだ瞳でこちらを見落としてくる。
俺の名前はジョーカー。もちろん、これは本名ではないのだが、本当の名前などとうの昔に忘れてしまった。
今の俺は冒険者ギルドの切り札。それだけで十分だ。
「何を寝ているのかと聞いているのです」
俺を呼び起こした人が、俺の顔面を踏みつけてきた。
痛い、痛い、これは性的サービスの痛さじゃない。完全に相手を拷問するための踏みつけだ。
「い、いてぇ。レメちゃん、やめ――」
俺がレメちゃんと呼んで、彼女はさらに俺を強く踏みつけた。
このままだと顔の形が変わってしまう。
「待ってください、レメリカさん。俺が悪かったです。ていうか、無理でしょ。ただの人間の俺に魔王を止めろだなんて。というか、コーマ、あいつ短期間の間にもはや最強クラスでしょ」
「言い訳ですか? そのためにショットガンを渡しました。敵わない敵ではなかったでしょ」
「無理ですって。俺のショットガン、確かに速度は凄いですけど威力はそんなにありまえんから。コーマの鱗だと弾かれてしまいますよ」
俺の目の前で、コーマの鱗がなくなって人型に戻ったのは黙っておく。
「それは彼にはわからない情報でしょう? 彼のアイテムの知識は、現在は鑑定頼りなのですから」
と、レメリカは今度はジョーカーの腹を踏みつけた。
タイトズボンを履いているが、それでもどうにかパンツを見れないかと思うことができる俺の精神力を、誰か評価して欲しいな。
「……コーマ、どうなっちまうんですかね?」
「そうですね……彼が進もうとしているのは茨の道です。ベリアルの策略通りに進むとしたら――そうさせないために貴方を配置したのですがね」
「……ええと、減給処分ですか?」
「残っているといいですね、給料が」
「……はぁ」
なんでこんな仕事をしているのかな。
踏まれすぎて痛覚が無くなってきたあたりから、少しずつ気持ちよくなってきた。
「レメリカさん、今度食事を奢ってもらえませんか? できればふたりきりで」
「……あなたの精神のタフさだけはランクA評価を差し上げたいですよ」
※※※
ジョーかーを倒した俺はルシル迷宮11階層から俺は走っていた。
「何だ、貴様――どこからっはうっ」
リーリウム王国の兵たちを倒しながら、俺は地下へ地下へと向かう。
妙だ。サイルマル王国の兵がいない。ただの人間相手ならば竜化する必要もない。
そして、ニ十階層のボス部屋に俺はたどり着いた。
当然、そこに配置しているはずのスライムたちはいない。
そこで俺を待ち構えていたのは、メイド服を着た長い髪の女性だった。
「……なんであなたがここにいるんですか? イシズさん。メイドが掃除するには迷宮は少し広すぎると思います」
「それはこちらのセリフですよ、コーマさん。この迷宮は立ち入り禁止になっていたはずですが?」
「クリスを軟禁しておいて、今更俺がここにいる理由を尋ねるのは野暮ってもんでしょ。俺が聞いていたのは、イシズさんは下の方に向かっていたはずだ……ということなんだけど」
「エリエール様からのご指示です。詳しいことは存じ上げません」
エリエール……か。
彼女の行動の理由を知らないというのは、恐らく本当のことだろう。
それなら、エリエールはどこまで知っているんだ?
それと、もう一つ。
「……教えてくれ。どうしてリーリウム王国がサイルマル王国と手を組んでこの迷宮を襲ってくる? いや、今の話だと、あんたたちはサイルマル王国の兵を率いるエリエールに従っているという感じだ。全てリーリエ女王の命令なのか?」
「……そうですね。それでは、その話は――私を倒してから、ということにいたしませんか?」
そう言うと同時に、イシズの体がぶれた。
次の瞬間、その姿がふたりに、四人に、八人に、十六人に増える。
「分身の術――か。お前、やっぱり――」
「私の家は、カリアナの民と起源と等しくします。カリアナを属国として認めてもらうために、当時頭領だった忍びは、その娘をリーリウム王国に差し出し、護衛とした。その末裔が私です」
イシズたちは環になり、俺を取り囲む。
そして、彼女が持っていたはたきの中から、仕込み刀が現れた。
「暗殺メイドね……実はそれって、そのカリアナの民の祖国である日本って国じゃ、今時珍しくないんだぜ?」
「……そうなのですか? それは随分物騒な国もあったものですね」
と言って、イシズたちは俺に斬りかかってきた。




