閑話「ルシルへのプレゼント(後編)」
アラクネか。そういえば、会ったことないな。
名前だけは聞いていたんだけど、どんな魔物か知らないな。
「コーマさん、アラクネを探すんですか?」
「あぁ。知ってるのか?」
「はい。アラクネは上半身が人間の女性、下半身が蜘蛛足の魔物です」
「上半身が人間で下半身が魔物か。まるでマユみたいだな」
今の話を聞いたら、きっとマユは怒っただろうな。
ん?
「上半身が人間の女性ってことは、もしかして、そういうマニアが高く買ったりするのか?」
「……あぁ、いますね。でも、コーマさんは関わらないほうがいいですよ。ドリアードや、メデューサやマーメイドもそういう好事家は集めているそうですから……」
「そういうの、正義マンのクリスは放っておかないと思ったけれど」
「マンじゃないですよ。それに……私も、昔は魔物は悪だと決めつけている時期がありましたから……それはなんとも言えませんね。私が殺した魔物たちの中にも、本当はいい魔物がいたのかもしれません」
「それは気にしたらダメだと思うぞ。少なくとも迷宮の中だとその一瞬の迷いが死に繋がるからな。あ、でも俺の迷宮の奴等は全員いい奴等だから傷つけるなよ」
俺もそのあたりは割り切っている。いや、割り切らざるを得ない。
俺にとって守るべきものは自分とその身内なんだから。
「クリス、アラクネはどのあたりに出るか知っているのか?」
「調査団の調べによると、地下20階層あたりですね。滅多に出ないそうですけど」
「地下20階層か。結構面倒だな」
エレベーターとかないか?
と思ったら、足に何かがくっつく。
「なんだ、これ――」
「蜘蛛の糸です。コーマさん、あんまり暴れたらっ!」
クリスの注意は手遅れだった。糸に獲物が捕まったと思ったのだろう。
小型犬くらいの大きさの蜘蛛が集まってきた。
「火炎球!」
俺が炎の玉をぶちまけると、蜘蛛たちは、本当に蜘蛛の子を散らすように去っていった。
ふっ、余裕だ。
「アイテムクリエイト!」
足にくっついた糸を、そのまま道具へと変える。これにより、足が自由になった。
「よし、じゃあ行くか」
「コーマさん、行くのはいいんですけど、なんでアイテムクリエイトで作るのがパンツなんですか?」
「は? 何を言っているんだ。魔蜘蛛の糸と言ったらパンツだろうが」
クリスの奴、何を言っているんだよ。
常識だろうが。
そして、俺は20階層へと向かった。
そこで見たのは――
「んー! んー!」
女性のもののようなうめき声が聞こえてきた。
ただし、それは人間のものではない。
悲鳴をあげていたのは、アラクネだった。
コメットちゃんとプチ似の女の子の上半身(胸だけは糸で隠している)、蜘蛛足のアラクネだ。
糸を吐き出すことができる口を猿轡で塞がれ、足も全て縄でくくられている。
「兄貴、やりましたね」
「ああ、迷宮に忍び込んだかいがあったぜ。でも、こんな気持ち悪い蜘蛛が金貨三枚で売れるとはな」
そう言って男はアラクネの足を踏む。
「ん――んーーーー!!」
アラクネが悲鳴をあげた。
「待ちなさい! ここは勇者以外立ち入り禁止のはずですよっ!」
クリスが飛び出す。
「女ひとりで俺たち三人に敵うと思うなっ!」
おいおい、俺のことが数に入っていないんだが。
でも、まぁ俺の出番はないか。
一瞬にしてクリスは男三人をのしてしまう。
「コーマさん、それでは私はこの三人を連行しますから、コーマさんは彼女のことをよろしくお願いします」
「あぁ、わかったよ」
男三人を縄で縛り、引きずって連行していくクリスを見送り、俺はアラクネを見た。
涙を浮かべて怯えている。
「あ……言葉は通じるか?」
と尋ねたが、何も返事がない。首を振ることもない。
となれば、これの出番だな。
俺は友好の指輪を取り出した。
『俺の声が聞こえるか?』
念をアラクネに送る。
『え? 声が聞こえる……』
『俺の声だ。アラクネ、今から縄を解くけど、俺を襲わないと約束してくれるか?』
『ひ……ひどいことしないんですか?』
『まぁ……な。お前が俺の友達に似てるし、俺も知り合いに魔物はいるからさ。襲わないでくれるって約束してくれるか?』
『はい、助けてくれるのなら絶対に襲いません』
アラクネから感謝の感情が流れ込んでくる
相手の心を読む友好の指輪。これを使えばこいつが嘘をついているのかどうかもよくわかる。
俺が猿轡と縄を解いてやると、アラクネは本当に感謝するように何度も頭を下げた。
『ありがとうございました。あの……私と話せるということは、あなたも魔物なのですか?』
『あぁ、似たようなものだな――』
最近は、本当に自分が人間だという自信が無くなっている。
『でも、俺も半分くらいは人間だから、謝らせてもらうよ。人間が悪いことをしたな』
『いえ、私たちも自分を守るために人間を襲っていますから』
『そう言ってもらえると助かるよ……ところで、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?』
『はい、なんでしょう?』
※※※
「ということがあってな、魔蜘蛛の虹糸を集めてきたんだ」
「うん、それで?」
ルシルが嘆息混じりに尋ねた。
「だから、受け取って貰えると助かる」
「うん……受け取るけど、コーマ。洋服を送ってくれるんじゃなかったの?」
「いや、でもさ」
俺は彼女にプレゼントの入った透明のケースを渡していう。
「やっぱり、虹色だろうがそうでなかろうが、魔蜘蛛の糸で作るならパンツだろ」
と、俺はルシルに魔蜘蛛の虹糸パンツを贈ったのだった。
洗濯担当のコメットちゃんが言うには、たまに履いてくれているそうだ。




