過去のしがらみを無くす解呪ポーション
~前回のあらすじ~
ルシルミーツクリス
ルシルの迷宮200階層。
魔王城の横にある畑の前で、俺は通信イヤリングでクリスと連絡を取っていた。
コメットちゃんは水やりをしている。旅行先まで徒歩0分とか楽でいいけど、仕事と遊びの区別がつけられないな。
水やりくらい俺がやっておくと言っておいたのに。
「帰るのは明日になるのか」
『はい。定期船に乗って帰りますので』
なるほどな。じゃあ明後日までには数をそろえないとな。
『それと、コーマさん。仕事についてなんですが』
「ん? どうした?」
『この仕事、魔物の調査ではなく、魔王を探すことだということ、聞いてますか?』
「……ああ、勇者エリエールからな。できるだけ口外しないように言われてる。クリスは誰に聞いたんだ?」
『ジューンさんです。七英雄の一人の』
知らない名前だ。ルシルなら知っているだろうか?
クリスが言うには、この島の風土病はアイランドタートルによる呪いだと教えてもらったらしい。
亀の呪いって、やっぱり島の呪いだったのか。
しかも、ジューンが言っていることが事実なら、死んでいる南のアイランドタートルが原因なのではなく、北のアイランドタートルが原因ということになる。
「魔王について、黙っていて悪かった」
『守秘義務もありますから仕方ないですよ。あともう一つ、北の島の領主の娘さんに会ったんですが』
クリスはそこで領主の娘、ランダから聞いたという話を教えてくれた。
監禁された、守護神という名のマユという女性か。
気になるな。
「クリス、できる限りそのマユという名の女性について調べてくれ。俺もこっちの用事が終わったら北の島に行く」
『わかりました。コーマさんも頑張ってください……あれ? 何を頑張って――』
通信をオフにして、俺は魔王城へと戻った。
魔王城では、タタミの上に座ったクルトがひたすらポーションを作っていた。
「どうだ、順調か?」
「はい、だいぶ早くなりました」
俺はスキル眼鏡でクルトのスキルを確認する。
【錬金術レベル4】
おぉ、もうレベル3を飛ばしてレベル4に上がってた。
俺はさっきクルトに飲ませたアイテムを思い出した。
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技の神薬【薬品】 レア:★×8
10時間スキル成長率を500倍にする薬。超薬、霊薬および神薬は1日1本までしか飲むことができない。
伝説の薬であり、生きている間に一度出会えるかどうか。買うことができるかどうかは別の話。
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ちなみに、超薬で50倍、霊薬で200倍になり、妙薬だと1時間20倍になる。
今までの神薬と違い、恒久UPではないが、500倍は凄い。
しかもマナポーションとの組み合わせ。
普通の錬金術師がポーションを1日3本作るとしよう。
クルトは最初1時間で3本ポーションを作っている。つまり、1時間で500日分の経験値が入っている計算になる。
それを3時間つづけたんだ。4年分以上の経験値が手に入っている。
「よし、クルト、よくやった。じゃあ、次はいよいよ解呪ポーションを作る」
「解呪ポーション? 聞いたことのないアイテムですが」
「状態異常を回復させるポーションの中では一番作るのが難しい……と思うが、まぁ、いけるだろ」
そう言って、例のごとく解呪ポーションのレシピをクルトに見させる。
文字が読めなくてもレシピをしっかり見て、覚えてくれた。
今はそれで十分だ。
白紙スクロールを受け取り、アイテムバッグにしまった。
乾燥した解呪草をすり潰した粉をクルトに渡した。
「よし、クルト! ポーションの中に解呪草を入れてアルケミーを唱えてくれ。魔力の放出は少なく抑えて一定量で均一に」
「わかりました」
クルトがゆっくり解呪草の粉末を入れていく。
そして、アルケミーを唱えた。
徐々に、徐々にポーションの色が赤から紫へと変わっていく。
そして、その色が青紫に変わったところで、鑑定眼がようやくクルトの努力を認めた。
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解呪ポーション【薬品】 レア:★★★
呪いを解くことのできるポーション。
ただし、強い呪いは解くことができない。
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解呪ポーションという薬品にはなったが、クルトはさらに手に力を籠め続ける。
MPが放出され続ける。薬の質を確かなものにするために。
結局、1時間かけて解呪ポーションは完成した。
その時にはクルトの150までに増えたMPは残り20にまで減っていた。
さすがにきつかったようだ。
その代わり、クルトの錬金術レベルは5にまで上がっていた。
技の神薬の効果が残っていたおかげだろう。
「よし、クルト! 休憩は無しだ! マナポーションを飲んで残り3本! 今日中に作るからな」
「は、はい。ありがとうございます」
クルトは俺に礼をいい、マナポーションを飲んだ。
不味いはずなのに、躊躇せずに一気に飲む。
顔色も悪い。買った奴隷に対してこんな扱いをしていることをセバシに知られたら、俺には二度と奴隷を売ってくれないかもしれない。
でも、クルトは文句ひとつ言わずに、休憩を求めることなく解呪草の粉末をポーションに入れていく。
こいつは……本当に。
「クルト……作業をしながら世間話をする余裕はあるか?」
「はい、先ほどよりは楽に作業ができるようになりました」
錬金術レベルが上がったからだろう。
普通、錬金術レベルが5になるのに10年かかると言われている。
それ以上に、アイテムのレシピが入手できないから、錬金術レベルを上げる意味がないらしい。
「クルト、お前、妹がいるそうだな」
俺がそう尋ねたら、クルトは、ぴくっと眉を動かし、「はい」と頷いた。
「親父さんを殺したのは、妹を守るためだったんじゃないか?」
「違います! それだけは絶対に違います!」
クルトは顔を赤くして強く否定した。
これほど感情的になるクルトを初めて見た。
「少なくとも、妹のことを思えば、父を殺すべきじゃありませんでした」
「妹、病気らしいな」
「はい……薬がなければ助かる病気じゃありません。助けるには、僕がお金を稼がなくてはいけませんでした」
そのためにクルトは幼くして働いていたという。
酒場の皿洗いという仕事から、時には冒険者の荷物持ちまで引き受けていたそうだ。
「……で、父親に殴られ、そのなけなしの金を奪い取られ、取り戻すために父を突き飛ばしたら死んだんだろ。それなら――」
「違います! ご主人様、妹のために父を殺したんじゃないんです! それだけは信じてください!」
妹のため、といえば聞こえはいい。
だが、その話を妹はどう思うか?
その妹のせいで、彼女の兄は父親を殺した。
そんなこと知られるわけにはいかない、クルトはそう言っているように思える。
「妹はきっと今も病気で苦しんでいます。いえ、もしかしたらもう死んでいるかもしれません」
クルトは、自分は犯罪奴隷だから妹がどうなったか知る権利がないことを辛そうに言う。
犯罪奴隷は奴隷商のところにいる間は外部との手紙のやり取りもできないのだそうだ。
逃亡を幇助する人と接触させないことを目的とされているらしい。
「だから、僕も苦しまなければいけません。絶対に」
「……じゃあもっと頑張って苦しめ。あと2本作るまでは休みなしだぞ。1本作ったらマナポーションを飲め」
「はい!」
クルトはそれから2本の解呪ポーションを1時間30分かけて作り終え、その場に倒れ込んだ。
『コーマの連れてきた子、本当にコーマそっくりね』
ルシルに言われた言葉を思い出した。
「全然似てないよ」
俺はクルトに布団をかけて呟いた。
俺はこいつほど強くはないよ。




