攫われたマユ
「じゃあ、コメットちゃん、タラ。薬を頼む」
完成した薬をコメットちゃんに預けた。
「コーマ様。マユさんのこと、お願いします」
「あぁ、わかってる。ふたりも、ルシルのことを頼む」
俺がそう言うと、タラは厳しい目で俺を見て、
「主よ、マユ殿の救出は後回しにしたほうがよいと思われます」
そう、思いもよらないことを言ってきた。
「タラ、何を言ってるの!」
コメットちゃんがタラを窘めるが、俺はタラが何を言いたいのか、痛いほどわかった。
現在、迷宮が襲われている状態。薬を作るのは仕方がないが、マユひとりを助けるために大将である俺が不在になるのはよくない。大将ならば、大局を見ないといけない。
タラはそう言っているのだろう。
そして、それが正しいと俺は思う。
魔物化した兵相手になるとタラでも厳しい戦いになる。遺跡で何があるのかわからない以上、確かにタラが言う通り、俺がここで動くのは浅はかを通り越して、愚行というものだ。
でも――
なんだかんだ言って、たまに存在を忘れることもあるし、俺についてきた理由も何かありそうなことをぼかして伏線にしているのに伏線回収どころかついさっきまで忘れていたし、戦いでも水の中以外だと全く役に立たないし、普段はウォータースライムを被っていてギャグキャラじゃないかとか、むしろウォータースライムが本体なんじゃないか? みたいに思ってしまうこともあるけれど――
「大切な仲間だからな。それに――」
と俺は、マユを攫ったというベリアルの影を思い出す。
あいつとは結構な縁だ。
最初に出会ったのは、リーリウム王国だったか。あの時は共闘し、今度はあいつの迷宮で対決した。そしてバベルの塔ではまたも共闘していた。
だが、いつかは決着を着けたいと俺はどこかで思っていた。
あの日、あの時、あの瞬間、ルシルが傷つけられたことを、ルシルが殺されそうになったことを、俺は決して許さない。
それともうひとつ。アイテムバッグのなかにいれたアルバム。
あそこに写っているクロードとベリアルの影の関係性も直接聞きたいと思っていた。
「あと、タラ。俺がいなくても少しはルシルを信じろ。あいつの元帥の肩書きはお飾りじゃないぞ」
「はっ。出過ぎたことを申しました」
「いや、お前の言葉は感謝している。過ぎるというのなら、お前は俺にとって出来過ぎる部下だぞ」
そして、コメットちゃんを見て、
「俺たちは必ず生きて帰る。全員で戦いを終わらせる。全部終わったら、コメットちゃん。ふたりで料理を作ろうな。盛大にパーティーをしよう」
「はい。お待ちしています」
コメットちゃんが微笑み、頷いた。
戦いが終わったらメイベルとバーベキューに魔王軍でパーティーか。ははは、胃薬を用意しないといけないな。
「マユ……待っていてくれよ」
※※※
どこかの迷宮らしき部屋に、私は監禁されていました。
縄できつく縛られて動くこともできません。
「マユって言ったっけか。お前も変わらない――いや、かなり変わったな。何年振りだったか?」
ベリアルの影が、私にそう問いかけました。
変わったと言っているのは、おそらく私が被っているウォータースライムのことでしょう。
そして、私と会ったと言っているのは、恐らく数百年前、一角鯨を解き放ったときのことを言っているのでしょう。
「いやぁ、それにしても面白い戦いだったな。水の中での戦いなんてはじめてだったからよ」
下品な笑いをして、
「まぁ、安心しろ。あの時もだけど、お前には興味ないぞ。俺は強いやつにしか興味がないからな」
「ひとつ尋ねてもいいですか?」
「あぁ? なんだ? 言ってみろ。どうせコーマが来るまでは暇だからな」
「私はあなたに会ったことがありません。あなたはあのベリアルと同じように、変身能力があるのですか?」
「あぁ? 何を言っているんだ? 戦っただろ。それともあの戦いのとき頭でも打ったのか?」
「私は確かに、最強の魔王ベリアルと名乗る男と戦いました。その戦いで多くの配下を失いました。ですが、その時戦った相手は――私の配下を倒した男は、それはあなたではありません」
私がそう言うと、ベリアルは考え、
「記憶違いだろ。俺様はお前と戦った。その記憶ははっきりとある」
「あの時、最強の魔王ベリアルは槍を使って戦っていました。あなたは槍を使うのですか?」
「……うるせぇ! 俺様が戦ったと言ったら戦ったんだ!」
ベリアルの影はそう叫ぶと(雄たけびにも近いその叫びに、私の意識は吹き飛びそうになりました)、そのまま部屋を出ていきました。
そして、ひとり残した私はさっそく行動に移します。
「お願いします――」
彼はひとつ、大切なことを見逃していました。
私を拘束するのはいいのですが、もうひとりの拘束を忘れています。
つまり、ウォータースライムの拘束をしていないのです。
ウォータースライムに頼み、私は私を拘束している縄だけを溶かしてもらいました。
(ありがとうございます)
私は口パクでウォータースライムにそう伝えます。
さて、あとは隙を見て逃げ出すだけ――そう思った時でした。
「悪いが、俺のロープも溶かしてくれないか?」
どうやら、そこにいたのは私たちだけではなかったようです。
もうひとり先客がいました。
黒い服を着た、頬がやせこけた男の人です。
体中が傷だらけです。
(あなたは――)
いったい誰ですか? 声にならない問いかけをすると、
「俺の名前はサイモン。職業は勇者をしている。俺の縄を溶かしてくれたら、逃げる方法を教えてやるぞ」
彼はそう不敵に笑って言いました。




