一時間の探索
薬の内容はともかく、目的の物を手に入れた俺は、ルシルに連絡を取った。
「ルシル、目的の薬を手に入れた。再封印を頼む。それと、転移陣を使えるようにできるか?」
『え? もう手に入れたの? わかったわ、すぐに封印するわ』
と通信イヤリングの向こうでそう言ったかと思うと、俺の姿が人間のものへと変わっていく。
「あの……コーマ様。タラから事情を聴きました。コーマ様に斬りかかるなんて、なんと言ったらいいか」
「気にしなくていいよ。コメットちゃんからは何の実害もなかったんだから。誰かは二回くらい俺を突き刺してくれたけど」
そう言いながら、後ろで縮こまっているクリスに笑いかけた。
「あ、あの。でも、ほら、コーマさん。コーマさんだって、その竜化第二段階でしたっけ? あれになったとき、私を刺したじゃないですか。だから、おあいこってことで」
ぐっ……痛いところをついてくるな。
「わかったよ。まぁ、ちゃんと致命傷は避けてくれていたからな」
意識があったのかなかったのかは知らないけれど、心臓を僅かに避けていた。
あれが心臓に突き刺さっていたら、いくら俺でも危なかったかもしれない。
『コーマ、そっちは楽しそうね。転移陣の封印解除は一時間くらいかかるから、ちょっと待っててくれる? そっちで休憩でもしていていいから』
「そんなにかかるのか?」
『仕方ないでしょ。まさかそんなに早いと思ってなかったんだから。あ、メディーナ、余計なこと言わなくていいわよ!』
そう言うと、通信イヤリングが切れてしまった。
期せずして一時間の休憩か。
さて、どうしたものか。
倉庫に行ってアイテムを物色するかな?
「あ、コーマさん。リッチが封印されていた部屋なんですけど――」
「ん? あぁ、そうだ。よくあんなもの見つけたな。生徒の目の届かないところにあったのは確かだろうけど、いったいどこにあったんだ?」
「理事長室です」
「理事長室!? ベリアルの部屋か!?」
あいつに関しては情報が少ない。
サイルマル前国王の息子だという話だが、それは恐らく嘘だろう。
催眠術で息子だと思わせたのか、それとも息子に成り代わったのかはわからないが。
だから、サイルマル王国の現国王としての情報収集は無意味とまではいかないが、ベリアルの本質を掴めるものではない。
もちろん、理事長室に情報が残っているとは思えないが、それでも手がかりの「て」の字くらいあるかもしれない。手がかりへの手がかりのような。
「クリス、すぐに案内してくれ。コメットちゃんとタラは他に何か変わった部屋がないか探索を頼む。ついでに珍しいアイテムがあったら、ふたりのアイテムバッグに入れてくれ」
「わかりました」
「行ってきます」
ふたりは頷き、それぞれ、未だ入っていない転移陣へと潜っていった。
そして、俺とクリスは、理事長室があったという部屋に行ったのだが――
「クリス、ちょっと待て」
「なんですか?」
「何をしている?」
「だから、理事長室に行くんですよ」
理事長室に行く。
なるほど、それはわかっている。
俺が聞いているのは、なんでクリスが窓を開けて外に身を乗り出しているのか? ということだ。
転移陣によって移動する建物は違う。高さも違う。
窓から下を見たが、地上がよく見えない。
恐らく、上空四千メートルはあるのではないだろうか?
雪も降ってるし、窓を開けていると少し――いや、かなり寒い。
窓の横に『この窓開けるべからず』と書かれている。その理由は、部屋の気圧を保つためだろうということはすぐにわかった。転移陣を使ったときに、僅かに体調不良を感じた。
おそらく、飛行機のパイロットなどがなる減圧症のせいだろう。
体を鍛えている俺やクリスじゃない、一般生徒がこんな急激な気圧の差に襲われたら、下手したら死に至るだろうな。
「いいから早く窓をしめてくれ」
「いえ、だからコーマさん。理事長室はあそこなんですよ」
クリスが指さしたのは、窓の外に浮かぶ建物だった。
小さな建物だ。
「なら最初からあっちに続く転移陣に入ればいいじゃないか」
「いえ、それが、転移陣が無かったんですよ」
転移陣がなかった?
……なるほど、確かにそれは怪しい建物だ。
しかも、普通にしていたら気付かない。
「私はいちいち転移陣の移動が面倒になって、窓から飛び移って見つけたんですけど」
「怖いことするなよ……まぁ、普通にジャンプしようと思ったら、多段ジャンプがなかったら普通に無理な距離だよな。クリスは先に行って窓を開けてくれ」
「わかりました」
クリスは頷くと、ポップ、ステップ、ジャンプといった感じで虚空を踏みつけながら、隣の建物に飛び移った。
そして、窓を開けて中に入る。
鉤付きロープを取り出し、それを放り投げた。
鉤爪が窓の向こうにひっかかる。しっかりとひっかかってるのを確認し、アイテムバッグから十分な重しを取り出すと、それにロープの反対側の端を括りつけた。
「順風満帆と見せかけて、結構綱渡りな人生を送って来たけど、まさか上空数千メートルの場所で綱渡りをすることになるとはな」
もちろん、ホックと別のロープを使って即席の命綱はつけているが、風が強いうえ、寒すぎて足がかじかんでくる。
「コーマさん! 早くしてください!」
「無茶言うな! バランスを取るのがやっとなんだよ」
「なら引き返してください! そこのロープが切れそうです!」
「…………え?」
見ると、真ん中より僅かに向こうのロープにほころびが――
次の瞬間、「ぷちっ」という音を聞こえたような気がした。




