ルシルが結婚しない理由
コーマが魔法学園に転移してから数時間が経った。
私とメディーナはひたすら死体と向き合っていたわ。
「ルシル様、これ以上は何も手がかりがつかめそうにないですね」
「そんなことないわよ。できる限り調べないと。私はコーマと違って前線で戦うことはできないから、せめてここで私ができることは全部してあげないと。コーマに顔向けができないわよ」
「え? ルシル様ってそんなことを考えていたんですか?」
「……メディーナ、私の事をなんだと思っているのよ」
本気で驚いている風のメディーナを、私は半眼で睨み付けた。
本当に、この子は見る目がないのかしら。私程、内助の功ができる女性はいないわよ。
「でも、コーマ様と結婚はしてあげないんですよね?」
「結婚はね……んー、だって、結婚したら、ルチミナ・シフィルから、ルチミナ・カガミに名前が変わるんでしょ? そうなると、ルシルじゃなくてルカミになるじゃない。それは嫌よ。だって、みんな今じゃ、私のことルシルって呼んでるんだから、今更名前が変わるのは面倒じゃない」
「……もしかして、ルシル様、そんな理由で結婚を拒んでいるんですか?」
そんな理由って、この子、名前をなんだと思っているのよ。
名前は大事なのよ……って、コボルトふたりにグーとタラなんて適当な名前をつけた私が言うのはお門違いな気もするけれど。
「なら、夫婦別姓という手段もあるのでは?」
「それでもいいんだけど、それだと、結婚の意味って何になるの? 別に私とコーマは一緒に住んでるし、コーマは私の事を一番大事に思っているし、私だってコーマのことを一番大事に思ってるわよ」
「思ってるんですか?」
「思ってるわよ!」
だから、私が一番料理を作ってあげたいと思う人だってコーマなんだし。
「そこまで思っているのなら、普通は結婚するんですけどね」
「…………メディーナはコーマのことをどう思っている?」
「夜に自分の部屋でパーカ人形を並べて不気味に笑っていることを含めてもいいですか?」
「……それは除外してもらえると助かるわね。私も、コーマの趣味は認めているけれど、あれだけは嫌だし」
「それを除けばたまにSっ気のあるところもありますが、いい人だと思いますよ。なんだかんだ言っても面倒見もいいですし、優しいです」
「そうよね。コーマには魔王の仕事は辛すぎると思うのよ。メディーナは知らないかもしれないけれど、コーマ、この迷宮で人間が死ぬととても辛そうな顔をするの」
私たちの迷宮、危険度は低い。狂暴な魔物といえば、狂走竜がいるけれども、そこも危険な場所に入らなければ安全なようになっている。
それでも、無謀な冒険者が狂走竜に戦いを挑んで、死んでいる。
「私も見ています……その時のコーマ様の顏は見ていて辛いですよね」
「だからよ。コーマは魔王だけど、でも半分以上は人間なんだし、地上にも知り合いがいっぱいいるでしょ。逃げようと思ったらいつでも逃げられるの。だから、結婚でコーマを縛りたくないのよね」
コーマは責任感が強い。強すぎる。
私が今の姿になったことにも責任を感じている。
「ルシル様……もしコーマ様がいなくなっても平気なのですか?」
「……どうだろ? 四年前にお父様が死んでから――ううん、お父様が死ぬ前からも、私はほとんど魔王城でひとりぼっちだったから、一年前までの状態に戻るだけだし。それに、コーマがいなくなっても、何人かは魔王城に戻るでしょ? だから――」
寂しくはない。
その言葉が私の口からは出なかった。
言葉の代わりに、私は手を動かす。
「コーマは必ず薬を持って帰ってきてくれるわ。無駄話をしている暇があったらヒントのひとつでも見つけなさい」
「はい、かしこまりました」
メディーナはそう言うと、目隠しのせいで使えない自分の目の代わりに無数の頭の蛇の目で、魔物化し、死んでしまった人間の遺体を解剖、解析していった。
解析しながら、私は呟く。
「まぁ、コーマがいてくれたら便利なのは確かだし、いなくならないように私の料理でがっちり胃袋を掴んでみせるわ」
最近、ルシルのことを空気を読まずに料理をしているバカと勘違いしている人(特に作者)がいるので、
補填的なお話。




