二人の出会いはカレーとともに(ルシル視点)
~前回のあらすじ~
クリスミーツルシル
突然の私が作った焼き魚の襲来だったけど、まぁ、私にかかったらあのくらい余裕ね。
タラもよくやってくれたわ。流石は私の二番目の部下の一人だわ。
「あ……あの」
声が聞こえてきた。
「え……」
「む……」
そこにいたのは、金色の髪のコーマより少し年上の女性。腰に携えた剣、鉄の軽鎧を見ると剣士かなにか。
でも、私は彼女を知っている。
映像受信器で見たことがある。コーマと一緒にタラ――かつてのゴーリキと戦っていた女勇者クリスティーナ。
私はタラに近付いて、タラと話しているように、通信イヤリングを作動させた。
『どうした? ルシル、話があるなら直接――』
「コーマ、クリスティーナよ。勇者クリスティーナがここに来たの」
『そうか、思ったより早かったな。それにしてもこっちに来たのか』
どうやら、あの女勇者がここに来るのはコーマにとっては想定内の出来事だったようだ。
一人で驚いて損した気分だ。
『通信イヤリングは作動させたままにしておけよ。あと、俺とコメットちゃんの名前は出すな』
バレルといろいろと面倒だ、そう言うコーマに、「わかったわ」と私は頷き返した。
『ということだ、コメットちゃんはここにいて。クルトは集中しろ』
それにしても勇者か。
お父様を倒したのも7人の勇者だった。
コーマが女勇者の従者になったっていうのは割り切っているとは言ったけど、でも勇者そのものに対しての感情はよくない。
むしろ最悪といってもいい。
「何か用?」
イラつきを隠しきることができないまま、私はそう尋ねた。
「私はクリスティーナと申します。昨日、地上から――」
「知ってる。勇者クリスティーナでしょ」
私がそう言うと、女勇者は怪訝な顔つきになった。
まぁ、名乗る前から名前を知っているのに驚いたのだろう。
「ふん、私は勇者が嫌いなの」
「ど、どうしてですか? 勇者は皆のために働く立派な職業なんですよ!」
必死に勇者について弁明する女勇者に私の怒りのボルテージは最高潮になった。
少なくとも、お父様は迷宮の奥深くで平和に過ごしていた。
勝手に侵入してきた人間の勇者にとって理不尽に殺された。
それが皆のため? ふざけないでほしいわ。
「皆のため? 認めてもらいたいのは自分のためじゃないの? 自分のために自分にとって都合のいい正義を振りかざすのが勇者よ」
「そんなことないです! 少なくとも私の父は立派な勇者でした!」
「立派に自分の正義を貫いたのね。自分のためだけの」
私がそう言うと、女勇者は言い返そうとして口を噤んだ。
タラが私の横に来る。
「ルシル様、言い過ぎです」
「……ふん」
わかってるわよ。
コーマからもこの女勇者については話は聞いている。
彼女が本当にバカで、バカ正直で、バカ真面目で、本当に皆のために働くのが勇者だと信じている。
そんなことは知っているわ。
「すみません、ルシル様は勇者に対していい感情を持っていなくて」
タラが私に代わって謝罪する。
私が悪いみたいじゃない。
「ふん、当たり前よ。私のお父様は勇者のせいで死んだんだから」
「あなたもお父さんが……いないの?」
女勇者が少しショックを受けたように言う。
「あなたも……てことは女勇者も……そう」
そっか。この女勇者の父親も死んでるのか。
『俺も知らなかった。そうか、だからクリスが勇者になるために必死だったのはそのためだったのか』
通信イヤリングからコーマの声が聞こえてくる。
父親のために一生懸命に勇者になろうとしてたのか。
なんだ、私と一緒じゃない。
私は嘆息を漏らし、
「大人げなかったわ。私が悪かったわよ」
素直に謝った。
「私は事情をよく知らないんですが、わかってもらえてよかったです」
「クリスティーナね。私はルチミナ・シフィルよ。呼ぶときはルシルでいいわ。みんなそう呼ぶし」
「では、私のこともクリスでいいです、ルシルちゃん」
「ルシルちゃ……はぁ、まぁ、いいわ……その呼び方で」
私、2700歳だから「ちゃん」って呼ばれる年齢じゃないんだけど。
『いいじゃないか、るしるちゃん……ぶはっ』
通信イヤリングの向こうでコーマが何か爆笑している。
うん、あとでお仕置きしてあげる。
コーマへの怒りのせいで、クリスに対する怒りはすっかり身を潜めてしまった。
『ルシル、クリスを昼食に誘って情報を集めてくれ。カレーならまだ量があっただろ』
コーマから指示が飛ぶ。
もう、人使いが荒いわね。
「クリスはお昼食べていくでしょ」
「え? そんな悪いですよ」
クリスは遠慮したけど、ここで遠慮されたら困る。
「いいのよ……どうせいっぱいあるし。タラ、お願い」
「承知しました」
タラはそういうと、厨房に行き、カレーの準備をしにいった。
私はその間に、クリスを椅子に座らせる。
すぐにタラはカレーの入ったお皿をテーブルの上に置いて、クリスに名を名乗った。
「申し遅れました。タラと申す。ルシル様のパートナーが我が主という関係です」
「ちょっと、タラは私の部下でしょ!」
「その契約はすでに解除されています。コ……グー姉さんも同様です」
そういえばコーマとの主従関係も、コーマがお父様の魂を飲み込んじゃったせいで解除されたんだった。
「……えぇー」と嫌そうな顔をしたけど、まぁ、コーマの部下なら私の部下も同じだし、別にいいか。
「カレーっていう料理らしいわ。とってもおいしいのよ」
「前にグー姉さんが主から教わった料理です。複数のスパイスを組み合わせて作ったルーをごはんにかけた一品です」
「複数のスパイス? 胡椒と唐辛子の他にスパイスがあるんですか?」
どうやら、クリスは料理に関しては無知なようだ。
「あるわよ。ちなみに、このカレーに入っているスパイスは通常の胡椒……つまり、ブラックペッパーとホワイトペッパーの他に、クミン、コリアンダー、カルダモン、オールスパイス、ターメリック、チリーペッパー、シナモン、あと塩も入ってるわね」
コメットがメモを見ながらカレーを作っていたのを私は見ていたので、スラスラとスパイスの名前を言っていく。
それに、クリスだけでなくタラまでもが感嘆の声をあげた。
「このくらい当然よ。私だって料理の勉強はしてるんだから」
今度こそ美味しい料理をコーマに食べさせるんだから。
まぁ、暫くは料理はできない。
「料理はさせてもらえないんだけどね」
私がそう言うと、クリスは少し憐れんだ眼でこちらを見てきた。
同情されるほどのことじゃないんだけどね。
『同情されるのはむしろ俺のほうだからな』
コーマ、うるさい。ていうか、人の心を読まないでよ。
とりあえず、私はクリスにカレーを食べるように促し、情報を集めることにした。
「あ、おいしい」
「でしょ? でも、私はチョコレートとかのほうが好きなんだけどね」
色は似てるんだけど、味は全然違う。
「それで、クリスはなんでここに来たの?」
「えっと、それはですね――」
クリスが説明をはじめた。
えっと、つまりは海賊が薬を盗んだせいで、多くの人が病気で苦しんでるから薬を取り戻しに来た。
そういうことなのね。
でも、あれ? この島にも病気で苦しむ人がいて、その人達のために海賊は薬を盗んだのよね?
これって……
『案の定騙されてるな』
あぁ、思い出した。クリスはバカがつくほど真面目なバカなのだと。
『コメットちゃん、仮面をつけてこれを持って行ってくれないか? セリフは――』
コーマがコメットに演技指導をした。
コメットちゃんに行かせるならクルトに行かせたらいいのに。
そう思ったけど、コメットが持ってきた木箱の量で納得した。
あれだけの荷物、クルトじゃ運べないわね。
「要するに、薬が必要なのですね」
「え?」
コメットが突然声をかけたことで、クリスが振り返る。
銀色の仮面……コーマ、なかなかいいセンスしてるわね。私の髪とよく合いそうだわ。
「はじめまして。グーと申します。クリス様のお探しの薬はこちらです」
「え?」
テーブルの上に置かれた木箱をクリスは開ける。
中には薬瓶がいっぱい入っていた。
「これが……薬?」
その時、クリスの通信イヤリングが鳴った。
「あ、コーマさん」
『さっき、海賊共と話がついた。風土病に関する薬は全部返すそうだ。お前はそれらを、直接病院に届けるんだ』
「コーマさん、裏で海賊と交渉していたんですか?」
『あぁ、1箱は依頼主に渡していいから、残りは直接、小さな病院に届けるんだ。絶対だぞ。多くの人の命を助けるにはそのほうが手っ取り早いからな』
「わ、わかりました!」
私の通信イヤリングからもコーマの声が聞こえてくる。
クリス、コーマにも見事に騙されているわね。
こんなバカな勇者なら……はぁ……怒っている自分がバカらしくなったわ。
お父様を殺した勇者とは全く別の人種のようね。
「クリス、もう行くの?」
アイテムバッグに薬を入れていくクリスに尋ねる。
「ええ、ありがとうございました、ルシルちゃん! また機会があったら会いましょう」
「勇者は嫌いだけどクリスのことはちょっとだけ認めてあげるわ」
悔しいけど、バカにはかなわないわ。
『いいやつだろ、クリスは』
コーマが通信イヤリング越しに尋ねる。
「ええ、いいバカね」
私は素直にそう呟いた。




