クリスとの情報交換
「あれ? コーマさん?」
濡れネズミとなったクリスが俺を見て首をかしげる。
俺は通信イヤリングにそっと手を当て、
「ルシル。再封印を頼む。大丈夫だ」
そう言った。
『大丈夫って、侵入者はどうなったのよ』
「あぁ、俺もよくわからないんだが――クリスがいた」
『クリスが? でも転移陣って今通じてないんでしょ? どうやってきたの?』
「俺もわからないが、詳しく聞いてみるよ」
と同時に、俺の中の破壊衝動は完全になりをひそめ、姿が人間のそれへと変わる。
「クリス、大丈夫か?」
「大丈夫です……ところで、どうしてコーマさんがここに? ってあれ?」
クリスは周囲を見回し、
「もしかして、ここ、コーマさんの迷宮ですか?」
「どこだと思ってたんだ?」
クリスは、俺の迷宮だと知らずに入り込んだのか?
でも、どこから?
と、クリスがいる場所をよくみると、水汲み場の水はなくなっていて、その代わり、その足元に大きな穴があいていた。
そして、その穴の先には謎の空間が広がっている。
「クリス。何があったか全部話せ」
「わかりました。えっとですね、まずは――あ! コーマさん! 私と繋がっている通信イヤリング、リーリエちゃんに勝手にあげたでしょ! おかげで、私、リーリウム城に監禁されていたんですからね! あ、それとリーリウムの兵がこの迷宮に攻め込んでくるそうです! 準備を――」
「落ち着いて話せ。すでにリーリウム王国の軍は迷宮に入り込んでる」
その後、とりあえず落ち着きを取り戻したクリスは、俺に話をした。リーリウム王国にいったら、いきなりリーリエに監禁されてしまったこと。そして、サイモンに助けられたこと。サイモンと一緒に謎の遺跡にいったこと。遺跡にはかつて天使が封印されていたこと。異世界――おそらくは俺の世界から、名前のない天使がこの地に降り立ち、他の天使によって体を三つに引き裂かれたこと。その三つというのが、サタン、ベリアル、ルシファーであること。そして、三体の天使はこの世界を監視するため、次元の狭間に一人、この世界に一人、そして人に姿を変えて一人が残ったこと。それらをサイモンに聞かされたこと。サイモンがクリスの父親の話をしようとしたときに、謎の襲撃にあったこと。サイモンに逃がされたクリスは遺跡の底で転移陣を見つけたこと。その転移陣が別の迷宮に通じていたこと。そこにスライムがいて、底の見えない大穴の中に入って行ったこと。そして、階段を上っていったらここに出たことを聞いた。
「ルシル、聞こえていたか?」
『聞こえていたわよ……お父様がもともとは天使の一部だった……ね……』
ルシルもルシファーのことは知らなかったのか。
それに、クリスの父親が殺されたことにも理由があるというのも気になる話だ。
ルシファーの死は、単なる魔王退治じゃなかったということか?
そのあたりは、ユーリから詳しく聞かないといけないな。
通信イヤリングで、ルシルが何か考えるように唸っていた。
『突拍子もない話だけど信用できる話なの?』
「突拍子もない話だが信用できる話なのか?」
ルシルの言葉をほぼそのまま使ってクリスに尋ねると、クリスは「うーん」と考え、
「どうでしょうか。嘘ばかりついている人ですから。でも、サイモンさんはどちらかというと、全て嘘をつくよりも、真実の中に嘘を混ぜる人ですから、ほとんどは本当だと思いますよ」
それって結構厄介だよな。
クリスも、サイモンが嘘つきだと知っていて一緒に行動をしていたのか。てっきり、クリスは自分が騙されていることにすら気付いていないとも思っていたが。
クリスにはとりあえず、着替えにいかせた。この迷宮で何が起きているのかは、コメットちゃんに教えてもらうように頼んだ。
「ルシル。地下の迷宮探索と今回のクリスからの情報の考察は後でする。お前は魔物化の解除方法について調べてくれ」
『わかっているわよ。でも、あまり期待しないで。これは魔力じゃなくて、恐らく薬の一種だから。コーマが、前にカリーヌに使った魔物進化薬と同じ感じね』
「弱い魔物を強くする魔物進化薬……か」
『薬の成分でもわかればなんとかなるかもしれないけど。体内にある薬はすでに分解されていて解析できないのよ』
「……薬の成分か」
サイルマル王国に乗り込んでベリアルを締めあげる……ダメだ。時間が足りない。
何か方法は……
「コーマさん! 話はコメットちゃんに聞きました! ベリアルが使っていた薬を使って兵士さんたちを魔物化しようとしているんですよね!」
「うおっ、早いな。まぁ、そういうことで、こっちは危険な状況なんだ。せめてベリアルが使っている薬でもあれば……」
「薬ですか? コーマさん、もしかしたら、薬の資料ならあるかもしれません」
「……本当か?」
「グリューエルですよ」
「グリューエル……ベリアルのところに乗り込むっていうのか? それは俺も考えたが、時間が足りない」
「違います。グリューエルが理事長をしていたゴルゴン魔法学園。そこに行けば、当時使われていた薬の資料が残っているんじゃないですか?」
「そうか! ……いや、時間がない。そんなところに行っている余裕が――」
「私、行ったことがあります! その学園の中は転移陣での移動が可能で、当時の施設が残っていたんです。私も利用したことがあります! 転移陣さえ使えれば、転移石を使って移動ができます」
「……本当か!? ルシル、今の話は――」
『当然聞こえていたわ。転移陣の一時解除なら今すぐにでも可能よ。再封印されないように1分間ジャミングをかけるわ』
「わかった。帰りも頼む! クリス、俺と一緒に来てくれ!」
「はい!」
制限時間はあまりない。
一分一秒を争う。
「クリス! 直ぐに行く! 一緒に来てくれ。コメットちゃんとタラも連れていく!」
「はい! あ、でも私、暫くお風呂に入っていないから――」
「さっき水をたっぷり浴びただろ! 急げ!」
「はいぃぃぃっ!」
悲鳴にも似た声をあげながら、クリスは俺の後について走りだした。




