特別企画「ゆくとし」
今日も特別編です。年末用の話です。
時期的には、二回目の勇者試験の前の話です。
勇者試験の八日前の話。
俺は蕎麦の準備をしていた。
新年を迎えるための準備だ。
確か、コースフィールドでは二カ月前が新年だったし、西大陸は三ヶ月後が新年のはずだ。収穫が終わる時期を新年とする国もあれば、主格の始まりを新年とする国、大切な牧畜の出産時期を新年としていたりする。
そして、ラビスシティーの新年は、つまりは勇者試験の一週間前、つまり明日が新年となる。
勇者試験が町をあげての祭り状態なのは、実は新年の祝いの意味もあったのだろう。
「コーマ様、これがコーマ様の故郷の風習なのですか?」
蕎麦打ちをする俺を見て、メイベルが尋ねる。
彼女はさっきまで新年大売出しの準備で手いっぱいだった。働きすぎの彼女に、みんなから休むように言われたらしい。
「あぁ、蕎麦って言ってな、カリアナの名物なんだ」
「コーマ様の故郷ってカリアナだったのですか?」
「いや、カリアナじゃない。でもルーツは同じなんだ」
俺は苦笑して言った。
メイベルには俺が異世界の――日本の人間だということは伝えていない。俺にとってメイベルは日常の象徴のようなものであり、俺の我儘だけれども、彼女には魔王のことも伝えるつもりはない。
「それで、この蕎麦は、前に俺が作ったラーメンよりも噛みきりやすいから、災厄を断ち切るだとか、一本一本が長いから、末永く幸せでいられますように、って願いを込めて食べられるんだ」
ちなみに、甘い物が一番のルシルには蕎麦はあまり好評ではないし、コメットちゃんもタラも、もともとはコボルトだったせいか熱い食べ物が苦手だったりする。コボルトは犬なのに猫舌なのだ。
そのため、魔王城ではお節料理を用意する予定だ。
「それで、メイベル。例のモノは準備できているか?」
「はい。既に版画広告は出しましたから、サフラン雑貨店とともに売り出す予定です。きっと、数年先には世界中で同じことが広がると思いますよ」
「ちゃんと数種類用意した?」
「はい。それと、中身が見えるタイプと見えないタイプの二種類を用意しております」
「よしよし、絶対大うけするぞ」
俺がメイベルに提案した計画。それは、福袋販売だった。
世界中の人が福袋目当てで日本にやってくる――そんなニュースを見たことがある。
メイベルが言うには、用意した物は、ポーションや投げナイフといった消耗品を詰め込んだ冒険者用福袋。松、竹、梅でそれぞれ銀貨1枚、銅貨50枚、銅貨30枚の三種類を用意したそうだ。ちなみに、販売価格で言うとその倍以上の商品が入っているんだけど、原価だけで言えばほぼ同価格だ。うちのポーションの性能を知って貰うための宣伝効果を考えると問題ない。錬金術師であるクルトと直接取引できるフリーマーケットと、鋳型で大量に作られた投げナイフ等の武器を安く購入できるサフラン雑貨店。ふたつの店を経営しているメイベルだからこそ作ることができる最高の福袋だ。
他にも生活雑貨を詰め込んだ福袋や、サフラン雑貨店では普段はあまり食べられない高級食材の福袋など用意している。
「メイベルも食べるか?」
「よろしいのですか?」
「あぁ、全員分の麺は用意してるから、メイベルは作り方を覚えてくれ。味の感想も欲しいし」
「かしこまりました」
作り方といっても、出汁もできているので、麺を茹でて出汁を入れたお椀に麺と具材を入れるだけだ。
ちなみに、具材は京都風に、魚にすることにした。ニシンによく似た味の魚にしよう。
ニシンは古来より、「二親」から子宝に恵まれると言われ、縁起がいいと言われている。
……そうか、メイベルもいつかは婿を貰い、子供を生むのか……ってそんなの嫌だ。
この店を俺のハーレムだなんて一度たりとも思ったことはないが、どこの馬の骨とも知らない奴に貰われるのは嫌だ。
しかも、この蕎麦はフリマの従業員だけでなく、アンちゃんも食べる。彼女は俺の永遠の妹――いや、もはや娘だ。パパは娘を絶対に嫁にはやらない。
うん、魚は無しだ。考えてみれば、メイベルはエルフだから、魚とはいえお肉は好きではない。
ということで、油揚げ蕎麦にした。油揚げはお稲荷様の大好物であり、商売繁昌の神でもあるからな。ここで食べるにはちょうどいいだろう。
「それにしても、今年一年はいろいろあったな」
アイテムバッグから油揚げを出してお皿の上に並べながら、特に何も考えずに呟いた。
そういえば、俺がこの世界に来てから一年の節目でもある。
「そうですね。私にとっても激動の一年でした。コーマ様に出会えて、この店を任されて、奴隷から解放していただいてこの店のオーナーになり、サフラン雑貨店を乗っ取って、世界財団連の理事に任命されそうになったのをなんとか回避して……」
最後の、本当か? 世界財団連ってそんな組合があったのも知らなかったんだけど。
「あぁ、お見合いを断るのも大変でした」
「メイベルってそんなにもてるのかっ!?」
ウソだろ、ってでも、メイベルってかわいいし、優秀だし、モテるのは当然か。
ニシンのご利益がなくても子宝に恵まれてしまうのか。
「全員、財産目当てや、この店の商品の入手元を探るためですよ。私個人を見て下さる人はほとんどいませんし、私はまだ誰とも結婚するつもりはありません」
「そうか……それはほっとした」
「はい、コーマ様に任せて頂いたこの店を、さらに成長させるまでは結婚なんてしていられませんから」
……え? さらに成長させるの?
すでに西大陸にも支店を作って、サフラン雑貨店まで乗っ取ったからその支店も全部経営しているのに?
「コーマ様、ところでソバはどのくらい茹でるのですか?」
「おっと、ちょっと茹ですぎた」
俺は鍋から麺を掬い上げ、今度は水で洗ってぬめりを取る。
ちなみに、今煮込んだお湯は蕎麦湯として飲む予定だ。
そして、最後にもう一度、別のお湯で蕎麦を茹でて、お椀に移してできあがりだ。
お揚げと、薬味として刻んだ白ネギを乗せてできあがり。
「じゃあ、食べるか」
「はい、食べましょう」
そう言って、蕎麦を食べる。メイベルもお箸には慣れたものだ
俺は麺を啜って食べ、メイベルは音を立てずに食べる。
「美味しいですね。優しい味がします」
「お、わかってくれるか」
「はい。ラーメンはスープに肉の味がしたのですけど、このスープは違いますよね」
「さすがメイベルだな。蕎麦といえば昆布出汁やカツオ出汁という人も多いけど、俺は干しキノコを使ったんだ」
「キノコのスープですか。それでこれだけ濃厚な味が出るんですね」
俺たちはその後、何の事件もなく、平和な食事を楽しんだ。
そこに、通信イヤリングで連絡が入った。ルシルからだ。クリスからも連絡が来ている。
俺は悩むまでもなく、クリスを後回しにした。
メイベルに一言断りを入れて、席を外し、
『コーマ、何やってるのよ』
少し怒ったようにルシルが言った。
「何って……オマエが年越しそば食べないって言ったからフリマで年越しそばを食べてるんだよ」
『そんなもの作ってないで。コーマ、今日は餅つきをしてくれるって言ってたじゃない』
「あ……そういえばそんなことを言ってたな。すっかり忘れてた」
『もう、コメットちゃんも餡子ときな粉を準備して待ってるんだから、早くしてよね』
「わかったわかった、直ぐに行くよ」
俺はそう言うと、通信イヤリングを切り、アイテムバッグのなかに、カリアナの町で入手したもち米が残っているかを確認しつつ、クリスに連絡を入れた。
『コーマさん、すみません、お金を貸してください』
「何があった?」
『税金の支払いが今日までだったんです。でもお金がなくて。このままだと勇者資格が剥奪されちゃいます!』
「そうか。じゃあ明日、ちょっとした仕事を頼むから、それを利息代わりに金を貸すってことでいいな?」
『はい、お願いします』
クリスは仕事の内容も聞かずに、二つ返事で引き受けてくれた。
よしよし、これで明日、クリスを使って遊ぶことができるな。
来年もいい遊びができそうだ。
そう思い、メイベルに「用事ができたから行ってくるよ」と言って、魔王城に戻った。
その後、ルシルが餅を喉に詰まらせて目を白黒させたりはしたけれども、楽しい年末を過ごすことができた。
今年一年、ありがとうございました。
来年も「異世界でアイテムコレクター」とコーマたちをよろしくお願いします。
時系列的に
年末年始の数ヶ月後にクリスマス
という妙な事になっていますが、気にしないでください。




