魔物化の恐怖
できるだけ、時間を稼ぐことにした。
16階層はこれまではクレイゴーレムだけが出現するエリアだった。ただし、うちのゴーレムはどこかおかしく、クレイゴーレムの頭から、根野菜が生えている。野菜効果なのか、普通のクレイゴーレムの数割増しの性能を持っているのだけれども、頭の根野菜を抜かれると死んでしまう。通称、野菜ゴーレムだ。ラビスシティーは土地面積がとても少なく、野菜の八割を他国からの輸入に頼っているため、この根野菜ゴーレムの登場は、冒険者が野菜を持ち帰ってくれるということで、近所の奥さま方たちから評判がよかった。
「……少しでも時間を稼ぐために、例の物を投入する。使用許可を出せ、マネット」
「……コーマ、本気なのか? あれを出すの?」
「ああ、冗談でこんなことは言わない」
「僕は冗談であってほしかったんだけどね」
そう言うと、マネットは遠隔操作である物を動かす。
すると、16階層の野菜ゴーレムたちは、隠し部屋からその武器を取り出した。
その武器とは――
「コーマ、これ、やっぱりどう見ても……ネギだよね?」
「あぁ、ネギだ。でも、ただのネギじゃないぞ」
俺がそう言うと同時に、兵たちが十六階層にたどり着いた。
リーリウムの兵が、ネギを武器として持っているゴーレムを見て、思わず失笑してしまった。
緊張感が強いられているこの状況で、ネギを持ったゴーレムがいたらそりゃ笑うだろう。
だが、野菜ゴーレムはそんなことおかまいなしにネギで斬り掛かった。兵たちは自分が持っている剣でそのネギを切ろうと思ったのだろうが……結果、その兵はネギを剣で受け止める形になった。
予想以上にネギが硬かったためだ。
そう、あれはただのネギではない。
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ネギブレード【剣】 レア:★
ネギの形の剣ではなく、とても硬いため剣として使えるネギ。
通常はとても硬いが、煮込めば柔らかくなってとても美味しい。
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ただのネギじゃない、ちょっと硬いネギなのだ!
しかも、俺が作ったネギブレードだぞ、普通のネギブレードの数倍は硬い。その強度は、もはや銅にも勝る。
「普通に鉄の剣を持たせた方がはやいと思うんだけど」
「最終目標はゴーレムたちの自主生産だからな。あのネギブレードは、最初の数本は俺が作ったけれど、今あいつらが持っているのは畑で育てた自作のネギだぞ。しかもネギは根の部分さえ無事なら、植えればまた生えてくる! 大阪のおばちゃんなんて、自分の家の植木鉢でネギを育ててるんだぞ」
「オーサカって何だよ……はぁ、なんでこんな色物ゴーレムばっかり作ったんだろ」
「色物ゴーレムって言うなよ。お前のゴーレムは本当に凄いぞ。コメットちゃんも料理のレパートリーが増えるって喜んでたし」
「あいつ、完全に僕のゴーレムを食材として見てるだろ」
「ルシルも料理のレパートリーが増えるってよろこんでたぞ」
「……ルシルが作った料理のほうが、僕の作ったゴーレムよりよほど強くて魔物っぽい気がするな」
「それはお前が鑑定スキルを持っていないから言えるんだ。鑑定するたびに、料理の名前が出てくる相手と戦うことほど萎えるものはないぞ」
俺がそう言っている間に、クレイゴーレムが押され始めた。
まぁ、銅にも勝る硬さを持つって言っても、鉄よりは柔らかい。クレイゴーレムの戦闘技術も初心者の冒険者並でしかなく、日々訓練をしている兵たちの敵じゃないようだ。
兵たちが通過していくと、エリエールの姿が一瞬、映像受信器に映った。
「…………」
今までマネットと冗談を言い合っていた俺の表情とは打って変わって、険しいものとなる。
ちなみに、兵たちのあとをついて歩く冒険者の姿が見えた。兵たちは魔物を倒してもドロップアイテムを拾わないので、それを狙っているのだろう。
それにしても二千人は多いな。殿が十六階層にたどり着いたとき、すでに先頭は十七階層に続く階段にまで辿りついていた。
十八階層は可動式の迷路になっている。
ここでできるだけ戦力を分断したいけれど――可動部は結構力が弱く、簡単なネギブレード程度の強度のつっかえ棒を使われるだけで意味がなくなってしまう。
この情報はすでに冒険者の中にも浸透していて、きっと兵たちもつっかえ棒くらいは用意しているだろう。
「コーマ様、死体の解析が終わりました」
そう言って、メディーナが駆け込んできた。
「本当か? どうだった?」
「やはり、催眠術の解除が魔物化の条件のようです」
「催眠状態が解除される条件はわかったか?」
「制限時間で催眠状態が解除されるようです……その条件は」
「条件は?」
「コーマ様、ゴブカリさん、もしくはルシル様との接触だと思われます」
「…………それは確かか?」
「はい、催眠因子に皆さんの細胞の一部を近づけてみたので間違いありません」
「待て、俺の細胞をいつの間に採取した?」
「それは、マネットさんからいただきました」
俺はマネットを睨み付ける。
すると、マネットは素知らぬ顔で、
「ほら、前にコーマのゴーレムを作ろうとしたときに細胞を採取したでしょ。あの時に他のみんなの細胞も採取してたんだ。役に立ってよかったね」
マネットの説教は後ですることにして……よりにもよって俺とゴブカリとルシルかよ。
なんでこの三人なのかはわからないが――絶対に接触できないようにしないといけないな。
「それと……もうひとつ。制限時間があります。恐らく、あと三十時間程度で自動的に催眠は解けると思います」
……それって、つまり三十時間経過したら、あいつらが魔物になるってことか?
そんなことになったら――もしも迷宮の外に追い払った時に魔物化するようなことがあったら……タラと互角の魔物が町に溢れかえったら……ラビスシティーは一瞬で壊滅するぞ。
最悪の光景が俺の脳裏によぎる。
だが、最悪はまだとどまらない。
「……が、全員同じかどうかはわかりません」
「どういうことだ?」
「映像を見る限り、催眠にも個人差はあります。制限時間にも個人差はあると考えるのが自然です」
「つまり制限時間は最長で三十時間、下手したら今すぐ魔物化してもおかしくないってことか。メディーナ、お前はこれから催眠を解いても魔物化しない方法がないか調べてくれ」
「……わかりましたが、あまり期待しないでください」
「期待してるよ。お前はただでさえ仲間になってから存在感が薄かったんだから、ここで活躍してくれ」
「存在感が薄いって言わないでくださいよ――変身能力とか凄いんですから。それと、魔物化に関してはルシル様のほうがきっと詳しいと思います」
「そうか……確かにそうだな」
魔物化という現実がある以上、転移陣を復活させても意味がない。
「メディーナ。ルシルに言って、魔物化をさせないための方法を一緒に探ってくれ」
「わかりました。やってみます」
そう言うと、メディーナが部屋を出ていった。




