当然の嘘
「お父さんが死ななければならなかった理由……それってどういうことですか? まるで、お父さんが死ぬことがまるで決まっていたような言い方じゃないんですか」
勿論、お父さんが
「その通りだ。あいつが死ぬことは最初から決まっていた。あいつも覚悟の上だった」
淡々と告げるサイモンさんの服を掴んで握りました。
サイモンさんには今までさんざん煮え湯を飲まされてきましたけれど、彼にこんな感情を抱くのはこれが初めてです。
強い怒気でした。
「なんで……なんで……」
「俺は止めた。だからその手を離せ」
「なんで止めたのにお父さんは――」
「お前のためだ。奴はお前を生かすために、自らの命を絶つことにした」
途端に私の手が緩みました。
私の……私のせい?
「どういうことか説明してくれますか」
「最初から説明すると言っている」
サイモンさんは乱れた服を整えながら言いました。
「この迷宮に封印されていたのは三つある。ひとつは闘神人形。現在のギルドマスターだ。俺やグラッドストーン、それにエグリザは男の姿の人形なんて興味なかったからな。駒のひとつである魔王に渡した。今はルルと名乗ってるババアだ」
「ルルちゃんとも知り合いだったんですか? ルシファーさんと戦ったときに一緒に行動していたのは聞いていましたけど」
ルルちゃんがババアと呼ばれるのを聞くのは初めてのことですけれど、年齢だけなら確かにお年寄りですね。だから、そこに対しては何も言いません。
「まぁな。常にガキの姿のあいつが表立って行動するには、大人の姿の人形が必要だった。ただし、あれを使うために声を失ったのは想定外だったが」
「ルルちゃん、やっぱり喋れないんですか?」
声を失った魔王なんですね。
それはあくまでも確認の疑問だったので、サイモンさんは答えずに、話を先に進めます。
「そして、もう一体、封印されていたのが人の姿となった天使だ」
「リエルさんですか」
封印が解かれ、そしてバベルの塔を崩壊させて再度封印された……ということなんですね。
いったい、どうしてもう一度封印されたのかは全くわかりませんが。
「違う。前にも言った通り、天使は三人いる。この地を管理する天使、人に姿を変えて人を管理する天使、そしてこの世界とあちらの世界の行き来を管理する天使。リエルは一番最後、この世界とあちらの世界との行き来を管理していた天使だった」
「だった?」
「あぁ、というのもリエルは……ん?」
サイモンさんはそう言うと、天使の後ろにある扉を見ました。
そして、私も気付きます。
扉の奥から物音が聞こえます。
「……クリス、話をする前に、客が来たようだ。あっちの部屋に俺の武器がある。見ればわかるから、持って来てくれ」
サイモンさんはそう言うと、天使リエルが封印されている装置の右側の宝玉らしきものを触りました。
すると、右側の扉が開きます。
「サイモンさん、武器なら私がいろいろと持っていますし、なんなら私がひとりで戦いま――」
「ごちゃごちゃ言うなっ! 急げ!」
「はいっ!」
私はサイモンさんに命じられ、右側の部屋に向かいます。
サイモンさんの大きな声をはじめて聞いたことへの驚きだったのかもしれません。
急いでサイモンさんの武器を持っていかないと――そう思って、部屋に入ったときです。
「クリス、待て」
そうサイモンさんに呼び止められました。
「あまり人を信じるな。お前は騙されやすすぎる。だが、それでも俺を信じてくれるというのなら――」
サイモンさんは私に笑いかけます。
「ジューンのところへ行け。ユーリが知らないことも、あいつが全てを知っている。エグリザが死んだ理由もジューンに聞け」
「待ってください! サイモンさんが教えてくれるって言ったじゃないですか」
「あぁ、言ったな」
そして、サイモンさんは、まるで当然のようにこう言いました。
「あれは嘘だ」
突然、目の前の扉が閉まりました。
私が扉を叩きますが、扉は迷宮の壁のような強度があり、開けることも壊すこともできません。
「サイモンさん! サイモンさん!」
叫んでもその声は扉に吸い込まれるように消えていきました。
※※※
クリスは恐らく怒っているだろう。
エグリザに似て、真っ直ぐな娘だからな。
「……姪への挨拶はあれでよかったのですか?」
突如として、その声は現れた。
こいつが来ていることは知っていたから突如という表現はおかしいかもしれないが、扉が開く音も壊す音も聞こえなかった。
だが、俺は当然、驚きを見せたりはしない。
話を優位に持って行くかどうかではなく、単純に見栄のようなもので、ごく自然に会話を続ける。
「姪? 俺には姉の息子であるところの甥がふたりかさんにんはいるかもしれんが、姪を持った記憶はないな」
「おや、そうですか。僕の記憶違いでしたかね?」
「俺の記憶が確かなら、お前はレメリカに手痛い目にあわされて、玉座の中に引っ込んでいなかったか?」
俺がそう言うと、目の前の餓鬼の姿のジジイにとっては痛点だったのか、顔を歪める。
全てを悟ったようなことを言っていながらも、思考は単純だな。影の影響を受けてるのではないだろうか?
「前に会った時よりはわかりやすくなったんじゃないか? ベリアル」
俺は挑発するように、目の前の最強の魔王にして、反逆の天使の一体であるそいつの名を告げた。
「あなたは相変わらず食えない男ですね、アルフレド」
「アルフレドか。ふん、懐かしい名前だ。喋るトカゲが俺のことをそう呼んで以来だ。いや、イモリだったかな」
「あなたの最近の嘘にはユーモアも含まれているんですね」
「時には嘘の中に真実が含まれていることもあるんだがな――それで、国王の地位まで手に入れたお前が、こんなかび臭い部屋になんのようだ?」
「かび臭くはありませんが……そうですね。ようやく“器”を見つけたあなたに褒美を授けに来た――というのはどうでしょう?」
ちっ、全部お見通しか。
「器? 天使をどう使うつもりだ?」
「全てばれているとわかっているのに、あなたはまだ誤魔化すつもりですか? それはすでに天使ですらない、ただの燃えカスでしょう」
「燃えカス? それはどうかな?」
俺はそう言うと、握っていた水晶玉に手を乗せた。
突如、天使を覆っていた水晶が割れた。
そして、天使は突如としてその手を俺の首へと伸ばす。
「がっ」
俺の首が絞めつけられる。息ができない。というより喉が潰された。
「よくも私を謀ったな」
「…………」
声が出ない。が、俺はそれでも謀る。助けを求める目を出す。リエルにではない。ベリアルに助けを求める視線を送る。精一杯の敬意と信頼を込めた視線を。
そして、リエルは気付く。嘘の真実へと辿りつく。
つまり、彼女は気付いたのだ。
俺を操っていたのが誰なのかと。
「そうか――そういうことか。全て合点がいった」
「待て、リエル。そうじゃない。僕は――」
天使は止まらない。ただの燃えカスと罵ったが、俺にとって騙される者は全て最高の道具であり武器だ。
喉の回復を促しながら、俺は不敵にそう笑った。




