遺跡の奥に封印されし少女
魔王軍会議室――と言う名のお茶の間。
だが、今回ばかりはそうは言っていられない。人間側からの迷宮への本気の侵略行為。そして、その裏で糸を引いているのは、恐らくはベリアル。
ともすれば、今回ばかりはふざけ半分ではいられない。
「今回の目的は人間側を撤退させること。ただし、相手を完全に壊滅させてはいけない」
「どうして?」
カリーヌが手を挙げて尋ねた。何人かはわかっていないようなので、それに対して頷き、返答をする。
「幸い、ルシル迷宮は今のところ半分娯楽要素を含んだ、人間にとって有益な部分のある迷宮であると認識されている。というのも、当初の目的が、迷宮がそれほど危険ではなく、冒険者ギルドでしっかりと管理できていることをアピールするのが目的だった。もしも軍を完全壊滅させるような危険な迷宮だと認知されれば、ラビスシティーそのものを他国の軍に攻め込ませる口実を作ることになる。もちろん、俺たちの安全が最優先であり、防衛ラインを突破された場合は、相手の殲滅もやむを得ないと思っている」
そう言って、息を飲んだのはコメットちゃんだ。
コメットちゃんは半分人間であり、その感情はどちらかといえば人間贔屓な面が大きい。そのため、人を殺すことになるというのは、頭では理解しても心では受け入れられないのだろう。
「迷宮は危険な場所だ。ボス部屋のスライムが強敵であり、どの冒険者も勝てていないことを奴らは知っているし、その先に危険が待ち受けていることも知っている。冒険者は生きるために戦う奴がほとんどだが、軍の中には名誉のために戦う奴もいる。そういう奴らは、自らの死を覚悟して戦うことが多い。そんな奴に、最初から殺さずの覚悟で勝てると思っているほど、俺はうぬぼれてはいない」
もちろん、殺さないのが一番だ。
一応、手は考えている。最初に思いついたのがクリスだ。あいつにリーリエを説得させることができれば、リーリウム軍は撤退する。戦力を半分失ったサイルマル軍が大人しく撤退してくれるかどうかは不明だが。
そして、もう一つの考えはエリエールだ。
あいつは俺が魔王であることは知っている。だが、もしかしたら、俺がこの迷宮の魔王であることを知らないのかもしれない。時を見て、エリエールを軍から分断し、説得することができれば、サイルマル軍を撤退させることが可能かもしれない。ただし、俺がこの迷宮の魔王であることは、ユーリをはじめ、各国の首脳クラスの人間は、ベリアルが配った書類で知っている。エリエールが、この迷宮の魔王が俺であることを知りながらも攻め込んできている可能性は高い。
もしもそうなら、生半可な説得は意味をなさない。最悪は彼女と戦うことにもなるだろう。
「とりあえず、21階層には、強制転移の罠を設置する。軍が来るときには、ゴブカリはゴブリンとミノタウロスを安全地帯に退避させてくれ。マネット、悪いが戦力はお前のゴーレム頼りになる。とにかく数を揃えてくれ」
「それは任せておいてよ。幸い、ゴーレムの生産体制は整ってるからね。それに、新作ゴーレムもできたから楽しみにしてよ」
「それと、カリーヌ。ボス部屋のスライムは数を増やしてこのまま使う。ゴーレムだけだと相手の戦力が理解できないから。もしかしたら、スライムにも犠牲者が出るかもしれないが――」
「ううん、わかってる。みんな戦う気満々だよ。侵入者なんて全員蹴散らしてやるって言ってる」
俺は笑って、「頼もしいな」と、カリーヌの弟たちを褒めた。
「俺は罠をしかける。21階層以降は遊びじゃないってところを見せつけないといけないからな」
当然、21階層より下に宝箱を置くつもりもない。
「ルシル。一番恐れているのは、ゴブカリの時みたいに転移陣が使えなくなることだ。そうなったら、強制転移の罠も意味をなさないし、俺たちも何かあった時、即座に行動ができない。転移陣が封印されたときの対処を任せていいか?」
「わかったわ。この迷宮の情報を持っているなら、恐らく仕掛けてくるでしょうね。でも、前のような転移の封印解除には時間がかかるわよ」
「もちろんわかってる。だから罠は迷路と強制転移の二重構造を繰り返すようにしようと思う」
強制転移の転移陣を封印しても、迷路で時間を喰い、その間に転移陣の封印を解除させる予定だ。
「時間はあまりないが、みんな、協力を頼む」
俺がそう言うと、全員が力強く返事をした。
※※※
「サイモンさん、まだ続くんですか?」
遺跡の中に入ってどのくらいの時間が経ったのでしょうか?
まるで迷宮のような遺跡の中をひたすら歩いていきます。
「黙ってついてこい。あと30分ほどで到着する」
「え? やっと着くんですか?」
「あぁ、そこが目的の場所だ」
サイモンさんはこちらを見ないで告げました。
そうですか、やっとですか。
たしか、転移陣があるんですよね。リーリウム王国からの追っ手から逃げるために転移陣を目指しているのでしょうか?
国境に手配がまわっているかもしれないから、転移陣を使ったら確実に逃げられるのでしょう
でも、今更ながら気になることがあります。
「なんで、リーリエちゃんは私を監禁したりしたんでしょうか」
最初はリーリエちゃんが私のことを好きすぎて監禁したのかと思いました。ですが、リーリエちゃんは一度たりとも私に会いにくることはなかったのです。これは今までのリーリエちゃんからは考えられないことです。
「知らされていないのか」
「はい、何も聞いていません」
「そうか。今、リーリウムの軍がラビスシティーで新たに解放された迷宮を攻略するために出ている。それをお前に邪魔させないためだろう」
「迷宮の攻略? 勇者以外でも入れるようになったんですか?」
「一カ所だけな。選運の迷宮。そう呼ばれている。運に選ばれれば一攫千金が手に入るという迷宮らしい」
それは知りませんでした。つまり、運しだいでは、コーマさんへの借金を一気に返済できるということですね。
あぁ、でも、私って運はあまりよくありませんから、きっと一攫千金を手にすることはできません。
「あれ? でもどうして私が邪魔をすると思ったんですか?」
迷宮の攻略を邪魔する理由なんてどこにもないんですけど。
むしろ、頼まれたら応援するくらいです。
「その選運の迷宮というのが、お前の従者であるコーマが治める迷宮だからだろう。その迷宮を攻略するということは、すなわちコーマを殺すことと同義だからな」
「…………っ!」
そんな……そんなことって。
「急いでラビスシティーに戻らないと」
「戻って何になる? お前を監禁してまで乗り出した迷宮攻略だ。説得して止まらない。それとも、ひとりで軍と戦うのか? たしかにそれならコーマが助かる可能性が数パーセント上昇するが、結果犯罪者の仲間入り、勇者の称号は剥奪だ。そもそも、お前よりコーマやその仲間のほうが強いだろ。下手したら犬死にで終わる可能性もある。あの迷宮を攻略する場合、お前のことを思ったら、あの百合女王の判断は正しかったと言おう」
「……私はやっぱり足手纏いなんでしょうか?」
「足手纏いなんかじゃない」
サイモンさんはそう言って振り返ります。
サイモンさんが慰めてくれるなんて少し気持ち悪いですが、でも嬉し――
「お前は足を引っ張るだけの力すらない。コーマにとっては、道端の石ころも同じだ。必至にあいつの隣に立とうとしているお前を見ていると憐れを越して呆れてくるよ」
「そんな……そんなことは……」
そんなことはない。
その言葉が、私の口から吐出てきませんでした。
一角鯨と戦った時、エントと戦った時、私はどちらも役立たずでした。
ゴブカリくんを守ろうとしたときも、あの魔王の配下である魔物と戦うことしかできませんでした。
私も強くなっていますが、コーマさんはその倍のスピードで強くなっています。
それに、コーマさんの隣には、いつもルシルちゃんがいます。
コーマさんを支えているあの子が。
「私はやっぱり弱いんですね」
人よりは強いですが、それでもコーマさんたちの領域には達していません。
「強くなりたいか?」
「……はい」
「ならついてこい。そのためにお前をここに連れて来た」
サイモンさんはそう言うと歩く速度を速めました。
そして、私たちはその部屋に到着します。
……そこで私が見たものは――
「……サイモンさん、これ」
「これが何なのか、知っているだろう」
「はい、知っています――知っていますけど、どうして彼女がここに」
そこには巨大な水晶があり、その中に彼女が眠っていました。
リエル。
自らを人間だといい、グラッドストーン様からは天使だと呼ばれ、バベルの塔を崩壊させた少女。
七英雄のひとりであり、お父さんと一緒に、ルシルちゃんのお父さんである魔竜――ルシファーを倒したという七英雄のひとり。
「お前に今から話そう。俺たちが三年前、どうしてルシファーと戦ったのか。そして、どうしてお前の父、エグリザは死ななければいけなかったのかを」




