食事の約束
その後も、レメリカさんから情報は入ってくる。軍の数は両軍ともに約1000人。
戦争でも仕掛けるのではないかと思ってしまうほどの数だが、両軍は教会から発行された不戦の協定書を持っていて、決してラビスシティーを侵略する目的ではないことを示すだろうと言った。
軍がラビスシティーに到達するのは四日後。ただし、その前に、おそらく明日にでも使者が訪れるだろうとのことだ。
ユーリは俺に、何かあったら連絡すると告げると、レメリカさんに緊急会議をすると告げた。
そして、追い出される形で俺は執務室を出た。
エリエールは、バベルの塔を出たあと、いつの間にか姿を消していた。
退職願が出されていたから、無事に生きていることはわかっていたが、何故、サイルマル王国の軍を率いているんだ?
あいつはアイランブルグ王国の貴族のはずなのに。
それだけじゃない。リーリウム王国の動きも気になる。明らかにサイルマル王国の動きに呼応しているように感じられる。いや、実際にそうなのだろう。
「……くそっ、情報が足りない」
道の端で俺は壁に拳を叩きつけた。凄い衝撃が建物全体に伝わり、壁にも罅が入った。
「なんだ、何が起こった!?」
建物から家主らしき人が飛び出してきたが、すでに罅は万能粘土で塞ぎ、俺は足早にその場を立ち去った。
そして、俺はフリーマーケットに行き、ちょっと用事ができて暫く町を留守にすることを告げることにした。
フリーマーケットではメイベルが客の相手をしていたので、いつも通り寮の一階で待たせてもらうことにした。
時間がないと言っても、一週間ある。
幸い、現在マネットが最新のゴーレムを作っているからそれも使わせてもらうことになるだろう。
が、イシズさんとエリエール……あのふたりの戦闘力は正直言って未知数だ。
最悪、ボス部屋を突破される恐れもあるから21階層以降もしっかりと作り込まないといけなくなるかもしれない。
そう思っていたら、
「お、オーナー、お茶をお持ちいたしました」
そう言って、リーが入って来た。彼女が持つトレイには、俺の湯呑みが乗っている。
「リー、口調口調。いつも通り頼む」
「あ……うん、ごめん……ついコーマの前だと緊張しちゃって」
意図的にリーは口調を戻そうとしてくれているが、それでもまだ硬い。
でも、まぁ悪い印象じゃないよな。
オーナーであった俺のことを尊敬してくれての硬さだからな
「お茶ありがとうな」
俺は笑顔でお茶を受け取る。おっ、ハッカ茶だ。メイベルはリーに指示を出す時間なんてなかったはずだから、リーがちゃんと俺の好みを理解してくれているということだろう。
「柄でもないってのは自分でもわかってるんだけどね」
「そんなことないって。客前だときっちり丁寧に対応してるじゃん。でも、俺は客じゃないんだから――」
「でも、やっぱり初恋だからさ」
その言葉に、俺は目を丸くした。お茶を噴き出さなかったのは奇跡と言ってもいい。
「…………あ」
リーは自分が何を言ったのか理解し、顔を真っ赤にして手を振った。
「ち、ちが、違うの、コーマ。そうじゃなくて、そうじゃないことはないけど、そうじゃないというか。うん、好きじゃない、好きじゃない――なんてことはないの! 好きじゃないことはない! 好きなの!」
「…………ありがとうございます」
「あぁ……こんな形で言うつもりなんてなかったのに。一生黙ってるつもりだったのに」
顔を隠してリーが泣きながら走り去った。
そして、それに入れ替わるように、メイベルが入ってくる。
「リーはとってもいい子ですから、振るにしてもOKするにしても、ちゃんと答えてあげてくださいね」
「……はい」
それどころじゃない……なんて言いきることはできないよな。
女の子の本気告白だし。
「でも、俺、コメットちゃんの告白もまだ返事していないのに」
「……コーマ様って意外と奥手なんですね……」
メイベルが意外そうに言う。実際、自分でも情けないと思う。ただ、気持ちに応えることはしたいと思っている。特にコメットちゃんとは、彼女が死ぬまでずっと一緒にいるわけで、前向きに検討をしなくてはいけないとも思っている。
でも、俺の一番はすでに埋まっている。これだけは、きっとどんなにコメットちゃんのことを好きになっても、メイベルやリーのことを大事に思っても、クリスとの距離が縮まっても、きっとそれは覆らない一番だから。
そんな一番を持ったまま、他の誰かの気持ちに応えてもいいのか? そんな不安が胸を締め付ける。
俺は苦笑して頷くと、メイベルに、リーリウム王国とサイルマル王国の軍団がラビスシティーで新しく解放された迷宮の攻略に乗り出したこと、そしてサイルマル王国の軍を率いているのがエリエールであることを告げた。
「メイベルは何か情報を持っていたりするか?」
「お役に立てずにすみません。私もエリエールはうちの店のノウハウを持っているのでライバル店に引き抜かれたのではないかと、個人的に調べていたんですが――アイランブルグの貴族の家とも縁を切ったみたいです」
「え? じゃああいつは貴族じゃないのか?」
「そうなりますね。恐らく、アイランブルグ王国側の意向とは無関係なのでしょう。もちろん、サイルマル王国とアイランブルグ王国はかつて同盟を結んでラビスシティーに圧力をかけてきたことがありますから、その可能性は完全には否定できませんが」
「……そうか。まぁ、エリエールにも何か理由があるんだろうな」
そう呟くと、俺はアイテムバッグから通信イヤリングを取り出してメイベルに渡した。
クリスが戻ってきたら、これを渡して、俺に連絡するように頼んでおく。
そして、俺はちょっと用事ができたから、暫く町を出ると告げ、武器防具類をアイテムバッグから出して、卸していく。
「あの……コーマ様……」
メイベルが何か縋るような目で俺を見てきた。
「どうした?」
「いえ……なんでもありません」
明らかに何でもないというその表情を見て、そう言えば、前にも似たような騒ぎがあった。
ゴブカリがゴブリン王になるかどうかという騒ぎで、多くの国から軍が攻めてきたときも、俺は暫く留守にすると言った。そして、俺は長い間行方不明になってしまった。
メイベルはあの時のことを思い出したのだろう。
「そうだ、今度戻ってきたら、また孤児院に行って、みんなでバーベキューでもしようぜ。メイベルのために美味しいキノコや野菜なんかも出先で買ってくるから。って、そんなこと言ったら無性にバーベキューが食べたくなってきた。これは是が非でも早く仕事を終わらせて町に戻ってこないといけないな」
「はい、それではコーマ様がいつ帰ってきてもいいように、最高級のお肉を用意してお待ちしておりますね」
メイベルは輝くような笑みを浮かべて、俺に頭を下げたのだった。




