ドワーフの始祖
「待ってくれ。ルシファーが悪いやつ?」
確かに魔王は世間一般からは悪い者と思われているかもしれないが、実際のところはそうではないと、最近になって思い始めた。
島の人に慕われていたマユ、ドラゴン思いのマネット、そして俺自身も自分が悪人だなんて思っていない。そりゃ、魔王だからと悪ぶるところはあったけれど、思考は人間だったこととあまり変わっていない。何を考えているかどうかわからないブックメーカーや、ブンドだって悪人という感じではない。
ルルだって、ユーリを使ってしているのはラビスシティーの治安維持だし。
俺にとって、現在生きている魔王の中で悪だくみをしているとすれば、あの本物のベリアルだけなんだよな。
「ブンド、頼む。俺にとってルシファーを知るのは大切なことなんだ。話せることだけでいい。話してくれ」
俺は真剣な眼差しで言うと、ブンドは髭を撫でて語り始めた。
「ワシが魔王になったのはいつだと思う?」
「……3000年前にルシファーの話を聞いたってことはそれよりも昔に魔王になってるんだよな。5000年くらいか?」
「いや、そうではない。ワシが魔王になったのは、今から2700年前のことだ」
「……は? いや、待ってくれ。それだと計算が合わない」
俺は考えるように言った。
今までの常識と照らし合わせる。
「3000年前に話を聞いたブンドが2700年前に魔王になった? 俺が聞いた話だと、ドワーフってのは人間とそんなに寿命は変わらないんだよな? だとしたら、300年間、どうやって生きてこられたんだ?」
「なに、それは難しい話ではない。ワシはドワーフだが、ドワーフではないということだけだ」
「ドワーフじゃない?」
「そうだな、この世界に存在するすべてのドワーフは、全員ワシの子孫だと言えばいいかな。ワシは魔王になる前は、精霊だった」
「精霊? 精霊って……あの?」
「コーマ、土の宝玉を持っているだろ? アイテムバッグの中に入っていてもそれくらいわかるぞ」
「……あ、あぁ」
俺は頷き、アイテムバッグから土の宝玉を取り出すと、ブンドはそれを受け取ってじっくりと見た。
「ワシが知っているものより僅かに小さいな」
「西大陸にあったものは壊れた。これはその破片から作り出したんだ」
「なるほどのう。まぁよい。ワシは元々、その土の宝玉の中に眠っておった、ノームという名の大地の精霊だった」
ノーム……土の精霊ノーム。聞いたことがある。
でも、ノームって、確か小人の姿をしているんじゃなかったか?
ブンドは背が低いが、小人というほどではない。
「いや、眠っておったというより、封印されていたと言った方が正しいかの。そして、4000年前、ワシの封印を解いたのが、ベリアルだ」
「………ベリアル!?」
「知っておるのか? まぁ、そうだろうな、今も生きておるようだし。当時、魔王は三人しかいなかった。そして、ワシは封印を解かれ、魔物の王に協力することになった。当時のゴブリン王に。戦いを好まぬゴブリン王は地下深く穴を掘る力が欲しかった。ワシはそれに協力した。地下十階まで穴を掘り続けた。とても広大な迷宮だ。その場所に魔物の楽園を作ろうとした。だが、それも敵わず、人間の軍に攻め滅ぼされたそうだ」
「……そうか」
「もちろん、人間の全てが魔物を恨んでいるわけではないのは知っておる。ワシとよく話した女は魔物の言葉がわかる者でな、どうにかして魔物と一緒に過ごせないかとゴブリン王と三人で酒を酌み交わしたものだ。その女も、40を待たずして魔物と一緒に殺されたそうだが、ワシとその女の間に五人の子がいてな、それはどうにか生き延びた。それが今のドワーフの種族を残すことになったのだ。いやぁ、本当に可愛い子供たちだった。目がくりっとしていての。あれはきっと美形に育ったに違いない」
「……いや、そういう惚気話はいらないんだが」
「その時、人間を裏で操っておったのも、ゴブリン王を裏で操っておったのが、ルシファー、ベリアル、そしてサタンだ」
「サタン――」
これももしかしたらと思っていた。
いや、ベリアルという名前の魔王がいる時点で、それは確信に近かっただろう。
ルシファー、ベリアル、そしてサタン。それは俺の世界でも有名な魔王の名前だ。
「ブンド、お前はどうして魔王になったんだ?」
「さて、どうだったかな……」
ブンドは立ち上がると、酒の泉で顔を洗った。
そして、
「悪いが、そろそろ客が来る。帰ってもらえるか?」
「……そうなのか? エリエールか?」
「いや、エリエール嬢ちゃんじゃねぇよ。こんな話、客人の前ではできんだろ」
……確かに、ブンドは表向きはここの管理人の飲んだくれドワーフという設定だ。
魔王の話を聞かれるのはマズイのだろう。
「じゃあ、また今度来る」
「あぁ、旨い酒を持ってこい。いつでも歓迎する」
ブンドはそう言うと、重い瞼を閉じた。
もしかして、酔っぱらって寝たんじゃないだろうな? そう思ったが、しかしどこか嬉しそうなその顔に、もう何も言えなかった。




